テーマ:憎めない人 "僕と彼女の関係" 作者:舞月
僕は起きてすぐに、彼女と目を合わせることになった。目覚めてすぐに観る景色が女子の顔ということは喜びに価するものなのかも知れないが、彼女の表情があまりにも薄い、薄い笑みの裏に怒気を隠しきれていないのが見て取れたら引きつった笑みしか浮かべられない。
「えっと……おはよう?」
「もうお昼だよこのヤロウ!」
拳骨をお見舞いされた。寝ている間にマウントポジションを取られてしまっていて僕はどうにも身動きがとれない。痛みによって目尻に涙を浮かべながら、僕は彼女に謝罪した。
「ま、アンタが私の怒っている理由がわかれば殴らないであげる」「もう殴ってるよ……」
「で、理由は?」
「……今日、一緒に買い物にいく約束だっけ。」
「残念」
ごん、ともう一撃喰らう。約束が違うが、それで漸く彼女は僕の上から退いてくれた。しかし彼女は床の上に脚の置き場がないとわかると、改めて僕の上に跨った。
「取り敢えずどいてくれるかな」
「変なところおったてちゃって、かーわいぃ」「たてていないという事実が残念そうだね」
取り敢えず上体を起こし、彼女の股下から脚を引きぬく。工具や電子機器の部品で埋まった部屋の中心に位置するベッドから出て、僕は足先で道を作りながら部屋をでる。歩いたところが道になるとはこのことだ。
作業部屋から出、自室で着替える。着替えを済ませて時計を見ると、十二時はとっくに過ぎていた。
「それで? どうするの?」
「雨が降っても火事が起きてもアンタは私についてきなさい」
「流石に火事の時は消防を呼ぶよ」
「じゃあその消防の方も一緒に連れていくわ!」
「君が二人きりを望んでいたのにそれを自らぶち壊しにするような人間だとは思えないよ」
取り敢えず、行こうか。そう言って僕に付いてきていた彼女の手を取って家を出た。
映画を観ることになった。内容はコメディだ。全世界で親しまれているMr.ブラウンシリーズの最新作である。日本人にはあまり馴染み薄いものだが、イギリス人の三世である彼女の両親も、祖父母もどちらも海外文化にとても通じている。それの影響で、彼女は見た目、純日本人のそれだが、外国人的嗜好を持ち合わせているのだった。
そのギャップが、どこか、いい。
それを抜きにしても、何も無いところで転ぶところも、いきなり押し倒してくるところも、僕の作っていた機会を破壊してしまうドジも、何もかも許せる。惚れた弱みというものだろう。彼女は憎めない人という概念を体現していた。
そんな彼女が僕の気持ちに気づいているはずはない。
(よしんば、友達としてしか見られていないだろうなぁ)
僕の気持ちに気づいてくれればいいのに、と思いながら、もしも気づかれたらどうしようかと想像して、その妄想を打ち消した。
「ね、次はどこに行こうか」
「ん? 僕はどこでもいいけど。君の行くところについていくのが僕の今日の役目だから」
「えー……面白くないの~」
そう言いながら、彼女は小さく微笑んだ。
「じゃあどこかに行こうか」
「まあ、どこでもいいよね」「ショッピングに決まってるじゃない!」
「どこかっていっていたのに一択だった!?」
まさか選択肢がひとつだけとは思わなかった。
さーて、行くわよ! と彼女は意気込んでいて、僕はそんな彼女の様子が微笑ましかった。
ショッピングはなかなか楽しかったと思う。
彼女の提案で夕暮れの街を歩き、僕と彼女は公園にたどり着いた。
ここは子供の頃から彼女と一緒に来ている場所である。その頃から機械くらいしか興味を示さなかった僕に友人と呼べる人物は彼女を除いたとしても十人に満たない。けれど僕を理解してくれる人物はその数名のみにほかならないのだ。その中の、彼女を除いた全員が引越したりして、僕から離れてしまった。
残る僕の理解者は彼女一人。そんなことを思いながら、僕らはただ黙っていた。
「ねえ、――アンタ、私のことどう思ってるのよ」
「……どう、って?」
「言葉通りの意味」
そう言われて、ぼくはしばし考えた。なんと答えるべきだろうか、ここでぼくが彼女のことを好きだということを洗いざらい告白するべきだろうか――
「アンタ――いや、流くんが私をどう想っていても、私は君のことが好きなの」
そう言われて、僕は驚いて彼女を見た。冗談を言っている様子はなかった。
「だいたい、根暗な機械オタクと友達付き合いを続けるような物好きは基本的にいないわよ。……いや、根暗じゃないわね。筋金入りの機械オタクで、そのくせイケメンで、性格も男前で……そんなやつ、普通だったら残念男子ってだけで終わっちゃうのよ?
あーあ、私は何でこんなやつに惚れちゃったのかな。
教えてくれる?」
冗談交じりといった風に、彼女は僕に問うた。
「それを言ったら、君は天然さんのワガママちゃんだ。そのくせ美人で性格も優しくて、手先は器用なくせに心は不器用なところなんて見せられたら惚れない男はいないさ」
僕の言葉に、今度は彼女が面食らったようだ。笑いながら、僕は言う。
「付き合ってみる?」
「冗談。アンタみたいな人と付き合うようなバカはいないわ」
と、そこで彼女は一旦言葉を区切り、「結婚なら、あんたみたいな人としたいわね」といった。「君は、本当に憎めない人だね」
「アンタも、憎めない人じゃない」
僕らは笑った。
そうして、僕達の恋は実った。