第17章 護衛の必要性
ミーナとリーナを見送ってから、数日が過ぎた。
ギルドの日常は相変わらず忙しく、アキラは商人ギルドと冒険者ギルドを行き来しながら、依頼品の鑑定に追われていた。
だが、周囲を見る目は以前とは明らかに違っている。
職員たちの態度は丁寧になり、冒険者たちも軽々しく絡んでこなくなった。
――信頼される立場になる、というのはこういうことか。
前世で課長だった頃と、よく似ている感覚だった。
責任が増え、発言の重みが変わる。その分、危険も集まりやすくなる。
そんな折、ギルド長のグラハムから呼び出しを受けた。
「最近、少し目立ちすぎだな、アキラ」
応接室で向かい合ったグラハムは、苦笑しながらそう切り出した。
白髪交じりの髭を撫でつつ、鋭い視線でアキラを見据えてくる。
「寄付の件、素材の調達、調合の手配……どれも普通の鑑定人ができる仕事じゃない。
身に危険が及ぶ可能性がある」
「自覚はあります」
正直な返答に、グラハムは小さく頷いた。
「だからこそだ。護衛を付けるか、少なくとも“従魔”を持て」
「従魔……ですか?」
聞き返すと、グラハムは机の上に置いてあった資料を指で叩いた。
「この世界じゃ常識だ。強力な従魔を持つ者は、それだけで抑止力になる。
何より重要なのは――」
そこで言葉を区切り、低い声で続ける。
「従魔を持つと、その従魔の強さ以下の魔法攻撃、物理攻撃は、主人であるお前には通らなくなる」
「……つまり?」
「簡単に言えば、雑魚に狙われなくなる。暗殺や脅しが成立しなくなるんだ」
アキラは思わず息をのんだ。
それは、前世の常識では考えられないほど、強力な保険だった。
グラハムの椅子の横に座っている犬を見る、
茶色く、強そうなシェパードにしか見えないが、この存在が従魔との事だった。
犬にしか見えないが、れっきとした魔物の一種で卵から孵る。
従魔は契約しているので主人に忠実。
魔物の一種なので、魔物とも戦ってくれる。
ただし、他の人を傷つけないように、一部制限もかけられいる。
「ただし、条件がある」
グラハムの表情が、少しだけ真剣になる。
「従魔を持つには、貴族の推薦が必要だ。無秩序に力を持たせないための制度だな、
それに卵を売る商人も、買い手を見て卵を提供する、
それに従魔の卵は高額じゃ、普通でも500万リラ程度じゃな、
普通の収入ではなかなか手にできる物ではない」
「……俺には、縁がない話だと思っていました」
「普通ならな」
グラハムは椅子にもたれ、腕を組む。
「だが、お前は例外だ。今回の件で、商人ギルド全体を救った。
貴族たちも評価している」
そして、はっきりと告げた。
「推薦状は、俺が書く」
アキラは、一瞬言葉を失った。
「ギルド長が……そこまでしてくれるんですか?」
「当然だ」
グラハムは即答した。
「有能で、信頼できて、しかも自分から力を誇示しない人間は貴重だ。守る価値がある」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
前世でも、ここまで正面から評価された記憶は多くない。
こうしてグラハムが従魔を薦めてくれるという事は、
これから自分の身に危険が降りかかる可能性もあると考えているという事だ。
商人ギルドという安全な場所を一歩出れば、悪意を持つ人間のみならず、魔物も存在する世界だ。
この国は日本とは違う、少しでも危険が回避できるなら、従魔を持つべきなのだろう。
そして今日――従魔の卵の購入の日。
王都でも指折りの大商人にして貴族。
従魔の卵を扱う資格を持つ、数少ない人物の屋敷。
高い石塀に囲まれた敷地は、まるで小さな要塞のようだった。過剰な装飾はないが、隅々まで手入れが行き届き、「実利」を知る者の財力がにじみ出ている。
グラハムの推薦状を渡し、案内されたのは、屋敷の地下に近い場所だった。
温度、湿度、魔力濃度――すべてが厳密に管理された広間。壁や床には、魔力を安定させるための魔法陣が刻まれ、外界とは切り離された静寂が支配している。
そして。
台座の上に、卵が並んでいた。
「これらが、現在お売りできる従魔の卵です」
商人が、事務的な口調で説明する。
「孵化後の姿や能力は、基本的に不確定。血統、魔力の質、殻の反応……それらから可能性を見抜くのが、買い手の力量となります」
十数個の卵。
大小さまざま、色も質感も異なる。
アキラは一つひとつの前に立ち、静かに目を閉じた。
――鑑定。
意識が切り替わる感覚。
視界が、現実と情報の境界に滲む。
最初の卵。
ランクB。ゴールデン・レトリーバー型。茶色。毛が長い。攻撃力が高い。
次。
ランクA。マルチーズ型。白色。魔力が高い。
次。
ランクD。柴犬型。茶色。毛が短い。スタミナがない。
(……あまり詳しくは表示されないな)
部屋の隅。
ほとんど目立たない位置に置かれた、小ぶりな卵。
白を基調に、淡い金色の文様が自然に走っている。派手さはない。魔力も抑え込まれているかのように静かだ。
だが――。
鑑定した瞬間、アキラの背筋に電流が走った。
(鑑定不能)
「……は?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
(鑑定不能は神ランクだけのはず・・・・)
だが目の前にある卵は、あまりにも“普通”に見える。
心臓がばくばく音を立てる。
鑑定士としての直感が、警鐘を鳴らす。
これは、本来市場に出ていいものではない。
「その卵が、気になりますかな」
低く落ち着いた声がした。
「はい」
アキラは、正直に答えた。
「直感を信じるのが一番ですよ」
沈黙が流れる。
とは言え、失敗すれば、鑑定士としての生活は一気に不安定になる。
堅実を信条としてきた彼にとって、あり得ない賭けだ。
だが。
妹を守るために、全てを賭けようとしたミーナ。
前世で、部下を庇い、迷わず身を投げ出した自分。
――決断の時だ。
「その卵を、買います」
男は一瞬、目を細めたあと、頷いた。
「分かりました」
値段は400万リラ。
決して安くはないが、他の卵が700万リラなど、
もっと高値がついている事を考えると、安い買い物だと考える。
その後、商人の指示で、卵に主人である事の契約をする。
殻越しに伝わる、微かな温もり。
確かに、そこに命がある。
俺はその卵を大事に抱きしめた。




