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初登校で、なんとなく中学のときに通った道と違うことに小さな緊張と違和感を感じながら、これから少なくとも三年は世話になるであろう高校に向かっていた。

しかしまあなんだ、俺は今まで自分の住んでいる場所がここまで複雑に入り組んでいるところだとは思わなかった。

以前は車できたために自転車で行くルートを考えていなかった。大失敗だ。


まさか迷ってたりしないだろうな?

そう考えているとどうしてか、そうなってしまっているんじゃないかという不安が沸いてくるから不思議で、それに加えて初登校だということがいやに拍車をかけた。

「少し急ぐか」

 

息を切らせて、学校に着いたのは入学式まであと五十分はあるほどの時間だった。登校初日だからと言って早めに家を出たのが悪かったか。

クラス割りの紙は張り出されていたものの、新入生はおろか在校生も教師も全く見当たらない。

日にちを間違ってるんじゃないか、なんてことも考えたが、そういったことはない。俺は今日という日が来るのが嫌で嫌でしかたなく、朝起きたときから五回はカレンダーと顔を合わせていたからだ。まあ、見るたびに今日が本当に今日であることを思い知らされたが。


とはいっても、教室に入ると虫かごのつかまった虫のように息苦しくなってしまった。上級生もいないし、校内散策でもしてみるか、いい暇つぶしになりそうだし。

しかしこの校舎、外は白いペンキに茶色い染みがついてるほど汚かったのに中は割ときれいだった。床も木ではなく病院の中のようなゴムのような床だった。それは当然新入生が入ってくるんだから掃除くらいはするだろうが、この県立高校はすでに創立百周年を迎えたという話だったので、中はもっと古風な感じになっていると思ったが、そうでもないらしい。

 自分の使いそうな教室などを少しずつ覚えながら回っているとふと目に入った。

ちょうどこの先の突き当たりに図書館がある。読書がそれなりに好きな俺はこの部屋に入っている本たちと同じ教室の連中より早く見たかった。学校に着いたときは自分の発する音しか聞こえなかったが、今は少し人の声も聞こえるようになってきた。もうそろそろ教室に行ったほうがいいのかもしれないが、入った。

「あ・・・・・・」

 どちらからともなく出た声。

入り口で女子と鉢合わせしてしまった。背が低く、髪が長いので女子だと思った。右へそれて通すつもりが彼女も右へきてしまう。それならと今度は左へ、このままでは図書館にずっと入れなくなるので後ろへ下がって先に通した。恥ずかしかったのか、小走りで去っていった。

立ちはだかる障害物をどかした俺は、二人目がいないか気にしながら図書館内へ入った。

すると図書委員とおぼしき上級生が話しかけてきた。

「何してるのもう閉館よ、借りたい本があるなら放課後にまた来なさい。って、あなた新入生?」

 しかめっ面をしている。

「まあ、そうですけど」

「なんでこんな時間に新入生がくるのよ、大体校舎の見学だってまだ終わってないでしょ?」

 大半の奴らはそうかもしれないが、俺はすでに暇を潰すために校内をぶらぶら歩いていたのだ。

「退屈しのぎですけどね」

 多分もう校舎で迷ったりなんて事はないんじゃないかっていうくらいにな、少なくとも全校舎のトイレの場所は全部覚えた。

「バカ?」

「はあ」

 知らない人にいきなりここまで言われると正直かなりへこむ。それにバカは言いすぎだろ、かなりグサッときたぞ。

それになにか嫌な予感がする。なにやら面白くない展開になりそうだ。

「はあ、ってねえ。あんた少しくらい高校生ライフに向かって期待とかないの?」

 俺は過去の自分を一通り説明することにした。

「なるほどね、もう期待はないときたか、バカに追加して死ぬ直前の武士ね、おさむらいさん」

「毒舌とか言われたことありませんか?」

「一発殴るわよ」

 しかめっ面がよく似合う。

「すいません」

「あ、それと本だけどね、もう閉館だから放課後に来てくれない?それにちょっと話もあるから」

 いったい何だろうか?まあでも、どうせ知り合いを作る気はないに等しい。どうせ時間なんてどうにでもなると思って、OKをとった。

 

 校長の一貫してねむねむな祝辞と、教室に戻ってからの担任のありきたりな自己紹介を終えて、やはりというかなんというか、午前中にはあっさり放課後となった。まあ投降初日なんてどこもこんなものだろう。

 俺は行事のあと独特のやけに体が軽い感じを味わいながら、図書館に足を運んだ。朝の図書委員はカウンターで読書をしている。目が会うと朝とは違う優しい微笑をしてきた。昼前の柔らかな空気のせいだろうか、落ち着いていて、心安らぐにおいがするような気がしたのは、勘違いではないだろう。

 さて、こうして図書館に来たわけだが、どうすればいいのだろう?一応聴いておこう。

「あの、図書委員さん」

 我ながらその呼び方はどうよ、と思ったが口から出てしまったものは仕方ない。少しむっとした表情を見たような気がしたが、原因がわからないので考えないことにする。わからんよ、断じて。

 呼びかけると、読みかけの本にしおりを挟みカウンターの机に置いた。

「まっすぐきたようね一般生徒、悪いけどすぐ本を読むことは出来ないわ。ちょっと話があるからこっちきて」

 俺のネーミングに絶対に不満があるように俺は「一般生徒」と名づけられた。なるほどイラッとくる。

カウンターの後ろにある、一般生徒は行かないだろう扉を開け、入る。俺に向かって人差し指を上に向けてこまねいた。「入れ」ということだろう。

中に入って、ドアを閉める。

「で、話ってなんですか」

「それも大事なんだけど、とりあえず君の名前教えてくれるかな?わかんないと困るでしょ、いろいろと」

千間遼(せんま りょう)です」

 そう言って事務机からメモ用紙とボールペンを取って名前を書く。

「へえ、千間って珍しいね。私は草の葉っぱに灯すって書いて草葉灯、よろしく」

 言うと草葉灯はボールペンを取り、紙に漢字、その上に(くさば あかり)とふりがなをふった。

「初めて会う人に時々(くさは)って呼ばれるんだよね」

と、少し困ったような顔をして、そこから真剣な表情になり、こう言った。

「これからする話はあなたの人生を変えると思う。でも、今までだって何かを選ぶたびに別の自分を捨ててきた。そう考えれば自然なこと。だからリラックスして聞いて」

「・・・はい」

 そこまで大きく話そうとしているのだ。果たしてどのようなことを言われるのだろうか?まさか「これから国外逃亡するわよ」的なことを言われるんじゃないだろうな、まあ俺は、別に今後に期待してなどいないが。

 草葉さんが口を開く。

「図書委員に入ってくれない?」

「は?」

 今、何と?図書委員?いやまあそれはいいんだが・・・・・・

「だから図書委員、聞こえなかったの?その歳で難聴は将来が心配になってくるんじゃないの」

「いや、そういったことでは無いんですけどね、ここは教室より居心地いいし」

 やっぱりこの人は口が悪い。多分口の悪い人選手権とかあったら結構いいところにいくんじゃないのだろうか。

「あ、そうそう、紹介するのは私だけじゃなくてもう一人いたんだった」

 そう言って草葉さんは入り口に目を移した。ドアに隠れてこっちをのぞいている。知り合いなのだろうか?

坂本藍(さかもと あい)ちゃんよ。ほら、こっち来て」

 その坂本さんはせかされるように手をつかまれ、なかば引きずられるように部屋に入ってきた。

「はい、これに名前書いて」

 言われて机に置かれる紙とペン。焦っているのか動きが早いうえに、ペンも震えている。それでも頑張って名前を書き終え、蚊のなくような声と早口で自己紹介をした。

「二年坂本藍ですよろしくお願いします」

ギリギリ聴き取れた。どうやらかなりのアガリ症か恥ずかしがりのようだ。なにやらこっちをちらちらと見てくる。俺の顔に何かついているのか?

「そういえば私達、自己紹介してなかったわね」

 要するに自己紹介しろ、ってことか。仕方ないがやることにしよう、クラスでのどこかで聞いたことのありそうな自己紹介には面白みが全くと言って良いほどに無く、この不満をどうやって発散するか悩んでいるところだった。

「名前のほかには?」

「最低でも名前と自分に足りないもの、癒したいものを言って。あとで理由は説明するし、それが今後の行動方針を決定することにもなる。大丈夫、悪いようにはならないわよ、きっと」

 微笑を浮かべてそう返してくる。その自身はどこからやってくるものなのだろうかと一瞬思ったが、根拠など特に無いのだろう。

それに説明するということは図書委員に入るとはまた別のことをするから必要になるのだろうか。しかし自分の普段言えないようなことを伝えると言うのは今まで思っていたよりも難しそうだ。このことを言って、今朝のカレンダーのように自分に確信を押し付けるような気もしたが、そんな事を考えて何になるのかもわからない。避けられたりしないかどうかも気になったが、それよりも今まで他人に伝えられなかったせいなのか、知って理解して欲しいという気持ちのほうが強かった。

なるべくよく伝わるように息を静かに深く吸い込んで

「八鶴市東中からきた千間遼です。僕に足りないものは精神的に充実した時間、癒したいものは自分が人に対して何の期待もしなくなった感情です。原因は中学時代にどれだけ頑張っても結果がついてこなかったことにあります」

 結構うまくできたな、と思いつつも今まで覗かれなかった一面を自分からさらしたのはあまり気持ちのいいものではなかった。

「どう?やっぱりたまってたものを吐き出すとつかえてたものが取れて気持ちいいんじゃない?」

 どうやらこの人は俺のような考え方はないようだ。さっぱりして時折毒を吐くこの人に大した問題はなさそうだった。問題が自分から離れていくのかもしれない。

「草間さんはそうなのかもしれませんが、僕はむしろたまってたものを吐いたせいで毒の正体をさらに間近に見てしまった気がしましたよ」

「そう」

 人に聞いておきながらなんともそっけない返事だ。

「で、次は先輩の自己紹介じゃないんですか?」

「は、私?なんで?」

「なんでって、僕が自己紹介したら次は先輩の番でしょ?」

 自分だけ話してもなんとなくだが不満がある。というか、さっき「私達、自己紹介してなかったわね」的なことを行っていただろうに。

「ああ、あれね、あれは嘘、そうしておいたほうが言いやすいかな、と思って」

 何だそれは、言うのは楽ではなかったし、それに足して騙された感が沸いてくるぞ。

「ま、いいわ。みんなそれなりに形にできないものを持ってるみたいだしね。それが実際どんなものかは活動をしながら知ればいいし」

 おいおい、俺はまだこの中のメンバーの誰からも話らしい話をきいてないぞ。それゆえに俺以外の人間がどんな奴かさえも見当がつかない。

「というか、形にできないものってなんですか?」

「それは」

「ん?」

 俺と草間さんとの会話の中で今まで全く話しかけてくることの無かった女子、坂本藍が割ってはいってきた。

「それは、この新入生の人の中で、元々の自分からはずれてしまったときに傷ついた人たちの心のことです。そして、そういった人を集め、その人を癒し、なんとかして心の傷を小さくしよう。といったことをしようとしています」

 いきなり話しかけてきた割にはよく話すもんだと思ったが、聴いているとどうも理不尽なことを考えてくれるじゃないか。

「それ、当人にとってはただのはた迷惑だぞ、自分の問題を他人が勝手に解決してそれを自分に自慢されるようなもんだぞ」

 言うと坂本は首をかしげ、言ってることがわからないとでも言うような顔をした。そしてこいつのいった言葉。「心の傷を小さくする」と言ったか。はっきり言って放っておいてほしい。

「まあ、そんなことは言わないで、というか図書委員になった以上はこれには参加せざるをえないわよ。諦めて投降しなさい愚痴ざむらい」

 さてどうしたものか、いや、どうするべきか。この人に毒を吐かれ、傷をわざわざつつかれる必要はあるのだろうか。だがしかし、ここを居場所にしないとなると、いよいよ学校内に俺の居場所はなくなる。

悩むことなんて無かった。


「わかりました、煮るなり焼くなり好きにしてください」

考えてみればあの自己紹介は俺なりに助けてほしいという感情を詰めこんだものだったのだ。そしてここの人間はどうやらそれに応じてくれるようだった。だったら伸ばされた手をつかんでみても悪いことにはならんだろうし、悪い人たちではないようだ。ここでとりあえず1年間お世話になるのも悪くない。

「それじゃ決定ね、これに名前書いて」

 紙には「委員会参加希望用紙」と書いてある。もちろん書いたさ、すらすらっとな。

草葉さんはそれを取って爪を立ててピッチリ二つ折りにした。

「これで千間君は正式に図書委員になりました」

「よろしくお願いします。草葉さん、坂本さん」

 俺はさりげなく二人のほうをむいて、とりあえずの挨拶のようにそっけなくではあるが声をかけた。

「これからよろしくお願いします」

「お願いされました。じゃあ遼君もお願いされてくれる?」

「はい?」

「基本的に私達、名字で呼ぶのは禁止だから下の名前で呼んでね。そっちのほうが親近感が沸くってことでね」

 そんなものだろうか。

「よろしくお願いします、……遼くん」

「ああ、よろしく…藍さん」

「ちょっと~、灯さんはないの?」

「灯ちゃん、ちょっかい出しにくいから…」

いや、なごんでなんかいないぞ。

 ちなみに今日の大体はこんな感じの流れであり、まだ日が短い春先はすでに太陽が今にも半分ほど隠れて遠くの地面と重なってしまっている。

「先輩、もうそろそろ暗くなりそうですよ」

 そう言ったあと、タイミング良くか悪くか、最終下校の放送が流れる。

「そうね、今日は帰りましょ、この周りって田舎だから終電も早いのよ」

もうすでにお決まりとも言えそうになった草葉、いや、灯さんの口からでるこの不満や悪態、その他もろもろの愚痴を聞きながら昇降口へ向かい、駐輪所へ行く。どうやら二人は電車のようだった。

帰り道、音楽を聴きながら信号を待っているとき、ふと思い出した。

「ここって、そこまで田舎なのか」






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