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小説を書こう!  作者: 小説家の集まり
第四回 テーマ:殺戮
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テーマ:殺戮 “焼肉” 作者:ハセガワハルカ

 ――六畳間のある一室には、六人の姿があった。

 だが、そのうち四人は床に倒れ伏していたり、壁に背をもたれて俯いていたりと、もはや死屍累々の有様。辛うじて意識を保ってはいるものの、既に戦闘を行えるような身体ではない。

 背筋を伸ばし、卓を囲んでいられるのは、中央に座する二人のみ。

 しかしその二人も、ぜぇぜぇと肩で息をしていて、満身創痍の様子。しかし、その瞳に灯る意思の光は、これっぽっちも色褪せていなかった。

 ギラギラと血走った眼は、ただ一点を凝視し、交差している。

 燃え盛る炎。熱されていく鉄の板。

 室内に立ち込めるのは、食欲に直接訴えかけるかのような香ばしい匂い。

 ――肉が、焼ける音。

 半径三十センチほどの鉄板上には、特上カルビ(百グラム、五百四円)が三枚、窮屈そうに並べられ、広げられていた。

 今宵、繰り広げられるは殺戮の宴。

『弱肉強食』という四字熟語の真髄を、ここにいる全員が体験した。

 夢半ばに箸を置き、勝負(殺し合い)の行方を見守る他なかった哀れなる敗北者たちは、せめてこの聖戦の最期を見届けようと、何とか顔をあげて、部屋の中央――二人の男に、視線を向けていた。

 東――、白澤霧哉(しらさわきりや)は、窓に背を向け、落ち着いた物腰で肉が焼けるのを座して待つ。

 前回の焼き肉大会優勝者。焼肉皇帝カイザー・オブ・ヤキニキングの称号を持ち、数々のタイトル(焼き肉店出入り禁止ブラックリスト入り)保持者でもある。

 しかし、そんな彼ですら、額に汗を浮かばせており、この戦いの過酷さを窺わせていた。

 西――、綾川勇治(あやかわゆうじ)は、鋭い視線をぎらつかせながら、霧哉と鉄板を交互に睨む。体力の消耗という意味では、霧哉よりも激しく疲労していた。しかし、持ち前の鋼鉄の意思と不屈の精神で、<皇帝>と1on1を迎えるまで勝ち残った。

 チリチリと二人の間に火花が散る。ジュージューと肉が焼ける。

 すでに心理戦は始まっていた。卓を囲む二人の間では、幾戦の読み合い、思考戦、初動作の駆け引きが行われていて、全く油断のならない状況なのである。


 ――突然だが、ここでルールの説明をしよう。

 ルールなき焼き肉は、焼き肉にあらず。

 低俗で原始的な争いがしたければ、その辺で焚き火をしてチキンでも焼いていればいいのだ。

 鉄板上は戦場だが、そこには高潔な騎士道精神と、紳士協定が結ばれている。

 第一条、――参加者への直接的攻撃を禁ず。

 第二条、――確保された肉を奪うことを禁ず。尚、『確保された肉』とは、『自らの茶碗に入れられた肉』のことであるとする

 第三条、――二膳以上の箸による、肉の確保を禁ず。尚、『焼き肉の確保』とは、『肉を自分の茶碗に入れるまでの一連の動作』とする。

 第四条、――以上三項目の禁則事項を破り、戦犯を犯した者は、今期焼肉大会からの追放を確約する。

 

 後ろで倒れている男たちの中には、この戦犯を犯してしまったがゆえに、今回の戦場から退役を余儀なくされている者もいた。

 ジャッジがいるわけではないが、ルール違反を見逃す参加者たちではない。

 戦犯=死。これだけは、不可避にして絶対の了解なのだ。

 ルールに則り、その上で相手を出し抜く。そう、暗黙のルールがもう一つだけある。

 ――勝て。

 敵を殺し、肉を喰う。

 強者が喰らい、敗者は死ぬ――それが、焼き肉。

 男と男の、雌雄を賭けた戦いなのだ。


 ――そして今、肉が焼けたッッ!


「――っ!」

「おぉおおおおっ!!」


 最良にして最高の焼き加減を見計らい、二人の戦士は同時に動く!

 並べられている肉は、三枚。

 譲り合いの精神は必要ない。そんなものは、細かく刻んで牛の餌にでもすればよい。

『相手より、多くの肉を確保する』

 それを達成した時の優越感こそが、最高級のタレにも勝る焼き肉の醍醐味なのだ。

 戦士は二人、肉は三枚。

 簡単な話だ。二枚以上の肉を取った者こそが、この場で勝者となる。

 当然、三枚全てを我が物にすることも許される。しかし、霧哉も勇治も、お互いに数々の死線を潜りぬけた、歴戦の猛者たちだ。

 お互いが理解している。欲をかいては、肉には有りつけない――と。そのような隙を許すほど、甘ダレ風味な男たちではない!

 最初の肉に加えて、残ったもう一枚を確保することが、絶対の勝利条件なのだが――。

 

「――なっ!?」


 一枚目の肉に箸をつけて、綾川勇治は戦慄した。

(剥がれない……!?)

 肉が鉄板に張り付いてしまって、うまく一息に剥がすことが出来なかったのだ。しかし流石はここまで勝ち抜いてきた実力者である。一瞬の遅れこそあったものの、冷静に箸を肉の下に滑り込ませて、一枚の肉を確実に確保した。 

 ――だが、その一瞬のタイムラグを見逃す<皇帝>ではない。勇治が悪戦苦闘している僅かコンマ一秒の間に、滑らかかつ華麗な手際で二枚の肉を掠め取り、茶碗の中へと確保する。


「――あはは、運がなかったねぇ……」

「くっ……!」


 へらへらと余裕の表情で笑みを浮かべながら、霧哉は遠慮なく肉を一枚、口の中へと放り込む。

 ――勝者は、霧哉。

 運も実力の内というのであろうか、"たまたま"取りづらい肉に箸を伸ばしてしまったのが、勇治の敗因――と、見学者たちは考えた。

 しかし、勇治は気づいていた。

 運……? 違う。これは策略だ。

 <皇帝>の狡猾な罠に、まんまと俺は絡め取られたのだ――っ!

 ――空白の浸油地帯(エアポケット・ラード)。 

 今回、ラードを塗ったのは霧哉だ。

 そう、皇帝は、開始前にラードを塗る時、わざと一部の空白を残し、その空白部分に一枚の肉を置いた。

 当然その肉は、勇治がもっとも取りやすい場所に配置する。一瞬の判断で間違いなく選択するであろうその肉は、しかし不十分な量のラードしか塗られておらず、高確率で鉄板に張り付いてしまう。

 ――やられた。


「うん、良い肉だねぇ」

「ぐぅ……っ!」


 見せつけるかのように、勝者の証(二枚目の肉)を咀嚼する<皇帝>霧哉。

 勇治は、苦々しいコゲ肉を噛んでしまったかのような苦渋の表情で、それを眺めているしかなかった。

 甘かったのだ。認識が足りていなかった。これは、戦争なんて生温いものじゃない。

 これは、『焼き肉』なのだからっ!!


 ◇


 続く第二ラウンド。先のような失態は許すまいと、ラードを塗る霧哉の手を注意深く観察する勇治。

 もちろん、霧哉だって、同じ手が二度通用するなどとは考えていなかった。

 ――貴様を殺す方法なら、いくらでもある。


「……」


 対して、勇治は落ち着いていた。右手を卓の上に置き、左手は卓の下、膝の上へ。

 ただただ静かに、鉄板に肉が並べられていくのを眺めているだけである。

 それは、もはや悟りの境地。

 勇治は、覚悟を決めたのだ。

 なにがなんでも、目の前に座する<皇帝>に、敗北を味あわせてやろうと。

 そして極上の焼き肉を、味わってやろうと!

 鉄板の上には、やはり三枚の肉しか焼かない。

 まだ数が残ってるなら、偶数枚だけ焼けばいいじゃないかなどという突っ込みは、愚の骨頂である。炭化したトントロみたいなものだ。

 ――相手より多くの肉を喰らいたい! その一心が彼らを狂戦士へと変貌させる。そして、勝利の向こうで食す焼き肉は、まさに至高の美味なのだ。仲良く笑い合いながら食べる焼き肉など、焼き肉では、ない。

 

「……」

「……」


 余裕の笑みを浮かべる霧哉と、黙して動かない勇治。

 鉄板上では、油が弾け、見事な塩梅でカルビが焼き上がっていく。開始まで、三秒。

 じりじりと焦げていくのは、鉄板に残った肉カスだけではない。鉄板を挟んだ二人の間に香るのは、据えた火薬の匂い。

 緊張感は、最高潮を迎える。


「……」

「……」


 二秒。

 作戦を決定し、準備段階へと入る霧哉。

 彫像のように静止しつづける勇治。


 一秒――、ここではじめて、勇治が動く。

 しかし動いたのは視線だけ。向ける先は、霧哉の相貌。

 

「……」

「……」


 言葉は要らない。焼き肉に、意思の疎通は必要ない。 

 ゼロ秒――、狂戦士はいま、鉄板に向けて戦闘を開始する――!!

 

「なん……だと!?」


 ――<皇帝>霧哉は――否、祐司以外の全員が、その異常な出来事に目を疑った。

 勇治が卓の下に隠していた左手を上げとなんと――、


「――二膳持ちシンメトリカル・ドライブ!?」


 あろうことか、勇治は左手と右手で一膳ずつの箸を構えていたのだ。

 ――二膳持ちシンメトリカル・ドライブ

 勇治は迷うことなく一対の箸を鉄板へと投下し、二枚の肉を全く同時に掴む。

 こうなっては、いくら<皇帝>といえど反応できるはずがない。

 だがそれは――、


(馬鹿め! 反則だ!!)


 第三条――『二膳の箸による肉の確保を禁ず』。ルールを犯した者は、戦場からの強制追放を余儀なくされる。勝敗以前の問題だ、愚行中の、愚行!

 そうまでして<皇帝>の座が欲しいとでも!? 

 しかし、 


「――反則だと、思ったか?」

「なに?」


 勇治は、ニヤリと口元を歪めてみせる。すでに、右手の箸は肉を掴み、卓上の茶碗の中へと確保されていた。

 その向かい側で、二枚目の肉を掴んだ左手の箸が、空中で開く。とすれば自然、肉は宙を舞う。

 ――そこまで来て、<皇帝>は、自身の敗北を悟った。


『二膳の箸による肉の確保を禁ず』

 肉の確保とは、『肉を茶碗に入れるまでの動作』のことだ。

 ――だがしかし、左手の箸は、肉を掴み上げただけだとしたら? 

 肉の確保を行っていない以上、それはルール違反にはならない。

 ならどうする? 

 ――自然の摂理に則って、宙を舞う肉は重力に引かれて卓へと落下する。

 勇治は一瞬の判断で、落下している肉を、右手の箸でキャッチ(・・・・・・・・・)した!

 滞空演舞フライハイ・リバウンド――。軽やかに舞う肉と箸は、まるで蝶の如く。柔らかい曲線を描きながら、卓上の茶碗の中へと着地した。

 第二ラウンド勝者は、綾川勇治。

 見事、下剋上を果たし、最高級の肉を最良の優越感(タレ)と共に食す。二枚の特上肉を頬張りながら浮かべるのは勝者の嘲笑。

 勇治は霧哉を見下しながら、挑発の言葉を発する。


「モゴゴ、イウイング……(これで、追いついた……」

「貴様……っ!」


 視線を交わし合う二人の戦士は、その胸中に燃え、焼けるのは焼き肉。

 ――バトルは加速する。鉄板も過熱する。

 二人の戦士は今、最終決戦に臨もうとしていた――!!



(続かない)

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