プロローグ「最悪の出会い」
小説初心者ですので、至らないところもあるかしれませんが、作品を読んでいただけたら幸いです。
* 8月31日 夜 自宅 *
「終わらねぇぇぇぇーーー!!」
夏休み最終日、俺、平 大地は地獄の真っ只中にいた。
目の前から消えない紙の山、いわゆる課題の山である。夏休みの初めから後回しにし続けた報いが最終日に返ってきたのだ。
「明日から学校始まるってのに、これはまずったなぁ…」
――今からでも電話してあかりに手伝ってもらうか?手伝ってくれるだろうけど、すごく怒るだろうな。
そして、俺は携帯に手をかけ、連絡帳からあかりの名前を探すが自然と指が止まる。
――いや…、そんな迷惑をかけるわけにはいかない。それにもう夜の11時だ。家に押し掛けるのにも遅い時間だし、空さんたちにも迷惑だしな。
だから、その選択肢はなしだ。だとしたら、一人でやるしかない。とはいえ、一人でやっても、全く進まないのは現状から見て明らかだった。
「これじゃ終わる気がしないな…。一度、気分転換に散歩にでも行くか」
俺は昔から何かとあると、気分転換に町を散歩することが多い。町を歩いていると、なぜだか心が落ち着く気がするからだ。
俺は手に持ったペンを机に置き、椅子から立ち上がる。そして、部屋の扉を開け、玄関へと向かうため、階段を下りて行った。
* 自宅 玄関 *
玄関へと降りた俺は出かける用の靴ではなく、散歩用のサンダルを下駄箱から取り出す。すると、奥の方から扉が開く音が聞こえ、こちらに足音が近づいてくる。
「あら、大地。こんな時間にどこ行くの?」
奥の部屋から出てきたのは灰色のスウェット、紺色のスカートの上からエプロンを付けているという斬新な恰好の女性だった。
「課題が終わらないから、気分転換に散歩してくるよ。母さん」
「そう。あまり遅くならないようにしなさいよ」
この人は俺の母 平 瑠璃。斬新な恰好のせいで、親の威厳など微塵も感じさせない。かといって、安心感を漂わせているわけではなく、俺の親ながら、何とも言葉にしにくい人だ。
俺の両親は基本的に放任主義なため、俺がこんな時間から散歩に行こうが、何かと言ってくるわけではない。
「りょーかい。行ってくる」
サンダルを履いた俺は母の方を向き、返事をした後、玄関のドアを開けた。
* 散歩道 *
玄関から出た俺は、とりあえず家の前の道を歩いていた。
「さて、どこに行きましょうかねぇ」
俺は行きたい場所を思考する。散歩する場所を思考するのも散歩の楽しみの一つだ。
思考していると、俺はある場所が思い浮かび、足を止めた。
「久しぶりに海にでも行ってみるか。夏休みの間はずっとご無沙汰だったし」
この海花町は海がとても綺麗なことで有名で、夏休みになると海水浴に来る人でごった返すのだ。
俺は人混みが嫌いなため、毎年夏休みになると海には行かないようにしている。だから、海に行くのは久しぶりということになるのだ。
目的地を定めた俺は海への道へと路線変更し、再び歩き始める。
…………
海への道をしばらく歩いていると、だんだん潮の良い香りが漂ってきた。
生まれた時からこの町に住んでいるせいか、俺はこの匂いが好きだ。夏休みの間、行っていなかったから、とても懐かしく感じる。俺はその香りに誘われるように足取りを早めていた。
* 海の浜辺 *
海へとついた俺は浜辺に腰を下ろし、少し後ろに手をつき、体重を後ろに預ける。
「潮のいい香りもするし、夜の海ってのも意外に良いもんだな」
俺は夜の海には来たのは意外にも初めてである。だから今、自分がいる空間に少し感動を覚えていた。
この町は扇状地だった場所に住宅街などを建ててできた町だ。傾斜面になっているため、町のどこからでも海を見渡せるようになっている。だから、この町の人は海を見慣れているのだ。
だが、今日の海は違った。
月明かりが海に反射し、光り輝いている。普段は見慣れているはずの場所でも、夜になると姿を変えるようである。
――少し得した気分だ。今はこの光景に浸っていよう。
「しっかし、誰もいないとやっぱ落ち着くなぁ!浜風も気持ちいいし……ん?」
夏休みにあった人混みが無くなったのだと、感動に浸っている俺の視界に映るものがあった。
「人…かな…?」
俺の視界に映ったものは、海の前で佇む人影だった。
ここから見ると顔は良く見えないが、髪は黒く、腰の上の方まで伸びていて、服装は白のワンピースを着ている。風貌からして女の子だ。
そして、その佇む姿は雰囲気的にもとても大人びて見える。
――なぜだろう?顔すら見えないのに、今の光景が美しいと感じるのは…。
この光る海の影響もあるかもしれない。でも、その佇む姿がこの光景とマッチしてさらにその光景を輝かせる。まるで海の中に一輪の花が咲いているようだった。
――しかし、こんな時間に女の子が何をしているのだろうか。見たところ、一人のようだし、こんな時間に女の子が一人で出歩くのはかなり危ない気がする。早く帰るように言った方がいいかもしれない。
そう思い、俺は海の前で佇む人影に向けて足を進ませた。
――俺はただ気遣いをするだけ。こんな時間に出歩いている女子に注意をするだけ。
そんな風に自分に言い聞かせはしていたが実は好奇心半分だった。知らない女の子に話しかけるなんて、自分でもどうかしてる思う。でも、膨れ上がる好奇心が足を前へ前へと動かした。
視界に映る人影がどんどん大きくなり、近づくにつれて、顔もはっきり見えてくる。
前髪を横に流しているためか、とても顔が見えやすくなっていた。はっきりと見えてきた女の子の横顔は整った顔立ちで横顔だけでも美しいとわかる。
世間では美しい女の子などを表すのに、お人形さんのようだという表現を使う。
しかし、目の前の女の子はそんな表現では納まり切れないだろう。この国では美しい女性に対して、このような表現を使うことがある。
――【大和撫子】と。
その表現が目の前の彼女には相応しいだろう。その美しさが俺の好奇心をさらに膨れ上がらせていき。
――ついに抑えられなくなった。
「あの…」
――声をかけるのに少しためらったはずだった。しかし、好奇心からなのか、俺の脳は無意識に口元を動かし、言葉を発していた。
「っ………!!」
「え………!?」
俺の声に気づいた彼女は俺の方へ身を向けた。
――彼女の顔を見た瞬間、俺は…少しの驚きと大量の後悔で埋め尽くされた…。
視界に映ったものは、俺の望んでいたものとは全く違うものだった。
俺が見た彼女の顔は、顔立ちは整っていて、顔のパーツも相応のもので、まさに大和撫子の表現に相応しかった。
――でも…、違う…。
俺が後悔を感じたのは彼女の【表情】だった。後悔してしまうのも無理はないと思う。誰だって、この状況に陥れば、後悔してしまう状況だ。
――だって、彼女の顔には…。大粒の涙があったのだから…。
それだけで俺の思考と行動は完全に停止しきってしまった。
「え…えーと…」
「…っ!」
「あっ!」
俺の思考が動き出した時には彼女は身を翻し、町の方へと駆けて行ってしまった。
――俺は…なんてことを…。
しかし、後悔したところで、もう…遅すぎたのだった。
* 家への帰路 *
先程の光景が俺の頭の中を支配していた。彼女が美しかったことも少しはあるだろう。
――それよりも…。
「やっちまったな…」
後悔したところで、もう遅いのは分かっている。けれど、彼女の表情が、大粒の涙が、ひどく心に大きく刺さった。
彼女に何があったかなんて、俺には分からない。分かったところで、赤の他人の俺には全く関係のない話だ。
しかし、女の子が一人で涙を流している時に軽はずみに声をかけてしまった。そのちょっとした気遣いが、馬鹿げた好奇心に駆られてしまったことが、俺と彼女との気持ちの相違が心の中を大きく渦巻いていた。
「彼女に謝らなきゃ」
――謝らなければならない。もう一度会って、彼女に…。海に行けば、また会えるだろうか。
いや、彼女があそこに来ることはもうないだろうと、そんな予感がした。けれど、謝らないといけない。それが無神経な俺が犯した罪のせめてもの償いだ。
考えているうちに、俺は部屋のベットの上で枕に顔を埋めていた。少しずつ意識が朦朧としてくる。
そして、とてつもない後悔と自らへの嫌悪感と共に眠りの中へと意識を落としていった。
この夜の散歩道での最悪の出会いが、今後の俺の日常を大きく変えていく出来事の幕開けであることを、この時の俺は知るよしもなかった。