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勇者と魔王のいる世界

優しい優しいおわりの日

掲載日:2014/07/18



 シャラン、シャランと涼やかな音が聞こえる。

 それは、舞姫の持つ鈴の音色。

 神聖な鈴の音が一年の厄を払い、新たな一年へと向かう人々を祝す。

 今日は年に一度のお祭り。

 この村に住む人たちが、年を重ねる日。

 めでたい日を暗い気持ちで迎える人なんて、きっとミルキくらいだろう。


 今日、ミルキは十五の年を数え、大人になる。


 ――子どものミルキが、おわる。




 陽が中天へと差しかかる、一時ほど前。

 祭りから抜け出して、ミルキは村の脇の森へと分け入った。

 今すぐに、行かなければならないところがあった。

 年を取るのは、今日の正午だ。

 それよりも先に、会わなければいけないと思った。

 人間とは異なる理の下に生きる、きれいなきれいな彼の人に。


 しばらく獣道を走ると、陽の光を浴びて輝く泉が見えてきた。

 転びそうになる足をなんとか動かして、開けたところまで進む。

 はぁはぁ、と自分の荒い息の音が響く。

 森の中は、生き物なんてどこにもいないのではと思うほどに、静かな空気に満ちていた。


「シュイリュ! シュイリュー!」


 泉に向かって、ミルキは声の限りに叫んだ。

 もし、気まぐれにこの場を離れていたら。

 正午までに会えなかったら、どうすればいいのだろう。

 いや、それよりも。

 もうすでに、彼の姿を見えなくなっていたら。

 恐怖が、ミルキの声を大きなものにした。


「そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえているよ、ミルキ」


 すぅっと、まぼろしのように唐突に姿を現したのは、ミルキが望んだ彼だった。

 シュイリュ。この泉に住む聖霊。

 泉の上に浮かんでいた彼は、ふわりとミルキのすぐ目の前に降り立った。


「よかった、シュイリュ……」


 薄氷色の長い髪。月のような銀の瞳。人間離れした整った容姿。

 どれもいつもの彼で、変わらぬ様子に涙がにじんだ。


「泣きそうな顔をして、どうしたんだい?」


 シュイリュはきょとんとした顔で、そう尋ねてきた。

 本当に、いつもどおりだ。

 ミルキがどれほど思い悩んでいたのかも、彼はきっと理解していない。

 全身の力が抜けるような感覚がして、へたれこまないように足に力を込めた。


「シュイリュ、覚えていないの? 今日がなんの日なのか。わたしは今日、成人するのよ?」

「ああ……もしかして、年祝ぎ《としほぎ》かい? すっかり忘れていたよ。人の間に流れる時は、とても早いからね」


 シュイリュは言われて初めて気がついたようだ。

 その、どうでもよさそうな態度に、ミルキは大いに傷ついた。

 シュイリュにとっては、ただの人間のミルキなんて、どうでもいい存在なのかもしれないけれど。

 ミルキにとっては、シュイリュは家族のような……下手をすると、家族よりも大事な存在だというのに。


「わたし……わたし、もしかしたら、もうシュイリュと会えなくなってしまうかもしれないのよ」


 ぽつり、と足元に視線を落としながらこぼした声は、震えていた。

 正午まで、あと一時足らず。

 もしかしたら、シュイリュとお話しできるのも、これで最後かもしれないのだ。

 シュイリュのきれいなきれいな姿すら、二度と見えなくなってしまうかもしれないのだ。

 どれほど嫌だと思ったところで、抗いようのない現実というものはある。

 子どもの頃、村の長老から聞いた話が、シュイリュの不安を煽る。


「大人になったら聖霊は見えなくなる。まだそんな迷信を信じているの?」

「そういう人もいるって聞いたわ」

「いないわけではないけれどね。聖霊が見えるかどうかは、ほとんど先天的な体質だ。気にすることはないよ」

「可能性でも、嫌なのよ……」


 声と共に、涙がこぼれ落ちた。

 それは、堰を切ったようにあふれだして、止まらなくなった。


「わたし、シュイリュを失いたくないの」


 目の前の、青年の姿をした聖霊に抱きついた。

 胸元に顔をうずめると、清らかな水と爽やかな緑の香りがした。

 落ち着く香り。大好きな香り。

 この香りに、十年前のあの日も包み込まれた。


 五歳のミルキは、親の言うことを聞かないお転婆娘だった。

 それは、他の人には見えないものが見えていたことも関係しているだろう。

 この世界に魔力を循環させるために存在している、聖霊。

 彼らは一般的に手のひらに乗るほどの大きさで、透明な四枚の羽が生えている。

 聖霊は、一定以上の魔力がある者や、聖霊と波長の合う人間にしか見えない。

 ミルキは魔力は少ししかないが、波長が合うらしく、聖霊の姿が見える。

 この村では、他に聖霊を見ることができる人間は長老くらいしかいなかった。

 知識人の長老のおかげで、嘘つきと罵られることはなかった。爪弾きにされることもなかった。

 けれど、変わり者という烙印を押されてしまうのは、当然のことだった。

 不思議なものを見るミルキを親は持て余し、そんな親の言うことを聞く気にはならない、という悪循環だった。


 そんなある日、ミルキは聖霊を追いかけて一人で森に入ってしまった。

 森には大人と一緒でなければ行ってはいけない、と言われていたにも関わらず。

 後先を考えられない幼かったミルキは、気づけば帰り道がわからなくなっていた。

 次第に薄暗くなってくる森の中。もし獣と遭遇してしまったらどうしようか。

 虫の鳴き声すら恐怖を煽って、ミルキは大声で泣き叫んだ。

 そこに現れたのが、今と姿の変わらない、シュイリュだった。

 普通の聖霊とは違う、人間と同じ背丈のきれいなきれいな聖霊は、うるさい、と顔をしかめていた。

 文句を言いながらも、シュイリュは疲れて動けなくなっていたミルキを抱き上げ、村まで連れて行ってくれたのだ。


 あの日ミルキを助けてくれたのは、気まぐれだったと、のちに彼は語ったけれど。

 十年前の出会いから、ずっと、ミルキは彼のことが好きだった。

 ずっと、傍にいたい。傍にいてほしい。

 けれどそれは、叶わぬ願いなのかもしれない。


「……ミルキ、大丈夫だから」


 その声は少しあわてているようだったけれど、ひどく優しく響いた。

 シュイリュの手が、そっとミルキの背中をさする。

 もう片方の手でミルキの頭をぽんぽんとなでる。

 ミルキとシュイリュがここで初めてまみえたときよりも、格段に子どもの扱いが上手になっているのが悔しい。


「ミルキは大丈夫だよ。大人になっても、私の姿を見ることができる。私が保証するから」

「ほんとう……?」


 ミルキが顔を上げると、シュイリュの細いきれいな指が、透明なしずくをすくった。

 そのまま頬に手を添えて、もう片方の頬に口づけを落とした。

 そんなことをするとは思いもよらず、驚きで涙が止まった。

 シュイリュはくすりと笑って、また優しくミルキの頭をなでた。


「ミルキの気には、長く共に過ごした私の気が混じってしまっている。もし、他の聖霊を見ることができなくなったとしても、私の姿だけは絶対に見失わないだろう」


 気がなんだと言われても、ミルキには難しいことはわからなかった。

 それでも、大丈夫だと言われているのだけはわかった。

 シュイリュ以外にも姿の見える聖霊はいる。けれどここまで心惹かれ、仲の良くなった聖霊はいない。

 もし、シュイリュ以外が見えなくなったとしても。

 彼が、ミルキの世界からいなくなってしまわないのなら。

 ミルキはそれで充分だった。


「本当の、本当ね?」

「本当だとも」


 ミルキの再度の確認に、シュイリュは鷹揚にうなずく。

 シュイリュは言葉を省くことはあっても、嘘をついたことは一度もなかった。

 なら、今回も大丈夫なのだ。

 ミルキは、シュイリュを失うことはないのだ。

 ようやっと、ミルキは心の底から安堵することができた。


「だから、今日は祭りを楽しんでおいで」

「うん、そうする」


 ミルキは元気よく返事をした。

 年に一度の祭りは、村民にとっては年一番の楽しみなのだ。

 今年は楽しめるとは思っていなかったけれど、今からでも遅くはない。

 同じく年を重ねて成人する友人と一緒に、飲んで食べて踊って笑って、楽しまなければ。


「また来るわ、シュイリュ」


 ミルキはシュイリュに晴れやかな笑みを向ける。

 それに、彼も同じように笑い返してくれた。

 万の蛍の光を集めたかのような、眩しくて幻想的で美しい微笑み。

 きれいなきれいな聖霊に、ミルキは思わず見惚れてしまう。


「またね、ミルキ」


 絶世の美貌が近づいてきて、額に口づけられた。

 もう、ミルキは照れなかった。

 その触れ方がとても優しくて、子どものミルキへの最後の言祝ぎのように思えたから。




 今日は、優しい優しいおわりの日。


 そうして今日、新たなはじまりがやってくる。







ミルキは実は勇者たちの血縁者だったりするかもしれません。

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