第8話 ダンジョン探索開始
TŌRMAは墓地の静寂の中で、右腕に装備した骨鎌を軽く振る。不恰好ながらも鋭い刃先が、霧を切り裂くようにかすかな風を起こす。
白骨だけで構成された彼のアバターは、肉体の重さを感じず、まるで意志だけで動く彫像のようだ。だが、《五感欠損》のデメリットにより、鎌の感触は意識に響く微かな振動でしかない。
(この骨鎌、見た目は粗いが戦闘では十分使える。だが、熟練度が低いせいで安定性が気になる)
彼はUIパネルを開き、インベントリを確認する。黒曜の欠片のクラフト失敗が頭をよぎる。ひび割れた欠片は、依然として「使用不可」の表示が点滅している。だが、《終焉同調》がその欠片に微かな反応を示している。まるで、欠片の内にまだ何かが眠っているかのように。
(壊れたとはいえ、この素材……何か使い道があるかもしれない。後で祭壇で再解析してみるか)
TŌRMAの視線は、簡易拠点「墓所の祭壇」に戻る。白骨と墓碑の欠片で組み上げられた円形の防壁は、霧を寄せ付けず、拠点内を安定させている。《霊的吸引》のデメリットが60%軽減される効果は、敵の接近頻度を抑え、休息の時間を確保してくれる。だが、この拠点はあくまで「簡易」だ。長期的な防衛や、より複雑なクラフトには耐えられないだろう。
(ここで立ち止まるか、進むか……選択の時間だ)
TŌRMAの理性が、状況を整理する。情報戦略室の主任としての思考が、ゲーム内の選択にも影響を与える。彼の前には、大きく三つの道がある。
1. ダンジョン脱出:忘却の墓所から脱出し、街エリアを目指す。街ならNPCとの交流や交易で情報を集めやすく、装備の強化やエピソードのトリガーも期待できる。だが、脱出ルートの探索中に新たな敵と遭遇するリスクは高い。
2. ダンジョン奥地への探索:墓所の深部に進み、上位存在や高難度エピソードに挑む。白仮面の少女や黒曜の使者の存在から、このダンジョンにはゲームの核心に繋がる何かがある可能性が高い。だが、デメリット5つの高負荷アバターでは、生存率が未知数だ。
3. 拠点強化とエリア把握:現在の拠点を強化し、墓所の周辺エリアを慎重に探索。クラフトや熟練度を上げつつ、敵の動向やエピソードのトリガーを確認する。リスクは低いが、時間がかかり、「星降る夜」イベントまでの準備が遅れる可能性がある。
(どの選択も一長一短だ。だが、このゲームは停滞を許さない)
TŌRMAは骨の顎を軽く動かし、墓地の霧を見つめる。遠くの空に、星々が瞬き始めている。「星降る夜」まであと2日。公式イベントが迫る中、時間を無駄にはできない。だが、焦りは禁物だ。彼は一瞬、白仮面の少女の言葉を思い出す。
「汝の選択は、確かに“汝”らしい」
(あの少女……契約を拒んだことで敵対はしなかったが、完全に味方でもない。彼女の意図は、このダンジョンの深部に繋がっているかもしれない)
TŌRMAは決断する。ダンジョン奥地への探索だ。拠点は最低限の機能を果たしており、骨鎌で戦闘の対応力も上がった。今、墓所の秘密に迫るのが、ゲームの核心に近づく最短ルートだと直感が告げる。だが、慎重さも忘れない。
彼はまず、壊れた黒曜の欠片を祭壇で再解析し、情報を引き出すことにした。
TŌRMAは祭壇の中心に近づき、ひび割れた黒曜の欠片を置く。星の光を閉じ込めたようなその素材は、壊れた今も微かに脈打つような輝きを放っている。
彼は《骨律操作》を応用し、祭壇の白骨の一部を細かく変形させ、欠片を包むように配置。《終焉同調》を意識的に発動させ、欠片の内に眠る“記憶”にアクセスを試みる。
《解析開始:黒曜の欠片(破損)》
《必要素材:怨霊の残滓 ×1、墓所の記憶の断片 ×1》
《判定:ダイスロール(D20)/成功値:14以上》
TŌRMAは仮想のダイスを振る。墓地の静寂の中で、ダイスが回転し、結果が表示される。
《ダイスロール結果:16(成功)》
祭壇の光が強まり、黒曜の欠片が一瞬、浮かび上がる。ひび割れた表面から、黒い霧が漏れ出し、TŌRMAの骨にまとわりつく。
《終焉同調》が強く反応し、断片的な映像が彼の意識に流れ込む。
それは、星々の間を漂う無数の影。形を持たず、意志だけが蠢く存在たち。映像の中心には、黒曜の使者が浮かんでいた。その核――黒い光の中心に、ぼんやりとした炎のような輝きが見える。まるで、拝火教の聖なる火を思わせる気配。だが、その炎は冷たく、生命を拒絶するような異質なものだった。
(拝火教……? いや、クトゥルフ的な外宇宙の存在と混ざり合った何かだ。このゲーム、単なる神話の寄せ集めじゃない)
映像はそこで途切れ、黒曜の欠片が再び沈黙する。だが、解析の成果はUIパネルに表示される。
《解析完了:黒曜の欠片(破損)》
《獲得情報:黒曜の使者は、墓所の深部に潜む“星の使者”と関連。特定のエピソードで使用可能なキーアイテムとして修復可能。》
《追加効果:《墓碑の共鳴》の断片が活性化。習得条件の一部を満たしました。》
《熟練値上昇:《終焉同調》+0.2%》
(修復可能……つまり、この欠片はまだ生きている。墓所の深部で何かを見つければ、再利用できるかもしれない)
TŌRMAは欠片をインベントリに戻し、骨鎌を握り直す。墓所の深部へ進む決意を固め、霧の奥へと足を踏み出す。