第23章 告白
カフェの奥から、甘い香りが運ばれてきた。
食後のデザートだ。
「お待たせしました。季節のベリーパイと、蜂蜜プリンです」
木製のトレーに乗せられた二つのデザートが、二人の前に置かれる。
鮮やかな赤い果実と、淡い琥珀色のプリン。
見た目だけで、思わず心が緩む。
「……美味しそうですね」
リリアーナが、少しだけ目を輝かせた。
「甘いもの、好きなんだ」
「はい。……意外ですか?」
「いや、なんとなく」
アキラは笑った。
「修復士って、集中力使うだろうし。糖分、欲しくなりそうだなって」
「その通りです」
リリアーナも、くすっと笑う。
「気づくと、工房の隅でお菓子をつまんでることもあります」
「俺も似たようなものだよ」
アキラはフォークを手に取りながら言った。
「前の仕事でも、今でも。数字と向き合ってると、甘いものが一番効く」
「……前の仕事?」
「まあ、いろいろ」
曖昧に笑って、話題を流す。
二人は同時にデザートを口に運んだ。
「……」
「……」
一瞬、言葉が止まる。
「……美味しい」
ほぼ同時に声が重なり、互いに顔を見合わせてしまった。
「……今、同じこと言いましたよね」
「言ったね」
どちらからともなく、笑いがこぼれる。
その笑いは、気取らず、取り繕わず、
自然に湧き上がるものだった。
(ああ……楽だな)
アキラは、素直にそう思った。
無理に話題を探さなくてもいい。
沈黙が気まずくならない。
相手の価値観を、尊重できる。
前世でも、異世界でも、
それは簡単なことではなかった。
リリアーナは、スプーンを置き、少しだけ姿勢を正した。
「……アキラさん」
その声色で、ただ事ではないと分かる。
「ん?」
「さっき、過去の話をしましたよね」
「ああ」
「正直に言います」
彼女は、逃げない目でアキラを見た。
「私は、仕事を優先してきました。
これからも、修復士であることをやめるつもりはありません」
それは、条件でも、言い訳でもない。
彼女自身の「核」だった。
「誰かの後ろに下がるつもりも、支えられるだけの存在になるつもりもないです」
アキラは、黙って聞いていた。
「それでも……」
リリアーナは、一度だけ視線を落とし、
そして、もう一度まっすぐに見据えた。
「アキラさんといると、“競わなくていい”って、思えました」
その言葉が、静かに胸に刺さる。
「私が稼いでいるとか、私が職人だからとか、そういうことで、距離を感じなかった」
彼女の指先が、少し震える。
「それが……嬉しくて」
深く息を吸い、そして――言った。
「……好きです、アキラさん」
告白は、飾り気もなく、
けれど、これ以上ないほど誠実だった。
アキラは、すぐには答えなかった。
前世で、部下の人生に軽々しく答えを出さないようにしていた癖が、
ここでも顔を出す。
だが、考える必要はなかった。
彼女の告白を”嬉しい”と素直に感じた。
「俺も」
短く、しかしはっきりと。
「リリアーナが好きだ」
彼女の目が、わずかに見開かれる。
「仕事を大事にしてるところも、自分の腕に誇りを持ってるところも」
アキラは、静かに続けた。
「それを捨てろなんて、言うつもりはないよ」
前世で、誰かの価値を下げて関係を保とうとする人間を何人も見てきた。
――だからこそ。
「対等でいたい。支え合うけど、依存しない。
それでいいなら……付き合ってほしい」
一瞬の沈黙。
そして、リリアーナは――
今まで見た中で、一番柔らかな笑顔を見せた。
「……はい」
その一言が、胸の奥まで温かく染み込む。
二人は、再びデザートに手を伸ばした。
だが、先ほどとは違う。
甘さの中に、確かな未来の味が混じっていた。
窓の外では、夕暮れが街を包み始めている。
異世界アルセリオンで始まった、
鑑定士と修復士の関係は――
この日、
恋人同士という形へと、静かに姿を変えた。




