第10章 冒険者ギルド出張
冒険者ギルドの建物は、鑑定ギルドとは空気がまるで違っていた。
扉を開けた瞬間、鼻をつく鉄と血の匂い。
床に残る無数の傷、壁に掛けられた武器、笑い声と怒号が混じるざわめき。
命を懸けて外へ出る者たちの拠点――それが、冒険者ギルドだった。
「……なるほど、これはまた」
アキラは小さく息を吐き、背筋を正す。
今回の出張依頼は、冒険者ギルドからの正式要請だった。
討伐素材の中に鑑定が困難な品が大量に溜まり、流通が滞っているという。
「鑑定士アキラ様ですね! 来ていただけて本当に助かります!」
出迎えたギルド職員は、明らかに疲れ切った顔をしていた。
視線の先――倉庫のような一角には、木箱や麻袋が山のように積まれている。
「……全部、未鑑定ですか?」
「はい。
見たことのない魔物の素材や、状態が悪いもの、価値が判断できないものばかりで……」
アキラは近づき、手袋を嵌めながら一つの袋を開いた。
中から現れたのは、黒ずんだ鱗の欠片。
(鑑定)
――〈夜鱗蜥蜴の鱗・亜種〉
防刃性能:低
魔力伝導率:高
保存状態:劣化進行中
用途:魔導具補助素材
市場価値:中
「……なるほど」
アキラは頷き、職員に向き直る。
「これは武具素材としては微妙ですが、魔導具用なら需要があります。
ただし、このままだと価値が落ち続ける。早めに加工か売却を」
「えっ、そ、そんな細かいことまで……?」
職員の目が丸くなる。
アキラにとっては当たり前だった。
“何に使えるか”が分かれば、価値は自ずと見えてくる。
次に手に取ったのは、奇妙に硬い骨。
(鑑定)
――〈砂喰い蟲の顎骨〉
用途:錬金触媒
状態:良好
呪い:なし
市場価値:高
「これは……錬金師が喉から手が出るほど欲しがる素材ですね」
「こ、これがですか!?」
「ええ。見た目は地味ですが、反応効率が桁違いです」
その一言で、周囲にいた冒険者たちがざわついた。
「おい、あれ俺が持ってきたやつだぞ」
「マジかよ……ただの骨だと思ってた」
アキラは彼らの反応に、少しだけ胸が温かくなる。
(命懸けで取ってきたものが、正当に評価されない……それは、辛いよな)
かつて会社員だった頃。
数字の裏にある努力が見えず、成果だけが切り取られる現場を、アキラは何度も見てきた。
だからこそ――。
「この素材も、これも、ちゃんと価値があります」
淡々と、しかし丁寧に鑑定を続ける。
毒袋は精製用。
劣化した皮は修復前提で中価値。
用途が限定される牙は、売却先を絞れば高値。
それぞれに理由と根拠を添えて説明すると、職員は何度も頭を下げた。
「これで、冒険者たちにも正当な報酬を払えます……!」
「いえ。素材が正しく扱われるだけです」
そう言って微笑むと、近くにいた冒険者が照れくさそうに笑った。
「鑑定士ってのは、もっと冷たい奴だと思ってたけどな」
「アンタ、いい人だな」
アキラは少し困ったように笑う。
「……よく言われます」
作業が終わる頃には、山のようだった未鑑定品は整理され、用途別に分けられていた。
職員は深く息を吐き、心底安堵した表情を浮かべる。
「本当にありがとうございました。また、ぜひ来てください」
「ええ。お役に立てるなら」
ギルドを出ると、夕暮れの空が赤く染まっていた。
(鑑定士として、できることはまだ多い)
数字だけではなく、
力だけでもなく、
価値を“正しく伝える”こと。
それが、アキラの仕事なのだと――
この出張は、改めて彼に教えてくれた。




