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短編2

原作ヒーローを始末いたしまして

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/05/06



 マリアンヌ・ロゼットには幼い頃に決められてしまった婚約者がいる。

 ジェスター・ルヴェリオス。

 ルヴェリオス家は優秀な騎士を代々輩出している所謂名門貴族の一つであり、ジェスターも将来有望であると幼い頃より称えられてきた。


 だがしかし、マリアンヌから言わせてもらえば彼はクソガキである。

 マリアンヌは決して醜いわけではない。身内以外からも容姿はよく褒められている。

 大輪の薔薇のようなものではないが、それでも花に例えられる事は何度もあったし、自分に憧れを抱いている令嬢がいるのだって知っていた。


 幼い頃より可愛い可愛いと言われてきたマリアンヌは、別にそれを驕っていたわけではない。

 でも周囲から自分は可愛いって言われてるから、そういうものなんだー、と幼心に受け入れていたのだ。


 ところが、そんなマリアンヌに最初にブスと罵ったのが誰あろうジェスターである。


 最初は照れてるだけなのよ、と周囲の大人たちもフォローに回った。

 ついでにジェスターの脳天には拳骨が落とされた。

 人に対して失礼な態度をとってはいけません、とジェスターの母がそれはもう冷ややかな目と口調でもって叱っていたし、父親もレディに対する態度ではない、と静かに、だがしかし有無を言わせぬ迫力で言い含めていた。


 だからその場ではジェスター本人からのごめんなさいも言われはしたけれど。


 第一印象は正直よろしいはずもなく。


 人前でやらかした事でジェスターが反省したか……と言われれば、まぁ周囲に大人がいる時は言わなくなった。

 だがしかし反省したというわけではなく、周囲に大人がいない――それこそマリアンヌと二人きりになった場合でなら言ってもいいと思ったのだろう。

 勿論最初はマリアンヌも両親に遠慮なく告げ口した。

 そうして何度も叱られて、婚約とか別にしなくても良いのでは? と思うようになったのだ。

 王命で結ばれたわけでもなければ、どうしても二人が結婚しなければならない壮大な理由があるわけでもなかったので。


 あくまでも親同士で交流があって、年が近い男女がいるからとりあえずで結んだだけのもの。


 正直マリアンヌからすれば、年が近くなくてもジェスターの兄でもあるルシオンか、ジェスターの弟のアルベルトと結婚したかった。何故ってこの二人は少なくともマリアンヌに対して失礼な事を言わないから。


 もっともルシオンは騎士を目指し鍛錬を積むための寄宿舎へ早々に行ってしまったので、マリアンヌとの接点はほとんどない。アルベルトもまだ幼いので、婚約は流石に早すぎると言われるだろう。

 早すぎる、というか、ジェスターの婚約も決まらないうちにアルベルトの婚約を決めるのは早い、が正しい。


 何度か叱られたジェスターは、表向きは反省した様子だった。


 だがそれはマリアンヌと二人きりになった時にあからさまな悪口ではない言葉でねちねちとやるようになっただけで、本当の意味で反省したとは言い難い。


 失敗したからもうやらない、ではなく、失敗したから次はもっと上手くやろう、を最低な方向に突き進んだ結果とも言える。


 結果としてジェスターは大層立派な猫をかぶってしまったわけだ。

 その頃になるともうマリアンヌが訴えたところで、むしろマリアンヌの方が素直になれないとか、そういう風に思われているようだった。


 まぁ仕方がない。

 ジェスターの猫のかぶり方があまりにも完璧すぎたのだ。


 これがもうちょっとクソ野郎の片鱗を周囲にもちらつかせてくれていればよかったが、そうならなかったので。

 クソガキだったあの頃と今のジェスターは違う、と周囲は見ているのだ。


 ジェスターの両親とマリアンヌの両親をも完璧に騙しきるだけの猫の皮をかぶれるまでのポテンシャルをもっと別の事に活かせよ、と思わなくもないものの。

 化けの皮がはがれたならば勿論両家の両親はきっちりとジェスターに対して叱るのがわかっているので、マリアンヌとしては別に親が敵だとまでは思っていない。


 ただ、化けの皮を剥がすにもそれがとても難しいだけで。


 このままいけば、間違いなく二人は結婚するだろう。


 だが――


(そうは問屋が卸さないわ……! あんな奴と結婚なんてしない。絶対にだ!)


 それはマリアンヌが普通の貴族令嬢だった場合の話だ。


 残念な事にマリアンヌには前世の記憶がある。

 つまりマリアンヌの現状は、異世界転生というやつであった。


 乙女ゲームの世界、とかではない。

 どっちかっていうとファンタジー少女漫画の世界だった。


 そうはいっても、魔法なんて便利なものはない。

 科学技術も前世のマリアンヌが生きていた頃より劣っている。


 所々に現代っぽさがあっても、全体的に中世の雰囲気が漂う世界。それがマリアンヌが生まれたこの世界である。

 まぁ、完全に中世だと衛生観念とかマリアンヌからして発狂必至なのでそういう部分が現代っぽくあるのは良い。全然構わない。

 お風呂に入るっていうのも当たり前にあるから、香水で誤魔化すとかそういうのもない。一応香水はあるけれど、それは悪臭を誤魔化すためではなくあくまでもふんわり香りを纏うためのもの。


 足りない事にいくらでも文句は出るけれど、だがしかし文句ばかり言っていても始まらない。

 マシな部分があるだけ良かったじゃないか。

 本格的中世時代だったら文句を言う余裕すらなかったはずなので。

 というか、多分その場合マリアンヌはそれなりに成長する以前に早々に死んでたと思っている。

 衛生観念もそうだけど、中世の食事事情とかマリアンヌの前世生きてた頃と比べると……お察しとしか言いようがないので。ちなみに前世の記憶を思い出したのは、ジェスターと婚約が結ばれてからだ。そこから色々足掻いてはいるが、婚約の解消には至らずにいる。


 ともあれ、マリアンヌはとあるファンタジー少女漫画な世界に転生したわけで。

 しかも自分は主人公、つまりはヒロイン。

(勘弁してよ私ヒロインってガラじゃないんだけど!)

 内心でそう叫ぶが、しかしだからといってヒロインの立場がどこかへ飛んでいってくれるはずもなく。


 そしてヒーローは言わずもがなというべきか。


 ――ジェスターである。


 実のところ、ジェスターはマリアンヌの事をちゃんと好きだ。

 だがしかし素直になれない。

 好きな子の前でかっこよく振舞いたくても、恥ずかしさと緊張から思ってもみない悪態が出てしまったりする。

 勿論本人的にこれはよくない、と思ってはいるのだ。

 だが同時に自分のその言葉にしょんぼりするマリアンヌの事を可愛いとも思っていた。


 大切にしたいと思う気持ちと同時に、滅茶苦茶にしてやりたいとかいう気持ち。


 キュートアグレッションとか支配欲とか、そういったあれこれがミックスされているのだろう。

 前世のマリアンヌも、創作物でならまぁ、そういう拗らせたキャラは微笑ましく見ていられる。

 だがそれはあくまでも創作物で、ついでに相手の内面もわかった上でヒロインとのすれ違い含めて楽しめる部分があるからだ。最後はハッピーエンドであればまぁ、許せなくもない。


 素直になれなかった男が最後にようやくヒロインへの想いを正直に、ありのままに伝えられるようになる成長物語と見れなくもないし、ヒロインもなんだかんだヒーローに惹かれる描写があるからこそ楽しめるわけで。


 けれどそういうのはあくまでも二次元に限るのだ。


 現実では求めていない。

 

 そして今のマリアンヌはジェスターに惹かれる事がない。

 なので、原作通りに話が進んだところでジェスターに対して恋とか無理なのだ。


 だからさっさとこの婚約を無かった事にしたいくらいなのだが、しかし両親たちは二人の仲はそれなりに良好だと思っている。何故ってジェスターがとんでもなく上手に猫をかぶっているから。


 精々ちょっとした嫌味みたいな言葉で済んでるからまだしも、一歩間違ったらとんでもねぇDVに発展したっておかしくなかった。


 原作ストーリーではマリアンヌはジェスターが酷い態度をとってくるものの、周囲はそれを信じてくれず鬱々としていた。

 そのせいで、根暗だのなんだのジェスターに言われるのだ。


 誰の! せいだと!!


 お前のせいじゃろがい!


 と読者のヘイトが集まりそうだが、この後マリアンヌは貴族社会の陰謀に巻き込まれる事となる。

 その時にジェスターが助けてくれるようになり、勿論最初は素直に信用などできなかったマリアンヌだが、命の危機に陥った時にジェスターがなりふり構わず助けてくれて、そこでお前を失うなんて耐えられない! と想いを吐露するところから、ようやっと恋愛ストーリー要素が動き始める。


 今までの言動も後悔していると懺悔し、許しを乞い、しかしすぐに許してくれとは言わない、と。

 これから先の自分の事を見てほしい、と懇願するのである。


 今まで素直になれなかった分、マリアンヌを失うかもしれないという恐怖からかっこつけてる場合じゃねぇとなった男が覚醒した瞬間だった。

 そこからはぎこちないながらも二人は距離を縮めていって、最終的にマリアンヌもジェスターに対して言いたい事を我慢せず言い合う所謂喧嘩ップルに進化し、そこから最終的にラブラブハッピーエンドを迎えるのだが――


(いや無茶言わないでよ私の前世は日本人。物心ついた一番最初に読んだ物語はかちかち山。復讐の精神を植え付けられた民だもの。恨みはらさでおくべきか、なんて末代まで祟るのがデフォの国よ? その国の民よ?

 受けた仕打ちは死ぬまで忘れないタイプの国民だったのよ?

 ジェスターに対して今までの事を許して彼と結ばれるとか、難易度が高すぎるわ!

 ギリ友達としての付き合いならまだしも、結婚して? あげくセックスとかマジ無理なんですけど!?)


 しかもだ。


 陰謀に巻き込まれて危険な目に遭うマリアンヌではあるけれど、そのうちのいくつかはジェスターが原因なのだ。


 騎士としてめきめき頭角を現す彼の事を良く思わず、失脚させてやろうという相手の暗躍。

 その結果巻き込まれるマリアンヌ。


 ストーリー上でマリアンヌはその事実を知らず、最初に巻き込まれた件と同一のものだと見ていたが、しかし読者だった前世のマリアンヌはそうではない事を知ってしまっている。


 更にジェスターに想いを寄せる令嬢が、あの女さえいなければ……! でマリアンヌを亡き者にしようともしていた。


 それらを見事退けて愛する女を守り抜いたジェスターではあるけれど。


 元凶お前ですからー!!


 と、読者だった側からすれば思うわけで。


 そこら辺何も知らないマリアンヌならジェスターに対してトゥンクできたかもしれないが、今のマリアンヌにそれは無理だ。

 だって知ってるもの。むしろお前のせいでいらん危険に巻き込まれてんだよこっちはよぉ、どう落とし前つけてくれるんだあぁん!? と助けにきたジェスターの胸ぐらを掴んで恫喝しかねない勢い。


 これで彼と最終的に結ばれるとか、無理が過ぎるのでは?


 転生させてくれちゃった神様がいるのなら言いたい。

 人選おもっくそミスってますよ、と。



 なのでまぁ、当然と言えば当然だが。


 この先前世のマリアンヌの知る原作からは思い切り別の道を突き進む事となる。


 大体好きだけど素直になれない挙句、いらんちょっかいかけたりしてくる鬱陶しい男のどこを好きになれるというのか。

 原作では命の危機に駆けつけてくれたり、自分のために必死になって助けてくれようとしていたのが何度かあって、それで「あれ? もしかして意外と嫌われていないのでは……?」みたいな感情が出てきたりもしたけれど。


 だがしかしそれは裏事情を知らないからであって原作を一通り読んで履修済みのマリアンヌからすれば、周囲にマリアンヌに対して悪態ついたりしながらも、時々惚気たりするジェスターの事なんて知ったこっちゃないのである。むしろその惚気た時の素直さをもっと早い段階でお出ししておけという気持ち。

 命の危機に馳せ参じて、しかしマリアンヌから素直に信頼されていないと知ってショックを受けたりしていたけれど、読者からすれば当然だろうとしか思わない。

 まぁそこから少しずつ過去の自分の過ちと向き合っていこうと思えただけ多少マシなのかもしれない。

 話によっては反省も後悔もしない悪党なんていくらでもいるので。


 だが、反省も後悔もするからといって、だから自分がジェスターと結ばれるというのはどうしたって考えられなかった。


 いやだって、どうしたって過去の嫌な目に遭わされた事が忘れられないもの。


 原作を読む限り、本当に心の底から反省して後悔もしているから、読者としてならその上で二人がやり直すという選択をするのは構わない。

 けれどもそれはお話の中だからこそだ。


 身も蓋もなく言うのなら、いじめっこといじめられっこが仲良くなってそこから更に恋愛に発展しましたよ、というストーリーではある。

 作り話だから別にそういうオチがあってもいいとは思うけれど、実際に自分がいじめられっこの立場でいじめっこと仲良くなれるか、となると……正直無理じゃね? と思うわけで。

 いじめられっこ目線で、いじめっこにも仕方のない事情があったとか、そういう許せる切っ掛けがあるならまだしも、生憎と今ここで生きているマリアンヌからすると、別に許さなくてよくない? という気持ちしかない。


 素直になれない。まぁわかる。

 思春期とか反抗期とか、そういうののせいで自分のメンタルがどうにも上手く制御できなくて……とかで、親に酷い事言って後から後悔する事だって実際にあったりするわけだし。


 ただ、ジェスターとマリアンヌは親が勝手に決めた婚約者同士ではあるけれど、互いに愛はない。ジェスターは愛を持っているかもしれないが、マリアンヌはジェスターに愛を持ち得ていない。

 原作と大きく違う点である。


 ついでにそんな反抗期めいた気持ちで素直になれないからって、それはてめぇの母親だけにしておけ、というのがマリアンヌの正直な気持ちである。

 ほぼ同年代の血の繋がりもない女に母親みたいな甘えを向けるんじゃないよという気持ちなのだ。


 女性から甘やかしてもらってよしよししてほしいなら、そういうのを苦ではないと思う相手を選んでやればいいだけの話。

 無意識にマリアンヌにそう言うのを求められたって、応えてやろうと思うはずもなく。


 なので。


(ジェスターには退場してもらいましょう)


 マリアンヌは非情にもそう決断を下した。


 原作でマリアンヌが危険に陥るうちのいくつかは、ジェスターが原因である。

 彼が直接マリアンヌを害せと言ったわけではない。周囲がジェスターを貶めようとして、彼が大切にしている婚約者を傷つければいい、というマリアンヌからすれば大変迷惑な方向に舵を切ったせいだ。

 ジェスターが無駄に周囲の脚光を集めなければこうはならなかったのだが、しかしジェスターはジェスターで騎士として出世してマリアンヌに苦労しない生活を……と結婚後のあれこれを夢見ていたりもしたわけだ。


 愛する奥さんのために出世するぞー、という、これだけなら別によくある話であろう原動力。

 だがそのせいで、マリアンヌは知らぬうちにとばっちりを食らうのである。


 陰謀、思惑、そんな貴族社会で当たり前に存在するそれらを、ジェスターは最初、あまり問題視してはいなかった。貴族にとってそれらは当たり前の事で、だからこそ対処して当然のもの。

 自分であれば問題ないと思いあがっていた。

 だがジェスターがそれらを上手く回避するのなら、とマリアンヌへ矛先が向かったのだ。


 自分で対処できても、周囲に飛び火した時に上手く立ち回れるかとなると……それこそその時の状況次第だ。

 そしてジェスターは万が一の事を考えてマリアンヌにそういったいざこざに巻き込まれる可能性を特に伝えていなかった。そのせいで原作マリアンヌは巻き込まれ、初動での対応が遅れ後手に回りピンチに陥ったのだ。


 幼い頃から自分に対して良いとはいえない言動だけならいざ知らず、ジェスターのせいでマリアンヌの死亡フラグが乱立したのだ。

 それらを助けていく事で二人の絆が育っていったのが原作ではあるけれど、今ここにいるマリアンヌからすればそんな事態はノーセンキュー。


 ジェスターと敵対する相手にマリアンヌの方から先んじて対処するにしても、相手の身分の方が上だったり自分とはほとんど面識も関係もない相手をどうにかするには難易度が高すぎる。

 であれば、元凶になるであろうジェスターが消えた方が手っ取り早い。


(大体貴族社会なんて陰謀渦巻いてるところだし、政敵だとかの邪魔者を始末するのに暗殺したり毒殺狙ったりなんて当たり前だもの。ジェスターに対して殺し屋差し向けたりしても返り討ちにしちゃうくらいには実力があるようだから、となると毒殺かしら)


 毒殺、と決めたところで、しかしそれがバレた場合はマリアンヌがお縄につく。

 殺人を犯すような事を考えておいてなんだが、しかしマリアンヌは捕まってやるつもりはなかった。


(そもそもこっちはジェスターとの婚約は嫌だと言っているのにジェスターの猫かぶりのせいで周囲が懐柔されまくってるから今となっては私の我侭だとか照れて素直になれてないとか思われてるのよね……いっそ殺してしまえばそれだけ嫌がってたって事実を突きつけられるとはいえ、両家の親の仲に亀裂を入れるつもりまではないのよこれでも……)


 クソムーブかましているジェスターを見ればどちらの親も確実にジェスターが悪いとなるのは明らかなのだが、幼い頃に散々叱られた結果見事なまでの猫かぶりを会得してしまったせいで、本性を暴くにしても相当難しい。


 マリアンヌとしてはそこまで労力をかけたいものでもなかった。


 結婚前に行方をくらます、なんてのも考えたけれど、その後の生活が大変な事になるのがわかりきっているのでそれもできれば避けたい。それに下手をしたらそんなマリアンヌをジェスターが追いかけてくる可能性だってあるのだ。ジェスターから逃げ回る逃亡生活もごめんである。

 これから先襲い来る様々な出来事は、ジェスターさえいなければほぼ解決すると言っても過言ではないので。


 それに原作を読んでいた事でマリアンヌは知っている。

 ジェスターはマリアンヌが義務でしぶしぶ送った手紙やプレゼントなどを大切に保管している事を。

 口先では貶しておきながら、その実しっかりどれも家に大事に丁重に保管しているのだ。


 物に対する扱いの何割かだけでも現実のマリアンヌに向けてやればいいものを……と読者として突っ込んだことは一度や二度ではない。


 たまにマリアンヌが作ったお菓子なども、食べていまいちだな、とか言っておきながらしっかり完食する事もあった。食べ物に関してはずっと大切にとっておく事はできないので、その場できっちりと食べる。

 他の誰かに渡すような事はしない。


 こんなの他の奴らに食わせるなんて、とか言いながらジェスターは今まで婚約者としての義理で作ったクッキーやサンドウィッチを綺麗に平らげるのだ。

 不味いから俺が仕方なく食べてやってる、とばかりの態度だが、内心では美味いと思っているしだからこそ他の奴になんて食べさせてやるもんかと思っている。好きな人の手料理を独り占めしたいと思っているのは読者だからわかっているし、いいからお前はさっさと素直になれよと思うわけだが作品内のマリアンヌには当然そんなジェスターの内心など知る由もない。


 読者だったマリアンヌはジェスターの内心を知ってはいるけれど、だからなんだという話である。


 マリアンヌは男のツンデレにキュンとこないし、メロついたりもしないので。

 生物的にツンデレを許せるのは猫ちゃんだけだ。猫は仕方がない。犬もギリ許せる。でも人間になると途端に無理。


 なのでマリアンヌはこの婚約そのものを消すために、ジェスターの命を奪う事にしたのである。

 料理に毒を盛る、というのが確実だ。

 前述したとおりジェスターはマリアンヌの手料理を誰にも渡さず一人で平らげるので。


 だがしかしそれは同時に、ジェスターが毒で死んだ場合、犯人が即座にバレる事にも繋がる。

 けれども騎士となって実力でのし上がるのがわかりきっている相手に真っ向勝負をしてマリアンヌが勝てる見込みはどこにもないし、事故に見せかけて殺すにしても上手くやらなければお祈りゲー状態になるわけで。


 あと大金払って暗殺者雇っても失敗する可能性も普通にあるので、やるならやっぱり確実な手段で挑みたい所存。



 というわけで。

 マリアンヌはジェスターが友人たちと遠乗りに出かける、という話を聞いてその日に合わせてお弁当を作る事にした。


 サンドウィッチやそれ以外にも片手で食べる事を想定したおかずをランチボックスに詰め込んで、特製のお茶も用意した。

 それを出発前に差し出せば、

「仕方ないから食べてやるよ」

 なんてこれっぽっちも可愛くないセリフと共に確かに受け取ったのだ。

 仕方ねぇなぁ、みたいな態度だがしかし内心嬉しいのか、口元が僅かに緩んでいる。


(私が素直にお前のために作るわけないのにそんな事にも気付かないなんて……なんて愚かな)

 ジェスターが受け取った時点でこの計画は大体完遂されたも同然である。

 だからマリアンヌも、気持ちいつもより笑みが浮かぶ事となってしまった。

 普段は冷ややかな目を向けている事が多いマリアンヌの僅かとはいえ確かに笑ったその表情にジェスターが何を思ったかまでは、マリアンヌにとってはどうでもいい。

 どうせ自分にとって都合の良い事を想像しているだろうから。


 腕によりをかけて作ったんです、と言ったのもあって、ジェスターは確実に食べてくれるだろう。


 心が痛まないと言えば嘘になる。

 けれども、この先も自分の心に我慢を強い続けるつもりはこれっぽっちもなかったし、何より――


(前世だったら他の方法で別れる事を考えたけど、でもこの世界の流儀に則ったらこれしかなかったのよねぇ……

 ま、謀殺とか当たり前にある世界だし、相手の企みを見抜けなかった方も悪いって言われる世界だもの……)


 それにマリアンヌはジェスターの事を嫌っているのだ。

 いくら相手が婚約者だからとて、自分に危害を加える事を想定しないのはジェスターの落ち度だろう。

 それともまさか、マリアンヌが本当に素直になれないだけだと思っているのだろうか……?


(それにこのままいくとジェスターのせいで私結構色々危険な目に巻き込まれる事になるわけだし。

 何度考えてもやっぱりあいつがいなければ、ってところに行きついちゃうのよね)


 マリアンヌの心はジェスターを殺す事にこれっぽっちも痛まなかったけれど。

 ジェスターを害するのに食べ物を使う、という方法しか確実性が無かった事には心が痛んだのだ。

 食べ物を粗末にしてはいけないという前世からの教えに背く事になるので。



 そうはいっても、あからさまに毒を仕込めばバレるわけで。

 だからこそマリアンヌが混ぜたのはハーブである。

 使い方次第ではリラックス効果があるだとか、冷え性に効果があるだとか。

 そういう前世でも当たり前に使われているような香草。こちらの世界では薬草として使われているものもあるけれど、それらを組み合わせたに過ぎない。

 あとはお茶にちょっとお薬を混ぜたりもしたけれど、毒ではない。



 ただちょっと、お茶に遅効性の睡眠薬を入れた上で、サンドウィッチの具材に食べ合わせというか飲み合わせの相性が悪いハーブを使っただけだ。


 お弁当はさておき、お茶は水筒に入れてあるので場合によっては出発早々飲む可能性がある。

 だから、先に飲んだ場合すぐに効果が出るのは困る。

 けれど、普通にお弁当と一緒に食べるのなら遅効性だと場合によってはジェスターが何事もなく家に帰りついてしまうかもしれない。


 だからこそ、そこに相性の悪いハーブを組み合わせた。

 ただそれだけだ。


 それは前世にあった、血栓を溶かす薬とグレープフルーツジュースを合わせて飲んではいけない、というようなもの。


 マリアンヌが使ったハーブはお茶に混ぜた遅効性の睡眠薬と合わせて摂取した場合、睡眠薬の効果を強めてしまうだけのもの。



 ジェスターがその結果どうなるかは……すぐに知る事となった。


 友人たちと馬で遠乗りに出かけ、そこでマリアンヌの作ったお弁当を食べたジェスターはその後、帰る途中で落馬した。

 普通に落馬するだけでも危険だが、ジェスターはこの時点で遅効性の睡眠薬を摂取し、更に共に摂取する事は推奨されていない薬草も摂っていた。本人がそうと知らないままに。

 結果として意識が朦朧とし馬に乗っていたもののバランスを崩し落馬。

 そのまま頭から落ちてほぼ即死だったという。


 出発時点から元気いっぱいだったジェスターが帰りの途中でそうなる、というのは不自然だという事で一瞬だけマリアンヌの作ったお弁当にも疑いが向けられたけれど。


 しかしサンドウィッチに使われたハーブはそれ単品だけでは何の問題もないし、ましてや用意してあったお茶にもハーブは入っていたけれど、サンドウィッチに使われたハーブとは別に飲み合わせが悪いわけではない。ただ遅効性の睡眠薬が使われた、という事実さえ知られなければ。


 そしてマリアンヌの思った通り、ジェスターはお弁当もお茶も一人で全て平らげたようなので、残ったものから成分を調べて……というような事にもならなかった。


 科学技術があまり発展していない世界だからこそ、マリアンヌの容疑は晴れたようなものである。


 この日のために睡眠薬の錠剤をこれでもかと細かく砕いてお茶にしっかりと溶かし込んだ甲斐があったというものである。

 一応その時点ではまだ婚約者だったのもあって、葬式には参加したけれど。


 人を一人死なせる状況に持ち込んだというのに、困った事にマリアンヌの心にはこれっぽっちも罪悪感が湧いてこなかった。

 むしろ幼い頃からジェスターにされた仕打ちを思い出せば出すだけ、今までの分を纏めてお返ししただけ、という考えにしかならない。



 人を一人殺したわけだし、天罰が下される事があるかも……なんて考えもしたけれど、しかしこの世界の貴族は裏で殺し合うのが常みたいな修羅の世界なので。

 マリアンヌに裁きが下るならマリアンヌ以上に色々やっている連中だってそうなって然るべきだろう。


 勿論、己の詰めの甘さで破滅する者だっているけれど。


(ジェスターがいなくなったのなら、私も必要以上に手を汚す事はないわけだし)


 別にマリアンヌは人を殺したくて殺しているわけではない。

 ジェスターに関しては始末する以外でいい方法が浮かばなかっただけで。


 だってこちらから婚約の解消を申し出たところで、ジェスターが了承するはずがないのだ。

 彼の猫かぶりが上手すぎて、ジェスターは周囲にマリアンヌの事を愛しているという風にちゃんと見せていた。

 実際愛していたとして、マリアンヌへの態度はどうかと思うものばかりだったが。


 原作ストーリーの終盤であればジェスターも素直になってはいたけれど、そこに至るまでを待つつもりがマリアンヌにはなかったのだから、こればかりは時の巡り合わせが悪かったとしか言いようがない。

 大体今までの態度を耐えて、その後素直にマリアンヌへの愛をマリアンヌ自身に向ける事ができるようになってから許せるだけの心の広さは今のマリアンヌには持ち得ていないもの。


 昭和のドラマで妻が内職してるところに酔った状態で妻に酒の代金をせびり、家の生活費を飲み代に持ってくような夫であっても耐える……なんてシーンがあったが、前世のマリアンヌは昭和の女でもないので。むしろそのドラマを見て、なんで夫の事社会的に潰して始末しないんだろう、と思う側だったので。



 何をどう考えたところで、マリアンヌに転生してしまった時点でこうなる事は必然だったのかもしれない。




 その後のマリアンヌに関しては、特にこれといった波乱万丈な何かがあったわけでもなく。

 むしろ原作で最初に巻き込まれた事件だって、彼女は上手く回避した。

 そしてジェスターが既にいない事で、彼のせいで巻き込まれる事件とも無関係のまま。


 驚く程に平穏な日常が続いた。

 ジェスターが死んだ事は悲しいだろうけど……と新たに両親が持ってきた縁談は、貴族の娘という事で逆らう気もなく素直に受けてみれば、確かに見た目はジェスター程整ってはいないしパッと見て輝かしい経歴を持っているでもない相手ではあった。


 だがしかし、ジェスターみたいに捻じれた感情をマリアンヌに向けてくる事もなかったので、マリアンヌとしては付き合いやすい部類の人間だったので、マリアンヌからしてみればハッピーエンドである。

 まぁ裏で策略巡らすタイプなので、立ち回りをミスれば危険な事になるのは言うまでもないけれど。


 しかしこの世界の貴族社会はそういうものなので、今更であった。



 ちなみに、原作でジェスターの事を目障りだと思い潰そうとしていた面々に関してだが。


 ジェスターがいなくなった事でそれらの策略を巡らせたとしても、その策略を仕掛けた先がジェスターでない事もあり、企みが上手くいった者もいれば失敗し失脚した者もいた。

 ジェスターは主人公であるマリアンヌのヒーローポジションだったので最終的に勝利を掴みとっていたため、ジェスターに手を出した者は大体破滅していたが、一部は破滅することもなく今日も元気に策略を練り暗躍していたりもする。

 ちなみにジェスターに想いを寄せてマリアンヌを亡き者にしようとした女性については、ジェスターに惚れる以前に彼が死んでしまったので、マリアンヌが敵視される事もなかった。


 ジェスターによって潰された面々が生きている事もあって、派閥争いの勢力図も原作とはかなり違ってしまったけれど。


 マリアンヌに被害がくるわけでもなかったので、彼女にとってはどうでもよい事であった。

 次回短編予告

 とある少女は異世界に召喚された。

 しかしその召喚はどうやら聖女だの勇者としての役目を求められているわけでもなく――そしてまた、誘拐とも違っていた。


 次回 異世界召喚が成功したその日に

 要素的にSFっぽさがあるようなないような気がしますがSFもある意味ファンタジーでは? という暴論の元その他ジャンルに投稿しておきます。

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― 新着の感想 ―
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