第22章 リリアーナの過去
リリアーナへの《修復》のお礼として、アキラは街でも評判の良いカフェへ彼女を誘った。
冒険者や商人で賑わう大通りから一本外れた場所にあるその店は、落ち着いた雰囲気で、木製の看板と柔らかな香りが特徴だった。
昼下がりの時間帯ということもあり、店内は比較的静かだ。
「こういうお店、久しぶりです」
席に腰を下ろしながら、リリアーナが少し照れたように笑う。
「仕事柄、工房と家の往復が多くて」
「分かる気がする」
アキラも同意するように頷いた。
「気づくと、仕事の効率ばかり考えてる」
注文した飲み物が運ばれてくる。
香ばしいコーヒーの匂いと、甘い焼き菓子の香りが混じり合い、自然と肩の力が抜けた。
「……今日は、ありがとうございました」
リリアーナがカップを両手で包みながら言った。
「お礼を言うのは俺では?」
「凄いコレクション見せて頂きましたから」
「大げさだな」
そう言いながらも、アキラは少し嬉しかった。
しばらくは、他愛のない話が続いた。
最近の仕事のこと、街の噂、珍しい修復依頼の話。
だが、ふとした沈黙の後、リリアーナが視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……アキラさん」
「ん?」
「少し、昔の話をしてもいいですか」
その声は穏やかだったが、どこか覚悟を含んでいた。
「もちろん」
リリアーナは、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「昔……婚約していた人がいたんです」
アキラの手が、わずかに止まる。
だが、何も言わず、続きを促すように視線を向けた。
「相手は、職人見習いで……真面目で、優しい人でした」
彼女は微笑むが、その表情には懐かしさと同時に、少しの苦味が混じっている。
「最初は、応援し合える関係だったんです。私が修復を頑張るのも、彼は喜んでくれて」
しかし、とリリアーナは言葉を区切った。
「ある時、私の方が……稼いでいると知ってしまって」
「……それで?」
「距離が、できました」
彼女は、はっきりと言った。
「彼は悪い人じゃありませんでした。でも……自尊心が傷ついたんでしょうね。
“君はすごいな”って言葉が、だんだん“遠いな”に変わっていった」
アキラは、その話に覚えがあった。
前世で、部下や取引先との間で見てきた関係の崩れ方だ。
「私も……引き止めませんでした」
リリアーナは、静かにカップを置く。
「仕事が楽しくて。修復が好きで。
恋愛よりも、目の前の仕事を選んだ」
「後悔は……?」
少し躊躇しながら、アキラは尋ねた。
リリアーナは少し考え、首を横に振った。
「後悔は、していません」
そして、はっきりと続ける。
「ただ……誰かと一緒に生きるには、覚悟が足りなかったんだと思います。
相手を支える覚悟も、自分が支えられる覚悟も」
その言葉は、自嘲ではなく、冷静な自己分析だった。
アキラは、彼女の強さを改めて感じる。
無理に美談にせず、誰かを悪者にもせず、ただ事実として受け止めている。
「……似てるかもしれない」
ふと、アキラが呟いた。
「え?」
「俺も、前は……仕事を優先してた」
詳しくは語らない。
だが、その一言だけで、リリアーナは察したように微笑んだ。
「だから、安心したのかもしれません」
「?」
「アキラさんが、私を“すごい”って言う時、
羨望でも卑屈でもなく、対等だったから」
その言葉に、アキラの胸が静かに鳴る。
「鑑定士と修復士。
得意なことが違うだけで、同じ場所に立っているですね」
リリアーナは、そう締めくくった。
カフェの窓から、柔らかな光が差し込む。
過去を語り終えた彼女の表情は、どこか晴れやかだった。
恋愛より仕事を選んできた人生。
だが、それは孤独ではなく、自分で選び取った道だ。
アキラは、その生き方を――
尊いものだと、心から思っていた。




