テーマ:憎めない人 "地球最後の日" 作者:ハセガワハルカ
後悔先に立たずというかなんというか。
なんとなくで毎日を過ごし、確かなシグナルを見て見ぬふりして、伸びきったゴムみたいになった地球の上にあぐらをかいて、資源と環境をただひたすらに食いつぶす行為を『進化』などと呼称しつつ、これまで輝かしく繁栄を続けていた我らがヒト科人間族には、ふと気がつけば、地球が滅ぶまでもう一日しか残っていなかった。
「あーあ、……ついにきちゃったね、この日が」
「ねー。なんだかなぁ」
小高い丘から見下ろす街の風景は、なるほど確かに終末的。ヨハネさんでも筆を投げざるを得ないほど、混沌として凄惨な様子。
絶望の叫びが、悲痛な怒号がそこらじゅうを飛び交って、実に耳触りが悪い。
逃げ惑う一般人たちを、暴徒と化した一般人たちが襲い、殺し、踏み潰していく。
現在、地上に残っているほぼすべての人間は、偉い人たちから見たら一般人からそれ以下の庶民でしかない。
……いやいや、『庶民』というのも持ち上げすぎか。彼らには既に人権などなく、『人類』という称号もはく奪されている。
街のあちらこちらから火の手が上がり、煙が舞う。建物は件並倒壊していて、高さ2mを越える建造物はもうなくなってしまっていた。見晴らしがよくなったとも言う。
空からは黄緑色の禍々しい人工の星が、僕たちを見下ろしている。まるで、地球の最後を今か今かと待ち望んでいる観客のよう。バッドエンド確定なのに、趣味の悪い観客たちだ。
偉い人たちのお眼鏡に適い、早々に地球から脱出した、五万人の『選抜者』の人たちは、みんなあの黄緑の星々に居を移している。彼らは、今の地球をどんな気持ちで眺めているのだろう。
「ここに残された人たちと同じだったらいいな」
「そんなわけないじゃない。あっちにしてみれば対岸の火事だけど、こっちはもう絶対絶命必滅なんだから」
「必滅か」
「必滅よ」
呑気な僕たちの会話に、痺れを切らしたわけではないだろうけど。また街の地面が砕けて、瓦礫の隙間からマグマが溢れだしてきた。
迫りくる灼熱のマグマには、流石の暴徒たちも我に返り、またパニックを引き起こして逃げ出していく。つい今しがたまでは追う立場だったのに。ちょっと滑稽。
あと十時間で、あらゆる地層は地下のマグマに負けて消滅し、地上の八割以上を覆い尽くしてしまうらしい。これは、黄緑の星々に移り住んだ学者さんが言ってたことだから、ほぼ間違いない。
それより遡って一時間。つまり九時間後には、地球はフォトンなんとかっていう帯域に突入し、超電磁波が地球を覆い尽くして、あらゆる生物は電磁波の過負荷に耐えきれず、死にいたるのだとか。
これは一週間ほど前に、『選抜者』として選ばれなかったことを苦に自殺した学者さんの話だから、微妙に胡散臭いけど。
まあ、そんなのは過程に過ぎなくて、なんにせよ、いまから二十四時間を以てして、地球はその活動を停止する。
生命活動を終えた地球が、どうなるのか。色々と説があって、まだよくわからない。
でも、それも後二十四時間経てば明らかになること。今考えることじゃない。
「僕はね、今更だけど、反省とかしようと思ってる」
「ほんとに今更だよね。後の祭りってレベルじゃないわよ」
「まあ、反省というより、復習かな。裁判って言い変えてもいいかも。――題して、「地球殺星事件」。その、犯人は誰か?」
「難しい……」
「そう。ほんとに難しい、ほら、先週自殺した学者さんのこと、覚えてる?」
「フォトンさんだっけ?」
それは学説の方。人名じゃない。
だけど、僕も学者の名前なんて覚えていなかったから、仮名として使わせてもらおう。ごめんね、フォトン(仮)さん。
「そのフォトンさんが言うには、地球が滅ぶ原因は、一万年周期で起こる"フォトンベルト"への突入が、直接の原因なのだ、ってことらしいんだよ」
「へえ。なんか、人間側を庇うような物言いよね、それ」
「そう。この説は、『地球は滅ぶべくして滅ぶのだ』って言ってるようなものなんだよ。僕たちのせいじゃない、時が来ただけだ、ってね」
「なんという責任転嫁」
「どうしてそう思うの?」
「だってそうじゃない。地球が滅んだ……、じゃなくて、これから滅ぶのは、間違いなく私たち人間のせいなんだから」
「証拠は?」
「証拠って……。挙げ足とらないでよ」
「いや、重要なことだよ。言っただろ? 「殺星事件」の裁判をするって。証拠がないなら、人間側は証拠不十分で釈放だよ」
「なにそれ。じゃあ……、あ、いや。ぷくく」
「何がおかしいのさ」
「そっか、ぷくく、証拠不十分か。なるほどね~」
彼女は口元を押さえながら、ひとしきり笑うと、「だから」と呟いて、僕の方を見た。
「だから、私たち人間は、滅びなかったんだね」
「そう、許されたんだ、地球に」
「じゃあ、この裁判は人間側の勝訴?」
「そうだね。そういうことなのかもしれないね」
裁判だとか、勝訴だとか証拠だとか。
実に人間らしい、人間味溢れる会話だ。
「ねえ、もし地球に意思があったとしたら、地球さんは何を憎めばいいのかしらね?」
「地球にそんな権利はないよ。わかるだろう?」
「ん~……、ああそっか、地球側は、敗訴だものね」
「そう、だから恨めないし憎めないし逆らえない。二十四時間後、地球はきっとこう言うんだよ」
「なんて?」
「『いままで大事に住んでくれてありがとう』かな」
「冗談」
「ほんとだよね。でもまあ、地球が滅ぶのは僕たちのせいじゃないし」
「それもそうね。資源の枯渇も、環境破壊も、生態系の破壊も、なにもかも大体は私たちの仕業だけど」
じゃあなんで滅ぶんだろうね?
わかんないわよ。そんなの。
あっ。
うわぁ。
愚にもつかない下らない会話を切り上げ、街を見下ろしてみれば、いつの間にか動いている物はマグマだけになっていた。
動いているといっても、それは移動しているとかそういうんじゃなくて、ぐつぐつと沸騰しているかのように気泡を弾かせながら、徐々にその厚みを増していくさまだ。街の人は、皆飲み込まれて燃え尽きたんだろう。静かになったものだ。
「じゃ、そろそろ僕たちも行こうか? ここも、もう危ないし」
「そうね。……はぁ、ついに地球ともお別れね……。なんだかなぁ」
名残惜しい気持ちをそのままに。
僕たちは手を繋いで、退廃し破壊されつくした街に背を向け、丘を降りる。
最寄りの地下発着場まで、徒歩で十分といったところか。僕たちがこの大地を踏みしめていられるのも、あと十分だけ。
十分後にはロケットの中。それから数時間後には、僕たちは新たなる居住地、"黄緑の星々"のどれかに着陸して、終わり行く地球をただ眺めることになるのだろう。
その後は……。
……想像しようとして、やめる。詮無きことだ。
だって、ねえ。
――僕たち、五万人の目の前には、輝かしい未来が待っているんだから。
未来のことなんて、いちいち考えられないよ。