Episode.20
次の休日、リリアーナ・フェリオが働いている工房へ向かう事にした。
王都の中心から少し外れた、職人街の一角。
石造りの建物が並ぶ中でも、彼女が働く工房は大きくて目立つ。
(有名店って感じだな)
アキラは、扉の前に立った瞬間にそれを感じ取った。
微かに漂う魔力。
不快さはなく、むしろ落ち着く。
壊れたものを拒絶せず、静かに受け入れる場所の空気だった。
「……ナイト」
隣を見ると、ナイトも同じように耳を立てている。
警戒ではない。期待だ。
「お前、本当に分かりやすいな」
「くぅ」
肯定とも取れる声に苦笑し、アキラは扉を叩いた。
中に入って驚く。
工房の中は、想像以上に整理されていた。
工具や魔導器具が壁一面に整然と並び、作業台には傷ついた品々が置かれている。
“壊れた物の墓場”ではない。
“再生を待つ場所”だ。
「ようこそ、ブルダリア修復店へ、初めてですか?」
眼鏡をかけたきりりとした女性に声を掛けられる。
「ええっと、リリアーナさんを」
受付の女性は、ピクリと眉を上げた後。
「呼んできますね」
と奥に入っていった。
しばらく待っていて。
「――はい」
中から聞こえた声は、あの日と同じ落ち着いた響き。
扉が開き、作業用のエプロンを身につけたリリアーナが顔を出した。
「あ……アキラさん」
「こんにちは。今日は、お約束通り」
「はい。どうぞ」
淡々とした口調だが、その裏に相当な技量と責任感があることは、空間そのものが物語っていた。
アキラは大きなバックから、まず1個小物を取り出す。
「では、まずこちらから」
「はい」
最初に取り出したのは、小さな装飾箱。
角が欠け、蝶番も歪んでいる。表面の装飾も摩耗し、ぱっと見では価値を感じにくい品だ。
「……これは」
リリアーナが手に取った瞬間、表情が僅かに変わった。
「……魔力が、かなり歪んでますね」
「やはり」
アキラは頷く。
「鑑定では、元は高位貴族向けの工房製だと出ました。ただ、破損と経年劣化で、ほぼ価値なし扱いです」
「修復は……可能です」
リリアーナは、迷いなくそう言った。
それを聞いて、つい俺は口にしてしまう。
「ランクは……Ⅱ、ですか?」
スキルにはランクがある、普通の人はⅠ止まりだ、
Ⅱに上がれるのは、会社で言えば役員レベル、
職人なら親方レベル、学校では教授レベルと、そうそうなれる物ではない。
ちなみにランクⅢもあるようだが、
ここまでいくとノーベル賞や人間国宝レベルで、国でも数える程しかいない。
その言葉に、彼女は少しだけ目を見開いた。
「……どうして分かったんですか?」
「推測です。スキルⅠなら、ここまで魔力の歪みを“見て”判断できないかなと」
彼女は一瞬考え込み、そして静かに頷いた。
「……はい。“修復”はⅡです」
アキラは、思わず息を呑んだ。
(やはり……)
「凄いですね」
率直な感想だった。
「……ありがとうございます」
俺は次々とコレクションを取り出していく。
欠けた指輪。
魔力回路が断線した装身具。
歪んだ刃を持つ短剣。
主に市場で格安で購入した物だ。
リリアーナは、一つひとつを丁寧に確認し、修復に取りかかった。
魔力が流れ、歪みが正されていく。
それは派手な演出ではなかった。
光も爆発もしない。
ただ――静かに、当たり前のように“元に戻る”。
(……奇跡だな)
アキラは、心からそう思った。
数日後。
修復を終えた品の一部を、商人ギルドで売る事にした。
いくつかの品が、鑑定通りに買い取られていく。
市場で見つけた、古代文字刻印プレート。
他の”修復”の店では修復不可で、しばらく置いていた品だ、
今回リリアーナの力によって、すっかり腐食もなくなり、輝きを取り戻している。
「これも売りたいのですが」
「はい、魔道具ですねこれは……現在入手がかなり困難な品ですね、
42万リラでどうですか?」
思っていた以上の金額に驚く。
「俺の鑑定なら35万リラなのだが……」
「正直ですね」
商人ギルドの買い取りの人は笑っていた。
「確かに、”鑑定”スキルで出る金額はそれぐらいだと思います、
しかし、こうゆう品はコレクターがいて、
商人ギルドとして取引を有利にする為にも、どうしても購入しておきたい物なのですよ、
次と言ったら、もう入手機会はいつになるか分からないですからね」
確か買ったのは100リラ、修復に2万3000リラ。
それが42万リラに化ける。
自分のスキルの凄さと、”修復”の凄さを再認識した出来事だった。
その日の夕方、アキラはブルダリア修復店を再訪した。
「……想像以上でした」
「そうですか」
リリアーナは控えめに微笑む。
「やっぱり、あなたの修復は本物です」
「……アキラさんの鑑定があってこそ、です」
二人は、自然と視線を交わした。
価値を見抜く者。
価値を戻す者。
どちらが欠けても、成立しない。
「それで、これ焼き菓子です、食べて下さい」
お礼と思って、買っていた焼き菓子を差し出す。
「私は仕事をしただけです」
戸惑っているリリアーナに、微笑みかける。
リリアーナの耳元で、小声で伝える。
「100リラが42万リラに化けたんです、お気になさらず」
そう言うと目を見開いて、はあとため息をついてお菓子を受け取ってくれた。
「凄い方と知り合いになってしまったようですね」
「お互い様ですね」
そう言う俺たちを見て、ナイトは、満足そうに二人の間で丸くなっていた。




