第30章 坑道階層
鏡のエリアを抜けると、また空気が変わった。
湿り気を含んだ冷たい風。
石と鉄が混じった、鼻の奥に残る匂い。
「……坑道、か」
アキラは、壁面を見回した。
自然の洞窟というより、明らかに人の手が入っている。
壁にはつるはしの跡が無数に残り、天井には崩落防止の支柱の名残がある。
――かつては、盛んに採掘されていた階層。
「ナイト、足元注意な」
「ワフ」
ナイトは軽快に進みながらも、翼をたたんで慎重に歩いている。
坑道は迷路状だが、鏡のエリアほどの悪意は感じられない。
代わりにあるのは、徹底的に掘り尽くされた痕跡だった。
「……これは、相当入られてるな」
壁という壁が削られ、
床には砕けた岩屑だけが転がっている。
《鑑定》を使っても、有名な高級鉱石――
ミスリル、オリハルコン、魔鋼石などは、ほぼ反応しない。
「冒険者も、鉱山師も、
分かりやすく高値がつくものだけ持って帰った、って感じか」
アキラは、納得するように頷いた。
重量があり、持ち運びに苦労する鉱石階層は、
効率が最優先される。
しかし――
「……案外残っているものだな」
アキラは、坑道の隅に転がる、
一見するとただの灰色の石に近づいた。
大きさは拳ほど。
光沢もなく、魔力反応も弱い。
普通の冒険者なら、見向きもしない。
《鑑定》。
――《灰晶鉱》
ランク:A
特性:加工後、魔力伝導率が飛躍的に上昇
備考:精錬工程を誤ると劣化
「……なるほど」
アキラは、思わず口角を上げた。
「原石のままだと価値が低い。
でも、精錬できる職人がいれば、化けるタイプか」
これは、知識がある者にしか価値が見えない鉱石だ。
さらに坑道を進む。
崩れかけた壁の影。
誰かが途中まで掘って、放置した痕跡。
そこにも、アキラは足を止めた。
《鑑定》。
――《静魔鉱》
ランク:S
特性:魔力干渉を抑制
用途:魔法暴発防止装置、制御用触媒
「……おいおい」
アキラは、思わず小さく笑った。
「魔法職が喉から手が出るほど欲しがるやつじゃないか」
だが、見た目は地味。
魔力が“出ない”鉱石は、派手さがない。
だから捨てられた。
「ナイト、今日は宝探しだな」
「ワフ!」
ナイトは楽しそうに尻尾を振る。
アキラは、有名鉱石には一切手を出さず、
その代わり、こうした“通好み”の鉱石を次々と鑑定し、
マジックバックに丁寧に収めていった。
量は多くない。
だが、価値の密度が違う。
「……前世でもそうだったな」
ふと、アキラは思う。
目立つ利益ばかりを追う者は多い。
だが、見落とされがちな改善点や、
地味だが確実な利益源に気づく人間は少ない。
「数字と価値は、必ずしも表に出てこない」
坑道階層は、アキラにとって、
その信念を再確認する場所だった。
掘り尽くされた坑道。
残された“ガラクタ”。
――だが、アキラの《鑑定》は、
その奥に眠る本当の価値を、確かに掴んでいた。
「……よし、十分だな」
マジックバックを確認し、アキラは頷く。
「次に進もう、ナイト」
「ワフ!」
誰も見向きもしなかった坑道を後にしながら、
アキラは確信していた。
この階層の収穫は、
派手な鉱石より、ずっと“重い”――と。




