第29章 鏡のエリア
植物のエリアから数回下の階、景色は一変した。
「……これは」
アキラは思わず足を止める。
通路の壁、天井、そして床に至るまで、すべてが鏡によって磨き上げられた空間だった。
無数の自分とナイトの姿が、あらゆる角度から映し出される。
距離感が狂い、方向感覚すら曖昧になる。
「迷路、か……」
歩き出すとすぐに分かる。
通路は直線ではなく、何度も折れ曲がり、分岐している。
しかも、鏡のせいでどこが行き止まりなのか、どこが正しい道なのかが直感では判断できない。
アキラはまず、《鑑定》を発動した。
「《鑑定》……」
――《反射鏡壁》
魔法攻撃を完全反射。
視覚情報を撹乱。
位置感覚に干渉。
「……魔法反射」
嫌な単語が、はっきりと表示された。
このエリアは、魔法を使うこと自体が致命的なリスクになる。
アキラは、冒険者ギルドで借りた簡易記録書を取り出した。
ダンジョン登録の際に渡された、過去の攻略失敗例がまとめられた資料だ。
「……あった」
ページをめくる指が止まる。
――鏡のエリア
魔法職主体のパーティ、進入。
範囲魔法を使用。
反射により自滅。
生存者なし。
「……全滅、か」
息を吐く。
魔法職が強ければ強いほど、ここでは命取りになる。
攻撃魔法は反射され、回避も困難。
味方に当たる可能性すらある。
アキラは、ナイトの方を見る。
ナイトは、普段なら魔力をまとい、雷のような速度で敵を殲滅する存在だ。
だが――
「ナイト」
「ワフ?」
「ここでは……魔法は使うな。物理だけだ」
ナイトは一瞬、首をかしげた。
だがすぐに理解したのか、静かに頷く。
「ワゥ……」
不満そうな声。
天犬としての本領を封じられるのだから、無理もない。
「悪いな。でも、ここはそういう場所だ」
アキラはナイトの首元を軽く撫でる。
その仕草に、ナイトはしぶしぶながらも従った。
進み始めると、すぐに魔物が現れた。
鏡の中から現れるように姿を歪ませる、《鏡影獣》。
「……こいつも」
《鑑定》で確認すると、やはり魔法反射の特性を持っている。
ナイトは飛びかかるが、いつものような一撃必殺にはならない。
物理攻撃のみでは、時間がかかる。
「……やっぱり、きついな」
ナイトの動きは洗練されている。
だが、魔力を使えない分、純粋な筋力と速度だけで戦う必要がある。
それでも――
一般の冒険者から見れば、十分すぎるほど強い。
ナイトと共に、慎重に、確実に。
鏡に惑わされることなく、アキラは一歩ずつ前へ進む。
「……行こう、ナイト」
「……ワゥ」
低く、警戒するような声。
ナイトが、鏡越しに何かを見つめていた。
そこには、同じ姿をしたナイトが、何体も映っている。
だが――
本物のナイトだけが、唸っていた。
「……ナイト?」
アキラが声をかけた瞬間。
ナイトは、突然、前脚を振り上げた。
「――ナイト!? 待て!」
制止は、間に合わなかった。
ガァンッ!!
雷鳴のような音が響き、
巨大な鏡が、粉砕された。
無数の破片が宙を舞い、床に散らばる。
光が乱反射し、一瞬、世界が白く染まった。
「……っ!」
アキラは思わず目を庇ったが、
次の瞬間、異変に気づいた。
――道が、見える。
鏡が壊れた壁の向こうに、
今まで見えなかった通路が露出していた。
「……まさか」
ナイトは、アキラを振り返った。
「ワフ!」
どこか誇らしげな声。
「……強引すぎるだろ」
苦笑しながらも、アキラの胸に、奇妙な安堵が広がった。
論理では越えられなかった迷いを、
ナイトは“力”で断ち切ったのだ。
「……ありがとう、ナイト」
アキラは、足元に散らばる鏡の破片に視線を落とす。
ふと、職業病のように《鑑定》を使っていた。
「……ん?」
表示された文字に、目を疑う。
――《魔反晶鏡片》
ランク:SS
特性:あらゆる魔法を反射
加工は難しい
「……SS?」
アキラは、思わず声を上げた。
「おい……これ、ただの鏡じゃないぞ」
床一面に散らばっている。
しかも、砕けてなお、魔力反応は安定している。
「……これ全部、素材になるのか?」
《鑑定》は、はっきりと肯定していた。
魔法を跳ね返す、最高級素材。
防具、結界、建材――用途は無限に近い。
「……ナイト」
アキラは、ゆっくりとナイトを見る。
「ナイト!偉いぞ!」
アキラは、マジックバックを開いた。
「じゃあ、遠慮なくいただくか」
破片を一つ一つ鑑定し、
価値が高いものから丁寧に収納していく。
バックの中身はもう半分以上埋まっていた。
「……これ、商人ギルドが知ったら卒倒するぞ」
鏡のエリアを抜けながら、
アキラはナイトの背を軽く叩いた。
「……いいチームだな、俺たち」
ナイトは翼を軽く広げ、
誇らしげに歩き出した。
迷いを破壊し、
価値を掴み取って――
二人は、次の階層へと進んでいく。




