第27章 第一階層
ダンジョンの入口は、想像していたよりもずっと静かだった。
巨大な石造りの門が口を開けるように佇み、その奥からはひんやりとした空気が流れ出している。
冒険者たちの話し声や金属の擦れる音が遠くで響いてはいるが、一歩足を踏み入れた瞬間、外の喧騒が嘘のように遮断された。
「……ここが、ダンジョンか」
アキラは思わず呟いた。
日本で生きていた頃、ゲームや小説で幾度も目にしてきた場所。
しかし、現実として目の前に広がるダンジョンは、想像よりもずっと生々しく、そして神秘的だった。
隣では、ナイトが尻尾をぶんぶんと振っている。
ダンジョンの気配を感じ取っているのか、その金色の瞳は楽しげに輝いていた。
「……そんなに嬉しいのか?」
声をかけると、ナイトは「ワフッ」と短く鳴き、アキラの足元を一周してから、先へ先へと行こうとする。
その様子に、アキラは苦笑しつつも肩の力が抜けた。
「分かった、分かった。行こう」
第一階層は、初心者向けとされる場所だ。
地形は比較的単純で、通路も広い。壁には苔が生え、ところどころに魔力を帯びたランタンが設置されている。視界が確保されている分、恐怖よりも探索への期待が勝っていた。
――だが、その油断を試すかのように、最初の魔物はすぐに現れた。
「グルル……」
低い唸り声。
通路の曲がり角から現れたのは、狼型の魔物だった。毛並みはくすんだ灰色、目は赤く濁り、牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。
冒険者ギルドで見た資料によれば、低ランク魔物。
「……来るぞ」
アキラが身構えるよりも早く――
「ナイト!」
その名を呼ぶまでもなかった。
ナイトは一瞬で地面を蹴り、白い残像を残して魔物へと突進した。
次の瞬間、乾いた音が響く。
――ドン。
それだけだった。
魔物は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて動かなくなる。血が飛び散ることもなく、まるで最初から勝負になっていなかったかのようだ。
「……え?」
アキラは思わず目を瞬かせた。
これが天犬の力。
頭では理解していたつもりだったが、実際に目の当たりにすると、言葉を失うしかない。
「瞬殺、って……こういうことか……」
ナイトは誇らしげに胸を張り、アキラの方を振り返る。
褒めてほしいと言わんばかりの態度に、アキラは苦笑しながらも頭を撫でた。
「すごいよ、ナイト。本当に……」
その後も、第一階層では魔物が何度か現れた。
スライム、ラット系魔物、小型ゴブリン。
どれも低ランクで、本来なら初心者が数人で対応する相手だ。
――しかし、結果はすべて同じだった。
ナイトが一歩踏み出す。
魔物が倒れる。
終わり。
アキラは、元々戦闘はナイトに任せるつもりではいたが、
あまりにも圧倒的だ、その安全性に心から安堵していた。
「……護衛どころか、過剰戦力だな」
そう呟きながら、アキラは倒れた魔物に近づく。
ここからが、彼の役割だった。
「《鑑定》」
視界に浮かぶ情報。
魔物の素材、価値、状態。
使える部分と使えない部分が瞬時に判別される。
「牙は中級素材……皮は保存状態がいい。骨も使えるな」
手際よく素材を回収し、マジックバッグへと収納していく。
容量にも耐久にも余裕がある、選び抜いた一品だ。これだけの素材を入れても、重さはほとんど感じない。
鑑定と収納を繰り返すうちに、アキラの動きは次第に慣れていった。
恐怖はない。
あるのは、探索する楽しさと、確実に成果が積み上がっていく感覚。
「……ダンジョンって、危険なだけじゃないんだな」
もちろん、深層に行けば話は別だろう。
だが、少なくとも今は――ナイトと共にいるこの第一階層は、安全で、どこか冒険譚の始まりを感じさせる場所だった。
ナイトは再び先を急かすように尻尾を振る。
その背中を見ながら、アキラは小さく笑った。
「分かったよ。次に行こう」
こうして、二人――いや、一人と一匹のダンジョン探索は、順調すぎるほど順調に進んでいくのだった。




