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第4話

 僕は腹の底からこみ上がる悲しみと怒りを、やっとの思いでこらえました。両手でズボンをぎゅっと握りしめ、感情的にならないよう細心の注意を払い、僕は一言ずつ言葉を発しました。


「ど、どうか……一口、でも、良いので……く、下さいぃ……」


 たかだか1ピースのアップルパイを前に、僕は自らのプライドを粉々に砕いてみせました。その姿が余程滑稽に映ったのでしょう。その少年は絶句していました。周囲の人だかりも唖然として僕を見つめていたようですが、関わらない方が良いと思ったのか、間も無く散り散りになっていきました。それでも僕は土下座の姿勢をやめませんでした。


「……いつまでそうしてるつもりだ?」


 頭上からの困惑しきった声に、僕はのろのろと顔を上げました。迷惑だと言いたげな彼の顔を、僕は涙を溜めた眼で見返しました。


「下さい……アップルパイぃ……」


 僕の言葉に少年は酷く狼狽していたようでした。僕の肩を掴んで無理矢理立たせ、彼は僕を建物の陰に引っ張っていきました。


「ったくよぉ……アップルパイごときで大袈裟なんだよ、あんた」


 彼は半べその僕の鼻先を指さしそう言いました。それは至極真っ当な意見だと言えたでしょう。ですが僕も今更引き下がれませんでした。


「僕は……ただ、食べたかったんですよ……そのアップルパイを……」

「たかだかアップルパイだろ? 次の焼き上がりまで店先で待っていれば良いだろうが」

「僕だってそうしたかったですよ‼︎」


 僕は思わず声を荒げていました。彼の驚いた顔を前に僕はしまったと思いました。でももう我慢出来ませんでした。


「ですが、今日はもう焼かないらしくて、それが最後の一個でして、あのパン屋のアップルパイはもの凄〜くウマーでして、ウッーウッーウマウマ、と歌い踊りたくなるくらいでして……」


 つい余計な事まで口走ってしまい、僕は慌てて口を噤みました。何故って? この知識は「僕自身の知識」ではなく、僕のもう一つの人格である「アイザック」の記憶だからです。「地球」ならともかく、この惑星ギガにおいて、こんな妙ちきりんな知識が分かる人間は絶対に只者じゃありません。もっとも、彼が一般人だったら何の問題もなくスルーしてくれる筈なので、別にそこまで慌てなくとも良かったと言えば良かったのでしょう。ですが今回は相手が悪すぎました。


「……Caramelldansenか。本来は“u-u-ua-ua”と歌っているが、空耳でそう聴こえるだけで、別に美味いって言ってるんじゃなかったような……」


 彼はナチュラルにそう答えました。


 少しばかりの沈黙をおいて。


「何者です君は⁉︎⁉︎⁉︎」


 気がつくと僕は、トートバッグの中身に手を突っ込み叫んでいました。

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