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小説を書こう!  作者: 小説家の集まり
第五回 テーマ:不公平
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テーマ:不公平 『生死の理由と救いの種類』 作者:ハセガワハルカ

 君には、大切な人がいるだろうか?

 友人として、恋人として、家族として。心から愛せる人、または、君のことを心から愛してくれる人はいるだろうか。

 君には、大切なことがあるだろうか?

 趣味でも、社会的地位でも、財力でも、将来の夢とかでも、なんでもいい。君が心の底から大切に思っているモノなんかを、持っているだろうか。

 僕にはない。

 いや、なくなってしまったと言うべきか。

 生きる理由がなくなって。

 死ぬ理由が出来た。

 ――僕は今日、死ぬことになる。ついでに、今日は僕の誕生日だったりするから、皮肉なものだ。

 自殺ではなく、事故死。

 自殺に限りなく近い事故死とでも言おうか。――まあ、俗にいう『当たり屋』ってやつの一種で間違いないだろう。怪我で済ませるか、死んでしまうかの違いがあるだけで。これから僕を轢き殺すことになるドライバーのことを思うと、ほんとうに申し訳なくて、ただただ頭が下がるばかりだ。ごめんなさい。


 僕の命には、いま八百万円の値段が付けられている。昨日、正式に生命保険の認可が下りたのだ。

 受け取り人は、とある金融会社の社長さんだ。親が作った借金、利息を含めて総額が七百九十八万円。目が飛び出るよな金額だけど、元金は数十万円ほどでしかなかった。馬鹿らしいとしか言いようがない。

 馬鹿らしいと言えば、それだけの借金を残して行方をくらましてしまった親のこと。

 せめて利息分だけでも返せればと思って、僕がバイトで溜めた百万円をちょろまかして、行方をくらましてしまった両親のことを思うと、何のために頑張ってきたのか、僕は今までなにをやってきたのかと心底バカらしく思えて。

 死ぬ理由が、出来たんだ。


 あとそう。『馬鹿らしい』つながりで恐縮だけど。

 ずっと片想いを寄せていた女の子――牧野さんに、すでに恋人がいらっしゃったこと。

 思えば、これが決定的だった。

 もしかしたら、あの日あの時、外を出歩かなければ。

 仲睦まじく寄り添い歩く彼女たちと出会わなければ。

 彼女に恋人がいることを知らなければ、僕は生命保険でお金を返そうなんて発想には、至らなかったかもしれない。

 けど知ってしまった。

 ここで生きる理由が、無くなったんだ。

 

 もちろん、他に選択肢がなかったとは思えない。生に固執するというのなら、他にいくらでもやりようはあったと思う。

 でもそれに何の意味が?

 無様に生き恥を晒して、残りの人生を、親が残した借金返済のためだけに謳歌していくことに、どれだけの価値を見出せばいいのか。

 僕にはわからない。

 僕には、家族がいない。

 友人も、恋人もいない。

 これといった趣味もなければ、縋りつくべき社会的地位も将来の夢もない。

 なによりお金がない。

 世の中が不公平なんていうことは、小学生のころには誰もが気がつくことだ。だけど今になって、逆のことに気がついた。

 人生は、不公平で不平等で理不尽で納得がいかなくて唾棄すべきほど俗に汚れて腐りきったモノだったけど。

 人死は、公平だ。

 逃げ道()はいつでも用意されていて、ちょっとだけ勇気を振り絞れば、誰もが公平な死を享受することが出来る。

 ――さて、御膳立ては整った。

 遠くから、車が走ってくる音が聞こえてくる。僕の一生も、あと数分か数十秒で終わりを迎えることになるわけだ。

 やり残したことはないけど、思い残すことはいくらでもある。

 やりたかったことは腐るほどあるけれど、間際に残す言葉はない。

 生きづらくて死にやすいこんな世の中だから。

 そして僕は最後に思い出す。最後に残った生への願望か、人間がもつ生物的本能による危機回避というやつか。ここにきて僕は考える。

 ――そんな慟哭も無意味で。世界は常に不公平で。 

 僕には走馬灯を観賞する時間すら、与えられる暇もなく。

 ドン、と。

 深夜の道路だからと油断してか、そのトラックはブレーキもクラックションすらも忘れたように、僕を轢いて跳ね飛ばした。

 

 


 ◇


 


「…………あれ?」


 気がつけば、僕は白い天井を見上げていた。

 身体中、痛くないところがないくらいに痛い。呼吸をするだけで肺が悲鳴をあげて、身動ぎするだけでまた意識が飛びそうになる。

 だけど、何より気になるのは。

 ベッドの脇に座って、僕のお腹の位置に突っ伏すようにして泣いている女の子のこと。


「……あれ、牧野さん?」

「! あぁ! 気がついたのね!? よかった……っ!!」


 名前を呼ぶと、飛び跳ねるように身体を起こして抱きついてきた。


「い、痛い! 痛い!」

「あっ、ご、ごめんね!」

 

 ばっと、慌てて身を離す牧野さん。

 しかし、シーツを握りしめた手は離すことなく、僕の顔を見て感極まったように涙をぽろぽろと溢しだす。


「ひぐ……、もう起きないかと思ってた。起きなかったら、どうしようって、ひっく、それで……」

「お、落ち着いてよ、牧野さん」

「よかったよぅ、ホントによかったよ……っ」


 不謹慎かもしれないけど。

 どうして牧野さんがここにいるのか。疑問に対する動揺はもちろんあったけれど。

 何より、僕のために牧野さんが泣いてくれるという事実が嬉しかった。

 ――後で知った話だけど

 あの日、牧野さんと一緒に歩いていた男性は、彼女のお兄さんだったらしい。

 驚くべきことに、僕への誕生日プレゼントを探している所だったのだとか。

 早とちりした自分が情けなく思える。

 皮肉な話だ。 

 死ねば救われると思っていたのは、僕が"知ってしまったから"なのに。

 牧野さんが僕を想ってくれるという事実を"知ってしまった"今、それだけで僕は、こんなにも救われている。

  


 

 ◇



 しばらくして。

 コンコン、と控えめなノックが聞こえてきた。

「今、行きます」と、牧野さんは立ち上がって、ドアを開けにいった。

 

「――あなたたち、だ、誰ですか?」

「あ……」


 来客を出迎えた牧野さんが、不安そうな表情で僕を見る。

 そりゃそうだろう、見るからに堅気でない人たちが、僕を訪ねてきたのだから。


「よう。ご苦労だったな」

「元気~? 花束持ってきたよ~」


 部屋に入ってきた二人組は、金融屋さんの方々だった。

 社長さんと、その子分さん。二人とも、その強面と体格に反して、両手で抱えきれないほどの花束を持って、ズカズカと病室に上がり込んできた。

 咄嗟に身構える。死にきれなかった僕の、息の根を止めに来たのだと思ったからだ。

 だけど、


「身体の調子は……、聞くだけ野暮か」

「え、あ、その」

「やぁ、お譲ちゃん、この花束、生けてくんね~かな?」

「! は、はいっ!」


 子分さんの方が、牧野さんに花束を預けて、彼女を退出させる。

 それを見届けて、社長さんは懐から一枚の紙を取り出し、それを僕に見せつけて言った。


「諸々の手続きは、こっちで勝手にやらせてもらった。利息分含め、貸付金七百九十九万二千円、あと花の代金が八千円。確かに取り立てたからな。これ、明細書」

「あ……あれ?」

「あばよ」

「リハビリ、頑張ってね~」


 それだけ。

 一枚の紙と、大量の花束を残して。あれだけしつこかった借金取りの二人は、呆気ないくらいに潔く去っていった。

 ――それ以降、彼らが僕の前に姿を現すことはなかった。

 あと、僕は死ぬ気満々だったから、知らなかったのだけど。

 生命保険ってのは、別に死ななくても、「障害給付金」てのが適用される場合があるらしい。

 今回僕は、全治数年の後遺症込みという、一般的に見て相当の大けがを負ったわけで。まあ、結構な額の保険金が入ることになったのだ。ちょっとだけ詳しく言うと、右目の失明、各部位の複雑、複合、単純骨折のオンパレード。

 むしろ脳に異常がないのが異常なほどの重体だった。

 プラス。なんとトラックの運転手が自首して、慰謝料を払ってくれるというらしい。

 喜ぶべきか、トラック運転手さんの後の人生を憂いて悲しむべきかはちょっと悩ましい所だけど。

 とにかくこれで、借金は完済。入院費は保険が適用されるし、手元に残った保険料と慰謝料で、しばらく生活に困ることはないだろう。

 死ぬ理由が、無くなった。

 何より。


「――花、生けてきたよ。……あれ、さっきの人たちは?」

「もう帰っちゃった」

「そうなんだ。……いい花だよ、これ。良い人たちなんだね」

「あはは……。……ありがとう、牧野さん」


 ……現金な話ではあるけれど。

 僕にも、生きる理由が出来たから。

 

 これから先、まだまだ大変なことはたくさんあって、やっぱり世の中は不公平なんだと不平不満を漏らすこともあるだろうけど。

 頑張ろうって思えたんだ。



 ◇



「兄貴、よかったんですかい?」

「なにが?」

「アイツ、まだ相当蓄えてますよね? そっちも手ぇ付けなくていいんですか?」

「……ヤツぁ、利息分まできっちり完済した。八百万も絞りとりゃ上等だろ。それにな」

「それに?」

「……いままでさんざん、ああいうアホ共を地獄に堕としてきたんだ。たまには救い上げてやらねーと、帳尻合わねえだろう」

「……どの口が言うんスか」

「黙れ。オラ、次の取り立て行くぞ」

「ウス」

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