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第10話 私だけの魔法

 

 午前0時まで、あと12時間。


 封印の森の祭壇に、朝日が差し込んでいた。リーナは昨夜から一睡もせず、ずっとここにいた。ヴァルも同じだった。二人とも、残された時間の重さを感じていた。


「最後の授業を始める」


 ヴァルの声は静かだった。胸元の紋章「1」が、朝日を受けて鈍く光っている。顔色は昨日よりもさらに悪く、立っているのもやっとという状態だった。それでも、その金色の瞳には揺るぎない意志があった。


「固有魔法とは何か、知っているか?」


 リーナは頷いた。理論では学んでいる。でも、実際に使ったことはない。


「その人だけの、唯一無二の魔法です。魂の形そのもの」


「そうだ」


 ヴァルは祭壇に腰を下ろした。もう立ち続ける体力もないようだ。リーナも隣に座る。


「固有魔法は、技術では習得できない。自分の本質と向き合い、魂の奥底にある真実を見つけた時にだけ、目覚める」


 ヴァルは遠い目をした。千年という時の中で、自分の固有魔法と向き合ってきた記憶が蘇る。


「私の固有魔法は『終焉の理』だった。全てを終わらせる力。だからこそ、魔王と呼ばれた」


 リーナは息を呑んだ。終わらせる力。それは確かに、恐ろしい力だ。


「だが、君は違う」


 ヴァルはリーナの目を見つめた。


「君の本質は何だ、リーナ?君が本当に望むものは?」


 リーナは目を閉じた。自分の本質。自分が本当に望むもの。


 両親を失った時、一人になった。誰とも繋がれなかった。学院でも孤立していた。エミリアだけが友達だったが、それでも心のどこかで壁を作っていた。


 でも、ヴァル先生と出会って変わった。繋がれた。そして、レオンとも、メルヴィンとも、学院のみんなとも。


「私が望むのは...繋がり」


 リーナは目を開けた。


「誰かと繋がること。心と心を繋ぐこと。断たれた絆を繋ぎ直すこと」


 その言葉を口にした瞬間、リーナの身体が光り始めた。


「それが...君の固有魔法か」


 ヴァルは小さく微笑んだ。予想していた通りだ。いや、予想以上かもしれない。


 光は強まり、リーナの全身を包み込んだ。温かい、優しい光。それは癒しの光でもなく、破壊の光でもない。ただ、繋ぐための光だった。


「繋ぐ魔法...コネクト」


 リーナが呟くと、光が形を成し始めた。細い糸のような光が、リーナから伸びていく。その糸は、周囲の全てと繋がろうとしていた。木々と、大地と、空気と。そして、ヴァルとも。


「これが...私の魔法...」


 リーナは両手を見つめた。掌から無数の光の糸が伸びている。それぞれが、誰かや何かと繋がっている。エミリアと繋がる糸は緑色に輝き、レオンと繋がる糸は赤く燃えている。そして、ヴァルと繋がる糸は...金色だった。


「すごい...これなら...」


 リーナの目が輝いた。


「これなら、先生を救える!」


「どういうことだ?」


「継承の儀式は、先生の全てを私に譲渡するものですよね。でも、私の固有魔法なら...」


 リーナは立ち上がった。確信に満ちた表情で。


「完全な継承じゃなくて、共有にできる。先生の力と記憶を私も持つけど、先生も残る。二人で一つの運命を分け合うんです」


 ヴァルは驚いた顔をした。そんなことが可能なのか。いや、この子の固有魔法なら...


「だが、それでは君も同じ運命を辿ることに...」


「いいんです」


 リーナはきっぱりと言った。


「先生と一緒なら、怖くありません。それに...」


 リーナは微笑んだ。


「もう一人じゃないから」


 その言葉に、ヴァルの目から涙が溢れた。千年生きて、何度目かの涙。でも、今回は悲しみの涙ではない。嬉しさと、感謝の涙だった。


「リーナ...」


「準備を始めましょう、先生。時間がありません」


 午前十時、学院の生徒たちが森に集まり始めていた。昨夜、メルヴィンが事情を説明したのだ。魔王ヴァルハートのこと、呪いのこと、そして今日が最後の日だということ。


 最初は恐れる者もいた。しかし、リーナの成長を見てきた者たちは理解していた。ヴァルは敵ではない。むしろ、素晴らしい教師だと。


「俺たちにも手伝わせてくれ」


 レオンが言った。その後ろには、上級生たちが並んでいる。


「私たちも」


 エミリアの周りには、女子生徒たちが集まっていた。


「学院を挙げて協力します」


 メルヴィンも正装で現れた。学院長の威厳に満ちた姿だった。


 ヴァルは呆然と、集まった人々を見つめた。こんなに多くの人が、自分のために...


「みんな...」


「礼を言うのは後だ」


 レオンがぶっきらぼうに言った。


「今は儀式の準備をしよう」


 祭壇の周りに、巨大な魔法陣が描かれていく。レオンが炎で線を引き、エミリアが風で形を整える。他の生徒たちも、それぞれの得意な魔法で協力する。


「継承の儀式は、通常は一対一で行う」


 メルヴィンが説明した。


「だが、今回は違う。リーナの固有魔法を使って、儀式そのものを変える。そのためには、多くの魔力が必要だ」


 魔法陣は複雑な構造をしていた。中心には二つの円があり、それが光の糸で繋がれている。その周りを、無数の小さな円が取り囲んでいる。


「協力者たちは、外側の円に立つ」


 メルヴィンの指示で、生徒たちが配置についていく。円陣を組むように、魔法陣を囲む。


「君たちの魔力を、リーナに注ぐ。ただし、無理はするな。倒れそうになったら、すぐに陣から出ろ」


 全員が頷いた。


 午後三時、準備が整った。魔法陣は完成し、協力者たちも配置についている。あとは、儀式の開始を待つだけだった。


 しかし、その時だった。


 森の入り口から、複数の気配が近づいてくる。神殿の追手だ。


「間に合わなかったか...」


 メルヴィンが苦い顔をした。


「学院長メルヴィン!」


 神官長が現れた。白い法衣を纏い、杖を持った老人だ。その後ろには、十人以上の神官たちが続いている。


「魔王ヴァルハートを匿っているという報告を受けた。引き渡してもらおう」


「それはできません」


 メルヴィンがはっきりと答えた。


「彼は私の師であり、学院の恩人です」


「恩人?魔王が?」


 神官長は鼻で笑った。


「世界を恐怖に陥れた存在を、そう呼ぶのか」


「それは誤解です」


 リーナが前に出た。


「ヴァル先生は、誰よりも優しい人です。私に魔法を教えてくれて、人生を変えてくれた」


「少女よ、お前は騙されている」


 神官長は憐れむような目でリーナを見た。


「魔王は狡猾だ。信頼を得て、利用する」


「違う!」


 リーナの声が響いた。


「先生は、何の見返りも求めませんでした。ただ、私を強くしたかっただけです」


「それが証明できるのか?」


「証明なら、ここにいる全員ができます」


 レオンが言った。そして、学院の生徒たちが一斉に前に出た。


「ヴァルハートは、リーナを変えた」


「俺たちも、彼から学んだ」


「魔王だろうと何だろうと、彼は偉大な教師だ」


 生徒たちの声が重なる。神官長は眉をひそめた。


「若者たちよ、目を覚ませ。魔王は...」


「神官長」


 ヴァルが立ち上がった。ふらつく足で、一歩前に出る。


「私は確かに、かつて多くの者を殺した。それは否定しない」


 ヴァルの声は静かだったが、力強かった。


「だが、それは人類を守るためだった。敵から、魔獣から、そして戦争から」


「詭弁だ」


「詭弁ではない。真実だ」


 ヴァルは神官長を見つめた。


「私が恐れられたのは、強すぎたからだ。理解されなかったからだ。だが、今は違う」


 ヴァルは周りを見回した。リーナ、レオン、エミリア、メルヴィン、そして学院の生徒たち。全員が、自分を信じてくれている。


「今の私には、理解してくれる者がいる。仲間がいる」


 その言葉に、神官長は言葉を失った。魔王の目に、確かな光があった。それは、人間の目だった。


「分かった」


 神官長は杖を下ろした。


「今日一日だけ、目をつぶろう。だが、明日には正式な審問を開く」


「構いません」


 ヴァルは微笑んだ。


「明日には、私はもういませんから」


 その言葉の意味を理解して、神官長の顔が曇った。


「呪いが...そこまで進行しているのか」


「ええ。今夜、午前0時に」


 神官長は深いため息をついた。そして、部下たちに合図を送る。


「撤退する。だが...」


 神官長はヴァルに向き直った。


「君が本当に人類のために戦っていたこと、記録には残しておこう」


「ありがとうございます」


 ヴァルは深く頭を下げた。神官たちが去っていく。その背中を見送りながら、リーナは涙を拭った。


「先生...」


「さあ、準備を続けよう」


 ヴァルは再び祭壇に向かった。もう時間がない。


 午後十時、魔法陣の最終調整が終わった。夜の闇が森を包み、月明かりだけが祭壇を照らしている。


「では、始めよう」


 ヴァルとリーナが、魔法陣の中心にある二つの円に立った。協力者たちも、外側の円に配置につく。


「儀式は一時間かかる」


 メルヴィンが説明した。


「午前0時までに完了させなければならない」


 全員が頷いた。緊張が走る。


「それでは...継承の儀式を始める」


 メルヴィンが詠唱を始めると、魔法陣が光り始めた。淡い青白い光が、陣全体を包み込む。


 ヴァルとリーナも詠唱を始めた。古代の言葉が、夜の森に響く。


「我が全てを、汝に託す」


「我が魂を、汝と繋ぐ」


 二人の魔力が、光の糸となって結ばれていく。金色の糸が、複雑に絡み合いながら、二人を繋いでいく。


 協力者たちも魔力を注ぎ始めた。それぞれの色の光が、魔法陣に流れ込んでいく。赤、青、緑、黄...無数の色が混ざり合い、虹色の光となって中心に集まる。


「リーナ、今だ」


 ヴァルの合図で、リーナは固有魔法を発動させた。


「繋ぐ魔法、コネクト!」


 リーナの身体から、無数の光の糸が伸びていく。その糸は、ヴァルだけでなく、協力者たち全員とも繋がった。そして、儀式の魔法陣全体を包み込む。


「これは...」


 メルヴィンが驚いた。魔法陣の構造が変化していく。二つの円が重なり合い、一つの大きな円となった。完全な継承ではない。共有の形だ。


 ヴァルの力が、リーナに流れ込んでくる。膨大な魔力、千年分の記憶、そして...深い孤独。


 リーナは歯を食いしばった。ヴァル先生の千年を、今、体験している。幼い頃の孤独、恐れられた日々、一人で戦った戦争。全てが、リーナの中に流れ込んでくる。


「先生...こんなに辛かったんですね...」


 涙が止まらなかった。でも、同時に温かいものも感じた。最後の十日間。リーナと過ごした日々。それは、千年の孤独を埋めるほどの、温かい記憶だった。


「リーナ、ありがとう」


 ヴァルの声が聞こえた。


「君に出会えて、本当に良かった」


 午前0時が近づいていた。教会の鐘が、遠くから聞こえ始める。


 魔法陣の光が最高潮に達した。リーナとヴァルを繋ぐ光の糸が、眩いほどに輝く。


 鐘が一つ、また一つと鳴る。


 九つ目の鐘が鳴った時、ヴァルの身体が光に包まれ始めた。


「先生!」


 リーナが叫んだ。でも、ヴァルは微笑んでいた。


「大丈夫だ。君が繋いでくれている」


 十個目の鐘が鳴った。


 ヴァルの胸の紋章「1」が「0」に変わった。


 瞬間、ヴァルの身体が光の粒子となって散り始めた。消滅が始まったのだ。


「嫌だ!」


 リーナは必死に光の糸を強化した。繋ぐ。絶対に離さない。ヴァル先生を、この世界に繋ぎ止める。


「みんな、力を!」


 レオンが叫んだ。協力者たち全員が、さらに魔力を注ぎ込む。虹色の光が、消滅していくヴァルを包み込む。


 リーナの固有魔法が、その光を導いていく。散らばろうとする光の粒子を、一つ一つ拾い集めるように。そして、繋ぎ直していく。


「先生は消えない。絶対に消させない!」


 リーナの絶叫とともに、光の糸が爆発的に増えた。無数の糸が、ヴァルの光の粒子全てと繋がる。


 そして、奇跡が起きた。


 散らばっていた光の粒子が、再び集まり始めたのだ。ゆっくりと、でも確実に。人の形を取り戻していく。


「これは...」


 メルヴィンが驚愕の表情で見守る。こんなことは、理論上あり得ない。神々の呪いは絶対のはずだ。でも、今、その絶対が覆されようとしている。


 光が収まっていく。魔法陣の輝きが弱まり、やがて消えた。


 そこには、一人の青年が立っていた。


 ヴァルハートだった。


「先生!」


 リーナが駆け寄る。ヴァルは確かに、そこに立っていた。消滅していない。生きている。


 でも、何かが違った。


「私の魔力が...」


 ヴァルは自分の手を見つめた。かつてのような膨大な魔力はもう感じない。普通の人間と同じくらいの魔力しか残っていなかった。


「先生の魔力は、私の中に」


 リーナが言った。


「でも、先生の命は残りました。私の固有魔法が、呪いを『繋ぎ変えた』んです」


「繋ぎ変えた...?」


「はい。消滅の運命を、二人で分け合いました。だから...」


 リーナは真剣な顔で続けた。


「五十年後、私たちは一緒に眠ります。でも、それまでは一緒に生きられます」


 その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。そして、ヴァルは笑った。心から笑った。


「五十年か...十分すぎるほどだ」


 ヴァルはリーナを抱きしめた。温かい。本当に生きている。夢ではない。


「ありがとう、リーナ。君は...本当に奇跡を起こしたな」


 周りから、歓声が上がった。成功したのだ。ヴァルは生きている。そして、リーナも無事だ。


「やった!」


「成功だ!」


 生徒たちが抱き合って喜ぶ。レオンも、珍しく笑顔を見せている。エミリアは泣きながら喜んでいた。


 メルヴィンは杖を置いて、深い息をついた。


「まさか、本当に成功するとは...」


 学院長の目にも、涙が浮かんでいた。


 祝宴は朝まで続いた。森の祭壇で、みんなが笑い、語り合い、そして喜びを分かち合った。


 ヴァルは仲間たちに囲まれて、幸せそうに微笑んでいた。千年ぶりの、本当の笑顔だった。


<エピローグ>


 一年後。


 王立オルディス魔法学院の卒業式が行われていた。春の穏やかな日差しが、式典会場を照らしている。


「首席卒業、リーナ・アルフレイド」


 学院長メルヴィンが名前を呼ぶと、拍手が起こった。リーナは壇上に上がり、卒業証書を受け取る。もう、あの頃の自信のない少女ではない。堂々とした、立派な魔法使いになっていた。


「おめでとう、リーナ」


「ありがとうございます、学院長」


 客席には、エミリアとレオンが座っていた。エミリアは涙を流して喜んでいる。レオンは腕を組んで、満足そうに頷いていた。


 そして、教師席の端に、一人の青年がいた。


 ヴァルハート。今は、王立魔法学院の新人教師として働いている。魔力は失ったが、千年分の知識は健在だ。理論教師として、生徒たちに魔法を教えている。


 式が終わった後、リーナはヴァルの元へ駆け寄った。


「先生、見てました?」


「ああ、見事だった」


 ヴァルは優しく微笑んだ。この一年で、さらに柔らかい表情になっていた。


「リーナ・アルフレイド、王国最年少の宮廷魔導師か。立派になったものだ」


「先生のおかげです」


 リーナの肩には、ルミエールが止まっていた。小さな光の精霊は、今も元気に輝いている。


「ピィ!」


「そうだね、ルミエール。先生に報告しないと」


 リーナは懐から一通の手紙を取り出した。


「宮廷魔導師の辞令です。来月から、王宮で働くことになりました」


「そうか...」


 ヴァルは少し寂しそうな顔をした。でも、すぐに笑顔を取り戻す。


「君なら、きっと素晴らしい魔導師になれる」


「でも、放課後は学院に来ます」


 リーナがいたずらっぽく言った。


「まだ先生から学びたいことがたくさんあるんです」


「もう教えることなんて...」


「あります」


 リーナはきっぱりと言った。


「先生は千年分の知識を持っているんですから」


 その言葉に、ヴァルは笑った。


「分かった。では、放課後に特別授業をしよう」


 二人で学院の中庭を歩く。一年前と同じ場所。でも、全てが違って見えた。


「あの時、ここで出会いましたね」


「ああ。君が泣いていた」


「恥ずかしいです」


 リーナは頬を赤らめた。


「でも、あの出会いが全てを変えました」


「私もだ」


 ヴァルは空を見上げた。


「あの時、君に出会わなければ、私は孤独のまま消えていた」


「もう消えませんよ」


 リーナは笑った。


「五十年、一緒です」


「五十年か...長いな」


「長くなんてありません」


 リーナは真剣な顔で言った。


「もっと一緒にいたかったくらいです」


 その言葉に、ヴァルは胸が熱くなった。こんな風に思ってくれる人がいる。それだけで、生きる価値がある。


 中庭のベンチに座って、二人は並んで空を見上げた。


「先生、次は何を教えてくれますか?」


「そうだな...まだ教えていない応用魔法がいくつか」


「楽しみです」


 ルミエールが二人の間を飛び回る。その光が、午後の日差しを受けてキラキラと輝いていた。


 遠くで、レオンとエミリアが手を振っている。二人も、この一年で大きく成長していた。レオンは学年次席で卒業し、騎士団への入団が決まっている。エミリアは治癒魔法を専攻し、医療魔導師を目指すという。


「みんな、それぞれの道を歩き始めたな」


「はい。でも、ずっと仲間です」


 リーナは確信を持って言った。


「私の固有魔法が繋いでいますから」


 確かに、リーナの固有魔法は今も機能していた。見えない光の糸が、仲間たち全員を繋いでいる。離れていても、その絆は決して切れない。


「そういえば」


 ヴァルが懐から何かを取り出した。小さな箱だった。


「これは?」


「開けてみろ」


 リーナが箱を開けると、中には美しいペンダントが入っていた。銀色のチェーンに、小さな宝石がついている。宝石は淡い金色に輝いていた。


「これ...」


「私の魔力の結晶だ。最後に残っていた少しの魔力を、形にした」


 ヴァルはペンダントをリーナの首にかけてあげた。


「これをつけていれば、私はいつでも君と一緒だ」


 リーナは宝石に触れた。温かい。ヴァル先生の温もりがする。


「大切にします」


「ああ」


 二人は再び空を見上げた。雲一つない青空が、どこまでも広がっている。


「先生、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 ヴァルは微笑んだ。


「君は私の最後の生徒で、最高の生徒だ」


「最後じゃありませんよ」


 リーナが言った。


「これからもずっと、私は先生の生徒です」


「それじゃあ...」


 ヴァルは立ち上がった。そして、リーナに手を差し伸べる。


「次の十日間も頑張るか」


「はい!」


 リーナは元気に答えた。その顔には、輝くような笑顔があった。


 二人は学院の建物へと歩き始めた。ルミエールが先導するように飛んでいく。その後ろを、レオンとエミリアも追いかけてくる。


「待てよ、二人とも」


「リーナ、今日は祝杯を上げようぜ」


 笑い声が、春の中庭に響いた。



 その夜、ヴァルは自室で机に向かっていた。羊皮紙に何かを書いている。


『リーナ・アルフレイドの記録


 君は私が教えた、最後にして最高の生徒だった。


 十日間で、君は無能から最強へと変わった。いや、違う。君は最初から強かった。ただ、その力を引き出す方法を知らなかっただけだ。


 君の固有魔法は、私の予想を遥かに超えていた。繋ぐ魔法。それは、断絶を癒し、孤独を埋める力。


 千年間、私は孤独だった。誰も理解してくれなかった。誰も近づいてくれなかった。


 だが、君が現れて、全てが変わった。


 君は私を理解し、受け入れ、そして救ってくれた。


 もう私は孤独ではない。仲間がいる。君がいる。


 これから五十年、君と共に生きられる。それは、千年の孤独を補って余りある幸せだ。


 ありがとう、リーナ。


 そして、これからもよろしく。


 君の師より ヴァルハート』


 手紙を書き終えて、ヴァルは机の引き出しにしまった。いつかリーナに渡そう。五十年後、二人で眠る時に。


 窓の外では、星が輝いていた。千年前と変わらない星空。でも、今はもう、孤独ではない。


 ヴァルは小さく微笑んで、灯りを消した。明日もまた、忙しい一日が始まる。授業の準備をして、リーナの特別訓練をして、生徒たちの質問に答えて。


 でも、それが楽しい。千年生きて、初めて「明日が楽しみだ」と思えるようになった。


「おやすみ、リーナ」


 小さく呟いて、ヴァルは眠りについた。穏やかな、幸せな眠りだった。




 最強だった魔王は、最高の教師になった。


 無能と呼ばれた少女は、最強の魔導師になった。


 そして二人は、最良の友になった。


 十日間の奇跡。


 それは終わりではなく、始まりだった。


 新しい未来への、第一歩。


 繋がれた二つの魂は、これから五十年を共に歩む。


 孤独だった千年よりも、遥かに価値のある五十年を。


 空には星が輝き、地上には笑顔があふれる。


 これが、魔王と少女の物語。


 これが、師匠と生徒の絆。


 そして、これが...最強の家庭教師の、最後の授業だった。


<完>

 リーナの机の上に、一枚のメモが置かれていた。


『明日も早朝五時、森の祭壇で。新しい魔法を教える。遅刻するなよ。——ヴァル』


 リーナはメモを見て笑った。


「はいはい、分かってますよ、先生」


 そして、明日の準備を始める。新しい一日が、また始まる。


 ルミエールが枕元で光りながら、優しく見守っていた。


 二人の物語は続いていく。これからも、ずっと。

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