書類とハイタッチ
新章です
シーブ商業都市、冒険者ギルド長ボードマン・クランツは悩んでいた、
今日の夜に行われる定例の食事会について、街の運営を担う議員達が集まり、今後の都市運営の事について話し合い、食事をしながら交友を深めようという集まりだが、議員が交代で食事を用意するというのが恒例で、
ついに自分の番が回って来てしまった。
この都市の代表である議員に連なるメンバーはみんな美食家で味にはうるさく、口に合わない物を出せば、どのような事を言われるか考えると頭が痛い。
ただでさえ自分は2年前にギルド長になってそのまま慣例で議員入りした新入りで、
近年の魔物討伐で集まる魔石の質や数がピーク時と比べ落ちてきている事を毎回言われる。
あの頃は腕のいい冒険者が居たのはもちろん、あの人達が居たのがでかかった。
とりあえず食事会で出すメニューは、食肉用に育てられた牛を使ったステーキに上質な赤ワインという無難なメニューで決めてあるが、その程度では議員達の舌を満足させるとは思えない。
何か大事件でも起きて食事会が無くならないかとありえない事を思っていたら。
コンコン
部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「入りたまえ」
ギルドの受付をしている職員が慌てながら入ってくる。
「失礼します、急いでギルド長に会いたいという方が」
「今日は忙しいから、その様な用件は取り次がないでくれと」
「バルさんとアニスさんが」
「すぐにお通ししろ!!」
今日起きる大事件の始まりである。
身嗜みを整え急いで応接室に行く。
ノックをして、
「失礼します!!」
「おうボードマン久しぶり」
「お久しぶり、ボードマンさん」
出されている紅茶を飲みながらくつろいでいる。
5年ぶりに会うが、以前と比べて纏っている雰囲気が柔らかくなっている。
子供が出来たから丸くなったのかもしれない。そういえばお子さんの姿が見えない。
「お子さんがおられないようですが?」
「ああ、預けてきた」
「助かるわね、娘も懐いているし」
誰か知り合いに預けてきたんだろう。
今日来た目的を聞こう、どうせ面倒事の類だろうが、
「お前に頼み事があってな」
(やはりな)
◇ ◇ ◇
みなさんと別れて冒険者ギルドに向かっている。
この世界では自転車は普及していないのかママチャリを引いて移動していると道行く人にめちゃくちゃ見られている。
街中は石畳できれいに整地されているので、ママチャリで走れそうなんだけど、
そんな事を考えていたら冒険者ギルドに着いた。
かなり大き目な建物で、何より目を引くのが出入りしている冒険者達だ、
2メートル近い全身甲冑を着た人や、分厚い斧を持ったドワーフ、弓を担いだすらりとした美青年のエルフ、露出の高い服を着た女性の獣人、つばのでかい帽子をかぶった魔法使いぽいお爺さん。
異世界感が半端ないと見ていて、自分の用事を思い出しママチャリを外に止め建物の中に入る。
中に入ると外で見ていた以上に様々な人たちが居て驚いたが、
受付の女性にアニスさんの手紙を見せるとすごく慌てて、
「少しおみゃち下さい」
若干噛みながら奥へ消えていく。すると建物に居た冒険者の視線がこちらに集まり。
何か話している。
自分が何かしたかと思っていたら、先ほどの受付の人が来て案内された。
奥の応接間の様な所に通され、
「こちゅらでおまちください」
また受付の人が噛んだが気にせず、リュックを下ろし革張りのソファーに座り待つ、
待っている間に受付の人が紅茶を持ってきたので「ミルクはありますか?」と聞いたら、
不思議そうな顔をしていたので「何でもないです」と言って紅茶を飲んでいたら、
ドアをノックする音が、
「お待たせしました、私はボードマン・クランツ、冒険者ギルドのギルド長をやっています」
「僕は香坂圭太といいます。ケイタと呼んで下さい」
入ってきたのは40過ぎ位の方で、そこはかとなく苦労人の感じがする人です。
「ええと、手紙を見せて貰って構わないかな?」
「はい、これです」
手紙を渡して、手紙にされた封を切って中身の内容を確認してから、
「君がバルさんやアニスさん達と親しいというのは間違いないね?」
「娘のアムちゃんとも親しくさせてもらってます」
そう言うと安心した様な顔で、
「すまないね、あの人達は我が冒険者ギルドだけじゃなくこの街の英雄だからね」
「英雄ですか?」
そう言うと、あの夫婦の冒険者時代の話をしてくれた。
受付の人が紅茶のお替りを持ってきてくれたのをで一息入れて、
「ええと、本当の事ですよね?」
「もちろん」
「本でも出せそうですね」
「出ているよ、全15巻の大ベストセラー!!血沸き踊る冒険、種族を越えた恋、感動のラスト!!」
聞いた話はあの二人を主人公にした冒険譚だった。
自分が当人達から聞いてた話は当事者の体験談だから日常の出来事の様な感じがしたが、
他の人間がどう感じるかは別問題なんだなと思った。
それとこの人普段は無口で寡黙だが、好きな事や趣味の話はおしゃべりになるタイプだ。
このままでは、全15巻の冒険譚全部聞かされそうなので、アニスさんがここに来る様に言った理由を聞こう。
「大変興味があるんですが、手紙には何が書かれていたんですか?」
「ああすまない、本人達に久しぶりに会って興奮したようだ、すまないね」
「二人共ここに来ていたんですか?」
「ああ、君が来る数時間前に来て、いくつか頼まれ事をね。手紙自体は君が本人かどうかの確認の為だよ」
コンコン
部屋をノックする音が聞こえ、
「入りたまえ」
「失礼します、書類が出来ましたのでお届けに来ました」
「ああ、ありがとう、下がってくれ」
ギルド長と事務員さんらしい人が書類のやり取りをして、
「バルさんとアニスさんに頼まれていた事を、急ぎで書類を作成して申請を出して、それを受理させてね」
「書類ですか?」
「ああ、この街での飲食店経営の許可証、住民票、建物の譲渡、養子、なんかの書類でね」
なんか色々聞きなれない単語が聞こえた気が、特に養子という単語が聞こえた気が。
「ケイタくんはこの街で飲食店を開きたいんだよね?」
「はい」
「この街は商売の街だ、でもお金があればすぐ店を出せる訳じゃないんだ」
ボードマンさんが説明してくれた。
この街で店を出すためにはまず、申請書を出さないといけないんだが、
身元を保証する書類がないといけない、無い場合は身元のしっかりした信用できる人からの推薦状、
この街の住人の推薦などだが、それが出来ないと申請は通らないそうだ。
露店とかは比較的緩いそうだがそれでも申請を出し、店を出している間の出店代を先払いで支払うのが条件だそうだ。
しかもどちらも申請してから許可が下りるまで時間が掛かる。
露店じゃなく正規の店を構える場合はこの街の住民票が必要で、早くて半年以上掛かるそうだ、
下手をすると年単位待たされて住民票の許可が下りないという事も、よくあるそうだ。
それでバルさんとアニスさんは、自分を「養子」にして強引に住民票を取り、更に飲食店経営の許可証まで取ったそうだ。
次に会った時どう呼べばいいか考えていたら、
「あとはこの書類に、サインすればいいだけだが」
本当にあの二人は、頭の中でいたずらが成功して嬉しそうにハイタッチするバルさんアニスさんが浮かぶ。
「わかりました」
書類に自分の名前を書こうとしたら、そういえばバルさんたちの家名って何だろう?
養子縁組の書類でバルさんの記入している名前を見ると、
「バル・バウウルグ」
ボードマンさんに書類に書く自分の名前の家名も同じでいいのかと聞くと頷いたので、
「ケイタ・バウウルグ」
そう書類に書き込む。この瞬間、異世界に家族が出来た瞬間である。
書類全てに自分の新しい名前を書き込み終わったら、
事務員さんが紅茶のお替りを持ってきたのでその書類を渡し、
紅茶を口に含み感慨に耽っていると、
「そうだ、書類を書き終えたらバルさんから受け取った皮袋を開けてみろ、という伝言を受け取っているんだ」
「はい、少し待って下さい」
ズボンのポケットから皮袋を出し、封をしている紐を緩め中身を出す。
ソファーの前のテーブルにゴトリと音を立て黒い水晶のような拳ほど石が転がる。
中から折り畳まれた紙が入っていて開くと、
「店の改装費や材料費に使え、父と母より」
自然と表情が笑みになる。
本当にあの人たちは、いや、本当にバル父さんとアニス母さんは、
この石が何か解らないので、ボードマンさんに聞こうと思ったら、
飲んでいた紅茶を飲み込まず口から出したまま固まっている。
頭の中でバル父さんとアニス母さん、それにアムちゃんも加わり三人でハイタッチしているイメージが浮かぶ。
家族になちゃた