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小説を書こう!  作者: 小説家の集まり
第二回 テーマ:春
8/25

テーマ:春 "春と鈍感と不器用な手紙" 作者:ハセガワハルカ

 はじめまして、此度のギャグ部門担当、ハセガワハルカです。 

 言い訳。

「心理描写が無ければ、会話文を書けばいいじゃない」

 ツッコミどころ満載の残念文ですが、感想、ご指摘の方よろしくお願いします。

『あたたかい日が続いていますが、頭は大丈夫でしょうか。なんだか、春にしては暑いくらいなので、心配になってしまいます。

 たしか、ボケ対策にはカレーや昆布が良いのだとか。が、元々の出来が悪いのではどうしようもありません、ご愁傷さま。好む好まざるにかかわらず、あなたは頭の調子が悪いのですから。

 きっと、その分、毎日火照って大変なのでしょうね、性的な意味で。

 であるからして、私はあなたのために、ここに宣言します。

 すべての人類はみな、自分のリビドー、性的欲求に忠実であるべきだと私は思います、具体的には。つまんで。キスして。合体して……。っと、私としたことが淫れて……じゃなくて、取り乱してしまったわ、ごめんなさい。

 ていうか、直樹の頭がごめんなさいという話題であったはずなのだけど、いつ話題が変わったのかしら。 

 くり返しますが、ボケの対策にはカレーや昆布が最適なのだそうです。だので、今度ボケ防止のための料理を作って、御馳走してあげるわ、嫌いなものがあったら言ってください。

 さて、以上が、此度の用件です。いかがでしょうか?


 あなたの答えを聞かせてください。屋上で待ってます』

 

「――俺には、お前が何を伝えたかったのかがまったくわからない!」

 ビシリと、少年――速水直樹は、目の前の少女に手紙を突きつけた。

 少女はこちらに背を向けていて、屋上から校庭を見下ろしているように見える。

「ふぅん。読んだのね……」

 少女――西城香織は呟いた。心ここに在らず、といった印象。

 校庭を見つめたままだったので、それはここにいる人間に対して放った言葉なのか、単なる独り言なのか、判断が付かない。

 西城香織。聡明にして美麗。校内で十指に入るほどの成績を誇りながら、男子なら見惚れてしまい、女子なら羨まざるを得ないほどの美貌を兼ね備えている。

 達観したような落ち着きも持っていて、静かな物腰ながら、どこか近寄りがたさすら感じられる。

 そんな彼女に"高貴にして冷淡な微笑ロイヤルクール・オブリージュ"などというあだ名を付けたのは、誰だったか。廚二病患者なのは間違いないだろうが。

「……」

 なるほど、こうして後ろ姿を眺めている分には、そんな廚二病的二つ名も、頷けないことはない。"クール"と"高貴"の部分だけだけど。

 だが悲しいかな。"天は二物を与えない"という言葉がある。

 ……いやこの場合、"天は余計なものも与える"と言った方が正しいか。とにかく、彼女にも欠点はあるのだ。

 それは――、

「ねえ、ちょっと見て直樹。あそこ、校庭の真ん中で。……完全に挿入(はい)ってるわ。しかも集団でリズムよく……、なんという破廉恥」

「どう見てもただの柔軟体操だろ!」

「あっ、それにほら、あれ。あんな図太い円錐持ってきて……、ナニに使うのかしら。あんなの挿れたら壊れてしまうわ」

「三角コーンをそんな目で見るのは、この学校でお前だけだ!」

 少々、いやかなり……、否、その思考のおよそ九割が、女子高生にあるまじき淫靡でピンク色な回路によって埋め尽くされているということ。

 もっとも、それを知っているのは本人である香織を含めず二人しかいないので、多くの人にとっては、やはり彼女はクールな高嶺の花でしかない。

 香織は、ひとしきり運動部の柔軟体操を観賞すると、ようやく振り返る。

「あら」

 こちらに振り向いた彼女は、少し驚いたように目を見開いた。

「……その様子だと、本当に伝わらなかったみたいね」

 ぼそりと洩らすように、香織は呟く。

「ん? なんか言ったか?」

 屋上の風が強いせいか、直樹は香織の呟きを聞き逃したようだ。

 香織は軽く被りを振って、正面を見据える。

「別に。ただの一人エッチ……、じゃなくて、独り言よ」

「有り得ないからな、そんな言い間違い!」

「さっきから大声出したりして、どうしたの? 欲求不満?」

「欲求不満はお前だろ! んなことよりなんなんだよ、この手紙!」 

 直樹は、再度手紙を突き出して、香織の目の前に差し出す。

「一体何のつもりなんだ! 貴様、俺に悪口を言うためだけにこんな悪戯しやがったのか!?」

「悪口? なにが?」

 香織は、本当にわからないと言わんばかりに首を傾げ、直樹から手紙を受け取った。

 直樹は、香織の手に握られている手紙を指差し、主張する。

「多種多様の、『頭が悪い』が羅列してるだろうが、そこに! なんでお前にボケの心配なんかされなきゃいけないんだ! つーか、一言馬鹿って言えばいい済むだろうが!」

「馬鹿だなんて言ってないわ。私を悩ませている心配事が、手紙に愚痴として表れちゃっただけよ」

「俺の頭の悪さが、お前の悩みの種だというのか!」

「『俺の頭の悪さ』、『お前の悩みの種』……美しくない日本語よね、教養の無さがにじみ出ているわ」

「ぐぅっ……!」 

 直樹は大げさに膝をつき、地面を見つめて涙を呑んだ。

 その姿は、香織に負けを認めて、彼女の下にひれ伏した敗者の図にしか見えない。

 彼の胸中には、一体どのような感情が渦巻いているのか……。

 ――考えても見てほしい。

 現在、高校一年の春休み。

 直樹はその残念な頭の出来ゆえに、補習を言い渡され、こうして休みの最中だというのに毎日のように学校に来ていた。

 今日も今日とて、だるい身体に鞭を入れて登校し、春眠の暁から一日を耐えきって、補習を完遂した。

『明日も補習か……、ふっ、やれやれだぜ……』などと自分に酔った台詞をこぼしながら、下校しようと下駄箱を開くと――それはあった。

 ハートマークのシールで封のなされたピンク色の便箋を想像してもらって構わない。中身ももちろんピンク色で、取り出せば仄かに香る、女性的な香水の匂い。

 期待しない方がおかしい。直樹の内心もやっぱりそういう青春っぽい甘酸っぱいなにかで満たされていたはずだ。

 加えて、差出人は西城香織。

 兼ねてより、直樹が片想いを寄せていた少女の名が、そこには印されていたのだから。

 あの瞬間だけは、直樹は間違いなく人生の勝者だっただろう。

 しかし封を開けてみれば、その中身は電波と混沌を垂れ流すような怪文章だったのだ。

 直樹の憤慨も、仕方ないといえる。

 地に膝をつき、地面を見つめたまま、直樹はふっと口元を緩めて、心情を吐露した。

「……軽く泣きてえ」

「え? 『パンツ見せて』……?」

「どんな聞き間違いだ! 母音しかあってねーよ!」

 ……母音もあっていないのだが。

 聞き間違いですらないのではないか? 

「ごめんなさい、ちょっとそれは……」

「いや、しなくていいから」

「はいないのよ」

「なんだと!?」

「スカートの中なら見せられるけど、あなたの望むパンツは、そこにはないの。それでも構わないなら」

「構うわ! R指定ダメ、絶対!」

 口ではなんとかツッコミをいれるも、直樹も多感なお年頃。青春真っ盛り。

 反射的に校舎を駆け降りて、校庭から屋上を見上げてみたくなった。

 しかし、そんな動物的本能を、鋼の精神で我慢して……、』

「地の文を勝手に捏造するな! そんな心理描写はない!」

「びっくりした、直樹の心の声が、聞こえてきたのかと思ったわ」

「そんなことより、香織は今すぐパンツを履け!」

「はいてないわけないじゃない、ちゃんとピンクの可愛いヤツを履いてるわ……、そうそう、ピンクと言えば」

「最低の話題提供だ……」 

「ピンクって、春らしい色よね」

「は?」

「ねぇ、"春"といったら、あなたは何を連想するかしら」

「なんだよ、突然……」

「いいから答えなさいよ」

「春……なら、桜とか?」

「ふぅん、……つまらない答えね」

「理不尽な質問の挙句それかよ……」

「"春"って、相当エロい文字だと思わない?」

「俺が同意したらセクハラじゃね? あと、女子高生がエロいとか言ってんじゃねえよ……」

「ふとした時に『春』って文字を見つけたりすると、ちょっと興奮してしまうわ」

「この季節は落ち着けないな、お前」

「中でも、『青春』なんて、もう放送禁止ワードだと思うのよね。卑猥すぎる」

「だから女子高生が……」

 卑猥とか。頬を赤らめながら言わないでほしい。

 直樹の心中をお察しする。

「もう隠語指定するべきだと、断言できるわ」

「そんなことを断言するのは、日本でお前だけだ」

「――私の『ピー』時代の話、聞いてください」

「AV女優の過去話とかされそうだな……」

「――もう一度、『ピー』がしたい!」

「如何わしい願望!?」

「――『ピー』は何もかも実験である。 byスティーブンソン」

「昔の偉い人ごめんなさい!」

「ところで、『売春』と『ピー』って、字面が似てると思わない?」

「この流れでそれはやめろ!」

 "青春"という単語が、ゲシュタルト崩壊を起こしてきた。

 言葉の意味が、文字通り崩壊してきた矢先、香織は少し俯いて、くすくすと笑いだした。

「……ふふっ、ほんと、あなたって面白いわね」

「いや、面白いのはお前だと思うぞ……」

 二重の意味で。

 面白いのは香織の方だし、面白がってるのも香織だけだろう。

 直樹はそんな香織に付いて行くのに必死に見える。

 いつものことだが。

 ――こんな風に、とりとめのないお馬鹿な会話を香織とすることができるのは、この高校においては直樹の他にいないだろう。

 高嶺の花として崇められて、自らもそうあるようにと努めている香織にとって、直樹は心を開ける数少ない人物なのだ。

 だからこそ、あの便箋が下駄箱から見つかった時、『これは、直樹の春が始まった』と思わざるを得なかったわけなので、逆に中身を読んで、その不可解さに違和感を覚えてしまったのだが。

「はぁ……で、話を戻すけど。結局、その手紙には何の意味があったんだよ」

「節穴アイなのね。私の抑えきれない愛と熱情と欲情が、はっきりと書かれているじゃない」

「欲情と暴言しか伝わらねーよ……。あと、愛とかいうなよ、期待するだろ」

「あら、どんな期待かしら」 

「……え?」

「私の愛に、何を期待するの?」

「っ……、それは……」

「……」

 あれ。唐突になに? この空気。

 なんだか、ちょっといい雰囲気かもしれない。

 見つめ合う二人の間に、ただならぬ気配を察してしまい――、

「……す、数学I(アイ)の勉強を教えてほしいかなぁ、なんつって……」

「……」

「……」

 ずっこける。寒い。

 なんだかんだ言って、やはり直樹はへたれなのだ。

「う、あー、なんだ、用が済んだなら帰るわ。俺は明日も補習なんだ、予習しないと」

「ええ、頑張って。根を詰めすぎないようにね、あと休みだからって抜きすぎないように」

「最後のが余計にもほどがある! ……と、料理楽しみにしてるぜ。好き嫌いとかないからな、俺」

「あら残念。あなたの嫌いなものだけを使って、料理を作ろうと思ってたのだけど」

「性格悪いよ……、まぁいいや、じゃあな二人とも」

 直樹はあっさりと身を翻して、後ろ手に手を振りながら屋上を去っていく。

 そんな後ろ姿を見つめる香織の表情は、やはり読み切れない。

 だけど、

「……」

 ふっと微笑んだ香織の横顔が、どこか寂しげに感じられてしまって、

「……さて、みつる、私もそろそろ帰ろうと思うのだけど、あなたは? 一緒に帰る?」

 そんな誘いを受けて、

「……結局」

「うん?」

 直樹と共ににやってきた少女――雪村みつるは、ようやく口を開いた。



 ◇



「……その手紙には、何の意味が?」

「あら、あなたにもわからなかったの? ちゃんと読んだ?」

「読んでない……。聞いただけ」

「あぁ、そういうこと。あなたなら、読めばすぐに気づくわ」

「……見せてくれる?」

「どうぞ」

 みつるは、香織から手紙を受け取って、黙読する。

 ――そして、呆れるようにため息をついた。

「……一目瞭然」

「でしょう? 本当に、彼って鈍感なんだから」

 手紙には、こう書かれてあった。


『あたたかい日が続いていますが、頭は大丈夫でしょうか。

 なんだか、春にしては暑いくらいなので、心配になってしまいます。

 たしか、ボケ対策にはカレーや昆布が良いのだとか。

 が、元々の出来が悪いのではどうしようもありませんね、ご愁傷さま。

 好む好まざるにかかわらず、あなたは頭の調子が悪いのですから。

 きっと、その分、毎日火照って大変なのでしょうね、性的な意味で。

 であるからして、私はあなたのために、ここに宣言します。

 すべての人類はみな、自分のリビドー、性的欲求に忠実であるべきだと私は思います、具体的には。

 つまんで。

 キスして。

 合体して……。

 っと、私としたことが淫れて……じゃなくて、取り乱してしまったわ、ごめんなさい。

 ていうか、直樹の頭がごめんなさいという話題であったはずなのだけど、いつ話題が変わったのかしら。 

 くり返しますが、ボケの対策にはカレーや昆布が最適なのだそうです。

 だので、今度ボケ防止のための料理を作って、御馳走してあげるわ、嫌いなものがあったら言ってください。

 さて、以上が、此度の用件です。

 いかがでしょうか?


 あなたの答えを聞かせてください。屋上で待ってます』

 

 読んでいて恥ずかしくなるくらいであった。

 みつるが、最初に気づけなかったのも無理はない。

 口頭で聞いただけでは、流石にわからない。

 だが、こうして文を目で追って読めば、まさに一目瞭然だ。

 そもそも、あからさまに不自然な文体である。成績優秀な香織が、乱れた文法を用いた手紙など書くはずがない。

 その点だけは、直樹の読み上げた文を聞いていただけのみつるにもわかった。

 そして、だからこそ、この手紙の真意が気になったみつるは、こうして直樹に同行して、屋上までやって来たわけなのだが……。

 もし最初から手紙の意味に、香織の想いに気づいていれば、みつるは直樹に付いていくような、そんな無粋な真似は、しなかっただろう。

「あなたと直樹が一緒になってやってきたのを見て、『あぁ、このバカやっぱり気付かなかったのね』って、すぐにわかったわ」

「ごめん……。わたし、邪魔だった?」

「謝らなくていいわ。誤算ではあったけれど、邪魔なんてことはなかったから。それに、あなたが居なかったところで、やっぱり私は言い出せなかったでしょうからね。……この手紙が、私の精一杯の勇気よ」

 香織は手紙に視線を落とし、自嘲気味に微笑む。

 そんな彼女の姿を眺めながら、みつるは目を伏せ、そしてため息をついた。

「……不器用」

 鈍感な直樹も、不器用な香織も。

 どっちもどっちだ、という感じ。

「ふふん、萌えポイントね」

 なぜか誇らしげに、香織は口元を歪めた。

 その横顔は、強がりでも意地っ張りでもなく、晴れやかな表情として、みつるの目には映った。

 ――次はどうやって弄って遊ぼうかしら。

 香織は不敵に微笑みながら、鈍感な直樹を如何にして自分のモノにしようか、心の中で計画を立てるのであった……』

「こらみつる。勝手に心理描写をねつ造しないの」

「……あれ、違うこと考えてた?」

「ふふ、さあね」 

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