第8話 絆という名の召喚術
「召喚魔法は、絆の魔法だ」
朝の祭壇で、ヴァルはそう言って不敵に微笑んだ。昨日の疲労がまだ残っているのか、顔色は優れないが、それでも立っていることはできた。
「これができれば、俺はいつでも君と共にいる」
リーナは息を呑んだ。その言葉の意味を理解して、胸が締め付けられる。
「先生...」
「新しい命を生み出すのではない」
ヴァルは説明を続けた。手を前に出すと、淡い光が浮かび上がる。
「自分の魔力に意志を与える。そして、最も信頼する者にしか、真の召喚はできない」
レオンとエミリアも訓練に参加していた。二人とも真剣な表情で聞いている。
「召喚には契約が必要だ。召喚者と被召喚者の間に、絶対的な信頼関係がなければならない」
ヴァルは祭壇の上に魔法陣を描き始めた。複雑な紋様が、銀色の光を放つ。
「まず、儀式の準備から始める」
携行庫から小さな短剣を取り出す。刃は鋭く、柄には古い文字が刻まれていた。
「血を一滴、魔法陣の中心に」
リーナは躊躇なく手を差し出した。ヴァルが優しく指先を刺すと、赤い血が一滴、魔法陣に落ちた。血は魔法陣に吸い込まれ、紋様全体が赤く脈動する。
「次は、俺の魔力を注ぐ」
ヴァルが両手を魔法陣にかざすと、金色の光が流れ込んでいく。しかし、すぐに激しく咳き込んだ。
「先生!」
「大丈夫だ...続ける」
ヴァルは震える手で魔力を注ぎ続けた。金色の光が魔法陣全体を包み込み、やがて中心に集まっていく。
「さあ、リーナ。一緒に詠唱だ」
二人は向かい合って立った。そして、古い言葉で詠唱を始める。
「我が魂の片割れよ」
「絆の名において、姿を現せ」
「信頼の証として、永遠の契約を」
詠唱が終わると、魔法陣の中心から眩い光が立ち上った。光は渦を巻きながら上昇し、やがて小さな球体となって浮かび上がる。
球体はゆっくりと形を変え始めた。羽が生え、小さな頭が現れ、やがて手のひらサイズの光る小鳥となった。
「ピィ...」
小鳥は小さく鳴いた。言葉は話せないようだが、その鳴き声には感情が込められている。嬉しそうに羽ばたきながら、リーナの周りを飛び回る。
「これは...」
リーナは驚きながら手を差し出した。小鳥はその手に止まり、温かい光を放つ。
「俺の魔力の一部だ」
ヴァルが説明した。
「しかし、君の優しさも宿っている。二人の絆が形になったものだ」
「名前をつけてあげなさい」
エミリアが優しく言った。
リーナは小鳥を見つめて、少し考えた。
「ルミエール」
フランス語で光を意味する名前だった。
「ルミエールと名付けます」
「ピィ!」
精霊は嬉しそうに鳴き、空中でくるくると回った。その姿を見て、みんなが微笑む。
「いい名前だ」
ヴァルも小さく笑った。しかし、その笑顔はすぐに真剣な表情に変わる。
「この精霊は、俺の魂の一部だ。俺が消えても、この子は残る。君が生きている限り、俺の一部も生き続ける」
リーナの目に涙が浮かんだ。ヴァル先生は、本当に自分の死を受け入れているのだ。
「そんなこと言わないでください」
「現実を見なければならない」
ヴァルは優しく、しかし厳しく言った。
その時、メルヴィン学院長が森に入ってきた。手には古い本を抱えている。
「良いものを見つけたよ」
メルヴィンは本を開いて見せた。古代文字で書かれたページには、「呪いの解除法」という見出しがあった。
「これは...」
ヴァルが目を見開いた。
「この本はどこで?」
「学院の禁書庫の奥だ。百年以上、誰も開いていなかった」
メルヴィンはページをめくる。しかし、肝心な部分が破れていた。
「残念ながら、完全な解除法は読めない。ただ...」
メルヴィンは別のページを指差した。
「『継承の儀式』という文字が見える」
「継承の儀式...」
リーナは昨夜読んだ文献を思い出した。
「私も調べました。『譲渡者と継承者の魂が共鳴する時、新たな可能性が生まれる』と書いてありました」
ヴァルは考え込んだ。
「継承の儀式は知っている。魔王の力を完全に譲渡する術だ。ただし、術者の運命は...」
言葉を濁したが、みんなには分かっていた。術者は消滅を免れない。
「でも、別の可能性があるかもしれません」
レオンが口を開いた。
「北の古代遺跡に、さらに詳しい記録があるという噂を聞いた」
「北の遺跡...」
ヴァルは顔を上げた。
「あそこは千年前、古代魔法の研究所があった場所だ」
「なら、行く価値がある」
レオンが立ち上がった。
「今すぐ出発しよう」
「待て」
ヴァルが制止した。
「北の遺跡は危険だ。古代の防衛機構がまだ生きている」
「でも、時間がない」
リーナが言った。あと三日しかない。いや、もう二日かもしれない。
ヴァルは少し考えてから頷いた。
「分かった。明日、一緒に行こう」
「なぜ明日なんだ?」
レオンが不満そうに聞いた。
「今日は、召喚魔法の応用を教える必要がある」
ヴァルはルミエールを見つめた。
「この精霊との連携が、遺跡攻略の鍵になるかもしれない」
午後の訓練では、ルミエールとの連携を練習した。
「精霊は君の意志に応じて動く」
ヴァルの指示で、リーナは意識をルミエールに向けた。すると、精霊は瞬時に反応し、指示通りに動き始める。
「偵察させてみろ」
リーナが念じると、ルミエールは森の奥へと飛んでいった。そして、すぐに戻ってきて、何かを伝えようとする。
「ピィ、ピィ!」
言葉は分からないが、何となく意味は伝わった。森の奥に、誰かがいるようだ。
「感知魔法と併用すれば、より正確に分かる」
リーナは感知魔法を発動させた。すると、ルミエールを通じて、より遠くの様子が分かるようになった。
「すごい...ルミエールが私の目になってくれる」
「それだけじゃない」
ヴァルは手を上げた。すると、ルミエールが光を放ち始める。
「戦闘にも使える。光で目くらましをしたり、魔力を増幅させたり」
実際にやってみると、ルミエールの光がリーナの魔法を強化した。火球がより大きくなり、水の盾がより強固になる。
「これなら...」
リーナは希望を感じた。もしかしたら、北の遺跡でも戦えるかもしれない。
夕方になって、訓練を終えた。みんな疲れていたが、充実した表情をしている。
「明日の遺跡探索、全員で行く」
エミリアが言った。
「私も行くわ。きっと何か手伝えることがある」
「俺も当然行く」
レオンが腕を組んだ。
「あんたを死なせるわけにはいかない」
ヴァルは仲間たちを見回した。こんなに多くの人が、自分のために動いてくれている。千年生きて、初めての経験だった。
「みんな...ありがとう」
「礼なんていらない」
レオンがぶっきらぼうに言った。
「俺たちは仲間だろ?」
その言葉に、ヴァルはまた涙が溢れそうになった。仲間。なんて温かい言葉なんだろう。
学院に戻る途中、神殿の監視がさらに厳しくなっているのが分かった。白衣の神官たちが、魔力測定器を持って巡回している。
「明日には、もっと増えるだろう」
メルヴィンが心配そうに言った。
「三日の猶予も、怪しくなってきた」
「なら、急がないと」
リーナは決意を新たにした。明日の遺跡探索で、必ず手がかりを見つける。
夜、リーナは自室でルミエールと一緒にいた。小さな精霊は、リーナの肩に止まって、優しい光を放っている。
「ルミエール、明日は頑張ろうね」
「ピィ!」
精霊は元気に返事をした。その光の中に、確かにヴァルの魔力を感じる。先生の一部が、ここにいる。
でも、本物の先生を失いたくない。
「必ず、方法を見つける」
リーナは窓の外を見上げた。今夜も星が輝いている。
教会の鐘が鳴り始めた。もうすぐ午前0時。
封印の森では、ヴァルが一人、祭壇の前に立っていた。胸の紋章が光り始める。
鐘が十を打ち切る。紋章の「3」が「2」に落ちた。
痛みはさらに軽くなっていた。南の封印修復の効果は確実にある。しかし、それでも時間は刻一刻と減っていく。
「あと二日...」
ヴァルは空を見上げた。明日の遺跡探索が、最後の希望かもしれない。
「リーナ...君になら、きっと何か見つけられる」
ルミエールの一部が、遠くで光っているのを感じた。リーナが大切にしてくれている。それだけで、心が温かくなる。
「俺も、最後まで諦めない」
ヴァルは決意を新たにした。残された時間で、できることを全てやる。
森の奥から、何かの気配を感じた。感知魔法を展開すると、複数の人影が近づいてくる。神殿の者たちだ。
「もう動き始めたか...」
ヴァルは姿を消した。まだ見つかるわけにはいかない。少なくとも、明日の遺跡探索までは。
一方、リーナは眠れずにいた。ルミエールが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫よ、ルミエール」
リーナは精霊を撫でた。温かい。ヴァル先生の温もりがする。
「明日、きっと見つかる。先生を救う方法が」
ルミエールは小さく鳴いて、リーナの頬に寄り添った。まるで、大丈夫だよと言っているようだった。
「ありがとう、ルミエール」
リーナは精霊を抱きしめた。この子がいる限り、ヴァル先生は消えない。でも、それだけじゃ足りない。本当の先生も、守りたい。
「絶対に、諦めない」
窓の外では、星が静かに輝いていた。
あと二日。
時間は本当に少ない。でも、まだ希望はある。明日の遺跡探索に、全てを賭ける。
リーナはそう決意して、ようやく眠りについた。ルミエールは、一晩中リーナの枕元で優しい光を放ち続けていた。




