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小説を書こう!  作者: 小説家の集まり
第二回 テーマ:春
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テーマ:春 “昔の自分” 作者:音繰

 それは、吹き抜けるような風が吹く草原。命の鼓動が風を吹かせる。吹かれた風は草花を揺らす。とても優しい世界。

 透き通る青空。希望に満ち溢れた世界。誰一人として泣かずに、誰一人として悲しまなくても良い世界。

 それは、どこまでも甘く。それは、どこまでも温く。それは、どこまでも優しすぎる世界。

 吐き気を催す優しさ。それは、ドス黒い感情の波の中においても確固たる存在として確立する。

 そこに生物は存在しない。何よりも生きた世界であるのに、動物が存在しない。

 綺麗過ぎた世界であるからだ。



 冒す。それは世界の潔癖を。侵す。それは世界の秩序を。犯す。それは世界の法則を。



 異端。異常。異物。

 ありえてはならない。その条理に従わなくてはならない。それが世界に存在するということ。世界に立つのならば、そのルールに従わなくてはならない。にも関わらずにソレは存在している。



 碧色の絨毯の上に佇む二人の人間。重さを知らぬ草花が震える。両者は草花を踏みしめ立っていた。

 互いが纏うの白色の病院服。

 それは光。暴力的な力。蹂躙し陵辱する圧倒的な破壊。それを纏うならば、それは破壊の申し子。その例えは間違っていないといわんばかりに風が吹く。まるで、世界が排除したいとでも願っているようだ。

 破壊の申し子は無表情に佇む。そこからは全ての意思が見えない。近くで見ても遠くで見ても、それは精密な機械人形のよう。人ならざる者の気配を纏いながらも、その気配はどこまでも無機質だった。



 風が撫でる。

 青年の黒髪を。青年の白肌を。青年と呼ばれる存在を。

 風が撫でる。

 少年の黒髪を。少年の白肌を。少年と呼ばれる存在を。



 青年は壊れるように笑い、少年は破顔するように笑う。

 青年は慈しむ様に泣き、少年は悲憤するように泣く。



 同じなのに。その在り方はまるで別の存在のように違う。

 例えるならそれは……そう。世界にたったの二羽しかいない同じ種類の鳥。

 鳥かごの中で育った鳥と大空の中で育った鳥。それは同一の存在であり……酷似したナニか。



 何を以ってそれを青年と記すのか。何を以って少年と記すのか。

 それは、同じ固体。同一の存在。同じ道を歩む者。ならば、何を以ってそう記すのか。

 


「そうは思わないか? 俺たちは歴然と違う存在なのに。

 こうも違うのに、『同じ』だ。まあ、今からお前が俺を反面教師にすればわからないがな」



 青年は嘲笑しながら告げる。

 少年は、相も変わらずに無表情を貫く。その表情を、青年は苦虫を噛んだ様に忌々しく見つめる。



 沈黙。両者に侵された風が纏わりつく。ネットリとした悪意が体にこびり付くような感触。

 虚像。わかりきったこと。嘘だ。だが、そう錯覚せざるを得ない。それが青年の表情だった。



 憎み、慈しみ、愛おしみ。絵の具を童が遊びで混ぜ合わせたかのよう。

 比率は意味を成していない。重ねられた色。それはその三色の面影を残しながらも別の物。

 そんな最悪な喩え。だが、酷く的を得ているとも思えた。

 顔面に貼り付けられた喜税。それは愛情にも良く似ていた。

 支配し、蹂躙し、陵辱し、破壊する。そんな暴力的な依存に。



「違うよ。君は間違いなく僕だ。その証拠に、ほら。君は今とても楽しそうじゃないか。

 ――友達百人超え、だっけ? 羨ましいよ。僕にはそんな人脈は無いからね」



 少年は風を払い、世界を浄化させる。

 おぞましい瘴気に犯された空気が開放される。否。狂気に犯された空気が混沌に染りきっただけだ。



 青年の笑顔が愛情と例えられるのならば、少年の笑顔はひたすらな歓喜だった。

 未来への希望に溢れた子供の目。だが、その瞳はくらく光を通してはいない。

 それは狂気。それは純粋過ぎた感情。それは自己私欲の塊。

 自らしか眼中に無い独裁者の瞳。見た目とは不釣合いなその瞳を真正面から見つめ、青年は笑う。

 慈しむ様に。間違いを正そうとする母親のように。その外見からは不釣合いな程穏やかな笑みを浮かべて。



「友達……?  周りの誰かを蹴落として、敵対関係でないだけ奴を友達だって? 

 それは自分に取って都合のいいだけの赤の他人だ。そこら辺を勘違いしてんじゃねえよ、クソガキ」

「違わないよ。そもそも、今の君は僕の夢の体現者だ。

 ――僕は今、とっても嬉しいんだよ。子供ながらに生きていて嬉しいって心の底から感じれた。これも全部君の……いや、『未来の僕』自身のおかげだよ」

「……記憶にねぇな。昔の俺は少なくとも女子の裸を見て盛り上がる程度には興奮するような単純バカだった筈だぜ?

 んだよ、お前の纏ってる空気。達観しきって、全てに見切りをつけてる。俺の中の昔にある俺は、こうもマゼガキじゃねえよ」

「そうかな? さっき君は言ったじゃないか。僕達は同じだって。自分の言葉を一瞬で撤回するなんて、大人気ないよ?

 後、やっぱり空気を読むのが上手なんだね。うん。伊達に周りを犠牲にして、回りから外れないように過ごしていただけのことはある」

「お説教のつもりか? クソガキ」

「まさか。それこそ君の勝手な思い違いでしょ? 僕には関係ないよ」



 沈黙。一迅の風。そして、静寂を破る笑い声。

 それは歓喜。それは狂気。それは憎悪。それは嫌悪。それは……おかしくてたまらないと全身で表す為の言葉。



「まあ、昔の俺は俺の事をどう思ってんのかなーとは思ってたぜ? 

 けど、お前は冗談抜きで心の底から俺に感謝してんのか!? ふざけんなよ!! それじゃあ、俺がバカみてえじゃねえかよ!! ――最低だ」



 空気が膨らむ。

 激しい怒り。渦巻く激情。歓喜する肉体。

 青年の顔が綻ぶ。それは獲物を前にした獣……いや、そんな生易しいものではなかった。空腹時に餌を放り込まれたときに動物がするような顔。

 人外の眼。理性を失い、狂気にも囚われず。原初の欲望、三大欲に従う生物の目。



「決まりだな。お前は俺じゃない。お前は俺と同じ種類の動物ってだけで、俺自身じゃない」

「なら、どうする?」


 少年が笑う。歓喜に溢れた瞳で。

 青年が笑う。愛情に彩られた瞳で。



「ところで一ついいかい? これでも昔の君を語るんだ。これ位の権利はあるでしょ?

 どうしてその瞳は愛情に彩られているんだい? 僕を憎んでいる筈なのに」

「ったり前だろうが。俺はお前の事が大好きだよ。決まってんだろ。自分が可愛くなけりゃあ他人なんざ蹴落とさねえよ。

 後は嫉妬だ。お前は俺から見るとかーなーりー羨ましいー生活をしてんだぜ? ふざけやがって」

「それこそおかしいじゃないか。君だって同じ時間を生きたんだろう?」

「それじゃあ聞くがお前は自分がどうなるか知っているか?」



 僅かに時間を置いた。

 なぜなら、少年が何だろうといわんばかりに表情を和ませたからだ。そこには目の前の数式に挑むようなあどけない笑顔が浮かんでいた。

 そして、分かったといわんばかりに笑顔が戻る。はちきれない無垢な笑顔。例えるならば向日葵ひまわりのよう。

 太陽のような焼き殺すのではなく、優しさに溢れた暖かい物。

 回答が正しいかを確かめるように少年は口を開く。



「知識だけではね。

 ――両親の死。それがどうかしたのかい? 君が死ぬ訳でもなくて、僕が死ぬ訳でもない。どうしてそれを恐れなくちゃならないんだい?」

「経験と知識をおんなじ目線で見てんじゃねえよ。全くちげぇんだよ。『見てる』のと「受ける』のは」

「うん。まあわからなくは無いよ。それで?」



 一瞬、青年は微妙に潤んだ瞳を伏せた。どこか空虚な目線は碧色の絨毯を見つめていた。

 佇む姿は今すぐにでもつぶれてしまいそうに細く。だが、それも一瞬。瞳に感情が宿る。



「お前は俺の感情がわかるか?」

「どうだろうね。同じだけど、さっきからどこか険悪だから。

 そもそも人格は経験なので構成されているんでしょ? だったら、経験が足りない僕は君と同じ感情を抱くことは出来ないのかもしれないね」

「だよな」


 心なしか青年の瞳が細くなっていく。それに伴い纏っていた空気が晴れ晴れとする。

 青年は空を見上げた。雲は千切れ千切れに浮かび、遊戯でもするかのように形を変化させ続ける。

 どこか憂いを秘めた瞳はしばらくの間空を見上げていた。せかすように風が吹いた。



「俺は、さ。両親が死んだ時に……悲しかったけど、それ以上に『楽』だったんだわ」

「気を遣わなくてもすむから?」

「そうだよ。薄情な奴だよな。自分でもそう思う。けど、考えて見れば仕方のねぇ事だったんだよな。

 昔から親を悲しませたくないから偽り始めて、一人でも多くの人に好かれたいから好かれ易い性格を選んだ。だから、偽らなくて楽しかった。本当の自分みたいのを出せる時間が出来たからな」

「うん。僕もそこまでは同じだよ。けれど、君程達観は出来ていないね。どうしても私情が出てきちゃう」

「別に私情を抜きにする必要なんざねぇんだよ。ただ、あんましきつい所は濁すだけだ」

「そうなんだ」



 少年はそこで困ったように顔を顰める。見れば、少年の体はだんだんと透けていっていた。

 それは青年も同じだ。白い病院服がまるで水にいれたガムシロップのように溶けていく。

 もうあまり時間が無いと。その現実は無言で伝えていた。



「お前はまだ『子供』だ。『大人』じゃない。けど、俺は『大人』だ」

「それがどうしたの?」

「俺は色々と経験した。笑ったり泣いたり、出会ったり別れたりと色々な。

 そして、歪んでいった。昔の俺が抱いた憧れも、夢も何もかもが。全てが錆びれてしまった」

「それが大人になるということじゃないの?」

「そうでもある。

 ただ、覚えておけ。心の底から友達と思える奴を作れ。自分を偽るんじゃなくてな」

「なんで?」

「本当の自分を見せないでは友達とは呼べないからな。だから、お前が百人位作れ」

「無理だよ。だって僕は――」

「お前は俺じゃない。まあ、確かにこれからも病院での生活は長いだろうさ。けど、希望はある。じゃねえと俺がここにいないだろ?」

「そうだね。後、僕からも一つだけ。さっき、昔の自分が見たらどう思ってるかって聞いたよね?

 羨ましいよ。友達が多いとかじゃなくてそこまで自分を持てるのが」



 そこまで言って、少年の体が風に散っていった。そして、青年の体も原型を留めなくなってきた。

 決して明るいとも呼べないが、それでもどこか喜ばしそうだった。

 消える。世界を侵す者達が。この汚れの無い世界から。穢れに満ちた世界へと。



「どうだった?」



 初老男性が口を開く。眉間に刻み込まれた皺と、どこか達観した瞳は大人のそれだ。

 対する青年の目は僅かに伏せられていた。どことなくその姿は子供のように見えた。



「さあ。わかりませんよ。

 にしても、友達百人、ね。我ながら下らない事を祈りましたね」

「そうかな?」

「ええ。一応自分を偽ってやったきましたけど……こんなんで良かったんですかね。

 昔の俺と話してて思いました。あいつはまるで偽っていはいない。その考えはあれど、ほとんど自然体なんですよ。それが気に入らなかった」

「それで?」

「あいつは言いました。羨ましいと。ふざけやがってって思いましたね。まったく。

 けど――あいつは自分を持てるのが羨ましいと言った。今の俺は過去の俺の願いを借りただけの別の人間なのに」

「けど、君は約束を果たしたんじゃないか」

「けど、約束を果たして気が付きましたよ。俺は何も無いじゃんって」

「なら、ここからが君の人生かい?」

「そうかもしれませんね。さてと――昔の俺。頼むから、こんな下らない願いを持つんじゃねえよ」



 青年には経験があった。少年には記憶しかなかった。ならば、持ちえる感情も違ってくる。

 だからこそ少年は少年だったのかもしれない。かつて青年がそうであったように。

 青年も経験が無かったが故に少年であったのだから。

 青年は呟く。ゆっくりでいいと。

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