2-5「放課後のお誘い」
数か月ぶりの更新になってしまい、読んでもらっている方に申し訳ないです。
* 9月5日 放課後 天陽学園 二年E組 *
「あー!今日も終わったー!」
温かな夕日の日差しが差し込む放課後の教室。俺は一日の授業を終えて勉強という呪縛から解き放たれた解放感から、手を上にあげ椅子に座ったまま背伸びをした。
「ふふっ。大地くんは勉強…嫌いみたいですね」
横に視線を移すと、口に手を当てて俺に微笑みを向ける女の子がいた。
「嫌いだなー。勉強してると眠くなるっていうか、体がだるくなるっていうか」
「学生はそれが仕事なんですから、仕方ありませんよ」
俺に微笑みを向け、励ましの言葉を送ってくる彼女。先日、俺と一緒に町を歩いて回った女の子 茎元 若葉は疲れ果てている俺に優しい眼差しを向けていた。
その微笑みを見る度に友達になれてよかったと思う。なれていなかったとしたら、この笑顔は陰に潜めたままだったのだから。けれど、一つ気がかりなのが先日の町案内での彼女の発言や行動。
そして、最後の発言――
『前にいた場所は人の温かみなんて感じることが出来ないような場所でしたから』
その時の彼女の表情はとても歪み、涙が零れ落ちそうだった。この事を思い返すと、彼女の表情を曇らせてしまう何かが彼女の心の中に眠っているのだと容易に察することが出来た。
――俺はこの笑顔を守りたい。彼女からこの笑顔が無くならないように手助けをしてやりたい。過去と同じ過ちを繰り返さないために。
これは昨晩、俺が誓った事だった。すると、教室後方の扉がガラガラと音をたてながら誰かの手によって開かれる。
「大ちゃん。まだそんな所でボーっとしてんの?早く行くよー?」
放課後の夕日に照らされて、より一層輝きを見せる赤みがかった茶髪に茶色の瞳。頭のてっぺんからアホ毛のようなものをゆらゆらと揺らし、体格が華奢なため小動物に見えなくもない女の子。
扉から現れたのは先日、俺の横で笑っている茎元との一件で俺の背中を押し、過去と向き合うきっかけをくれた人物。木之下 あかりだった。
彼女は鞄を肩にかけたまま、胸の前で軽く腕を組む。そして、呆れ顔でまだ椅子に座ったままの俺に【早く椅子から立って教室から出ろ】と態度で催促する。
「ん?ああ。そろそろ行くか。生徒会室へ」
俺はその催促に応じ、机にかけてある鞄を持って席を立つ。あかりの横を通り過ぎて教室から出ようした時だった。俺は見てしまったのだ。あかりの顔が【何を言っているんだ?こいつ】とでも言いたげな感じで顔を軽く顰めているのを。
「ん?どうした?生徒会室、行かないのかよ?」
あかりは顔を顰めて、一向にその場から動こうとしない。俺はそんなあかりに疑念を持った。しかし、そんな疑念もあかりの口からは発せられるとんでもないワードに打ち砕かれる事となる。
「何言ってんの?大ちゃん。今日は生徒会、無いわよ?ていうか、今週末から実力テストなんだからあるわけないでしょ?」
「………」
あかりは【実力テスト】と当然のように口にした。俺が沈黙してしまったのはここ何日か茎元の事で頭がいっぱいでテストのことなんか、完全に頭から消え去っていたからだった。
――これはかなりまずい……。勉強なんて…全くしていない…。
「大ちゃん。絶対忘れてたでしょ?そのとぼけた顔を見ればすぐ分かるよ」
「はい…すいません。忘れていました……」
俺は昔から一つのことに集中しすぎて、他の物事が疎かになるのが悪い癖だった。
「はぁ~…。もうしょうがないな…大ちゃんは。帰りに私の家に寄って勉強しようか?」
そんな癖を知っているあかりは長い溜息をつきながらも、こんな風に怠慢な俺の行為に【しょうがない】の一言で許してくれるのだ。
俺はそんなあかりの優しさにいつも助けてもらっている恩をいつかどのような形でも返していかなければならない。しかし、今の俺にはあかりに返せるものは何も無い。ただこの優しさに乗っかることしか出来ないのが現状だった。
「お願いします。あかりさん」
そして、俺はあかりと一緒に教室を後にしようとする。
「あ!そうだ!」
俺はふとある提案を思いつき、進行方向とは逆の方向にいる彼女へと視線を向けた。
「茎元、お前も一緒に勉強会しないか?」
彼女は俺の提案に少し顔を顰め、数秒後驚きの表情を見せた。
「え?いいんですか?」
最初に顔を顰めたのはおそらく俺の言葉が理解できなかったのだろう。茎元は俺の誘いが嬉しかったのか、少し頬を緩めた。しかし、彼女はすぐさま沈黙して小声で発言を続けた。
「でも、私も一緒に参加していいんでしょうか…?」
俺はその言葉の意味をすぐに理解することが出来た。私がいては迷惑になるのではないかという気持ちが先走り、彼女はそのような言葉を口にしたのだろう。それもそのはずだ。俺と茎元は期間は少なかれど友達という関係性だ。だが、茎元にとってあかりという存在はどのように見えているのだろうか。
俺が推測するに彼女にとってあかりとは友達とよく一緒にいる女友達Aでしかない。そして、自分より親しくしている期間が長い女友達Aと友達との友情という場所の中に友達になったばかりの自分がその場所に割り込んでしまっても構わないのだろうか。
仮に割り込んでしまったとして、自分や友達が良くても女友達Aは自分が割り込んでしまう事にとても迷惑に感じてしまうのではないだろうか。
今まで友達がいなかった奴だ。そのような疑問が脳内を巡ってしまっていたとしても仕方のない事だと思う。茎元は他人との接し方、自分の中の人間関係の築き方というものをまだ生み出せていないのだ。そして、それを生み出させてあげるのが俺の役目でもある。
――だから、俺は彼女に教えてやる必要がある。他人との人間関係の形成の仕方というものを。
俺は茎元の言葉を聞き、そんな心配は無用だと断言するように首を横に振った。そして、横にいるあかりの顔へと視線を移す。その顔を見れば、あかりがどのような対応を取るか読み取ることは容易かった。
「うん!茎元さんも一緒に勉強しようよ?こいつ、一人じゃサボりだしそうだし。私ひとりじゃ面倒見きれないかもだしねー?」
「小学生かよ俺は!?」
からかい気味に言葉を口にするあかりの表情は笑っていた。それは同情や気遣いなどでは全くない、全ての肯定の意志――
こんな笑顔を見せられてしまっては自分のことを拒んでいるのではないかなんて思えるはずがない。言葉的には俺をからかっているだけのように思えるかもしれない。だけど、それはただの照れ隠しなのだろう。
あかりはどんな言葉を使っても相手を受け入れ、安心させるような言葉を口にする。そんなあかりの優しさは人として尊敬に値するものだった。
「え、えっと……それじゃあ…よろしくお願いします…」
あかりの言葉を聞き、茎元は自分が受け入れられた嬉しさからなのだろう。彼女は赤面し、下を向きながら答えた。そして、彼女は鞄を持って立ち上がりこちらへと向かってくる。
「うわぁ!!」
――だから、何で何もないところで転ぶんだ……?
俺は転ぶ茎元を立ち上がらせ、俺達三人は教室を後にした。
この放課後での些細なお誘いが後々(のちのち)に起こることになる複雑な関係の始まりだった。けれど、教室を出てあかりの家へと向かう俺達三人はそんな事を知るよしもない。
次回の話はあかりの家での勉強会がメインになります。次回「答えがあるから」。




