第6話 クラフト
TŌRMAは墓地の静寂の中で、骨の指を軽く動かして“黒曜の欠片”を眺める。
星の光を閉じ込めたようなその素材は、握る感触こそないものの、意識に直接響くような不思議な重みがあった。《終焉同調》が微かに反応し、欠片の内に秘められた“何か”の断片が、まるで囁くように彼の骨を震わせる。
(この素材……ただのイベントトリガーじゃない。もっと深い意味があるかもしれない)
だが、今は立ち止まって考える時間ではない。白仮面の少女の気配は消えたものの、《霊的吸引》のデメリットにより、墓地の霧の奥から新たな敵性存在の気配が漂い始めている。《忘却の墓所》は、TŌRMAにとって休息を許さない場所だ。
(このゲームの難易度。闇雲に進むのは危険だ。まずは拠点を確保し、装備を整える)
職業病としての思考が、一定の方向を指し示す。このゲームのシステムは、熟練度と経験に依存する。レベルが存在しない以上、戦闘を繰り返すだけでは効率が悪い。TŌRMAはUIパネルを開き、インベントリを確認する。
インベントリ:
• レイスの残滓 ×2(素材)
• 墓碑の欠片 ×1(素材)
• 怨霊の残滓 ×1(素材)
• 墓守の鎌片 ×1(素材)
• 黒曜の欠片 ×1(レア素材)
• 墓所の記憶の断片 ×1(イベントトリガーアイテム)
(素材は揃いつつある。クラフトシステムがあれば、これらを活かせるはず)
TŌRMAは墓地の中心に目を向ける。先の戦闘で展開した《名無き祭壇》の残滓が、微かに光を放ちながら地面に沈んでいる。あの祭壇は、異界空間を生成するだけでなく、特定の条件下で“拠点”としての機能を持つ可能性がある。システムの説明文に、「自己拠点化も可能」とあったのを思い出す。
(試してみる価値はある)
TŌRMAは祭壇の残滓に近づき、骨の手をかざす。
《骨律操作》を応用し、祭壇の周囲に散らばる墓碑の欠片を集め、簡素な構造物として再構成を試みる。肋骨の一部を犠牲にし、骨を溶かすように変形させて接着剤代わりにする。UIパネルが反応し、新たな通知が表示される。
《クラフト開始:簡易拠点(墓所の祭壇)》 《必要素材:墓碑の欠片 ×1、レイスの残滓 ×1、任意の骨素材》 《判定:ダイスロール(D20)/成功値:10以上》
TŌRMAは仮想のダイスを振る。意識の中でダイスが回転し、結果が表示される。
《ダイスロール結果:14(成功)》
墓地の地面が震え、祭壇の周囲に白骨と石が絡み合うように組み上がる。簡素ながらも、円形の防壁と中央に小さな祭壇が形成された。霧がその周囲を避けるように薄れ、拠点エリアが安定する。
《簡易拠点:墓所の祭壇 構築完了》 《効果:拠点内では敵性存在の接近頻度が低下。休息による精神負荷の回復速度+10%。クラフト成功率+5%。》 《追加効果:《霊的吸引》の影響が拠点内では60%軽減。》
(これで一時的に安全は確保できた。次は武装の強化だ)
TŌRMAはインベントリから“墓守の鎌片”を取り出す。墓守の残影からドロップしたこの素材は、物理攻撃に適した武器のクラフトに使える可能性が高い。
彼は祭壇の上で、骨の手を動かし、《骨律操作》を駆使して鎌片を加工する。鎌の刃先を自分の右腕の骨と融合させ、武器としての機能を付与する構想だ。
《クラフト開始:骨鎌》
《必要素材:墓守の鎌片 ×1、レイスの残滓 ×1、任意の骨素材》
《判定:ダイスロール(D20)/成功値:12以上》
再びダイスを振る。結果は――
《ダイスロール結果:17(成功)》
鎌片が白い光を放ち、TŌRMAの右腕の骨と融合。肋骨の一部が溶けるように変形し、鎌の柄を形成する。完成した骨鎌は、先端が不気味に輝き、墓地の霧を切り裂くような鋭さを持つ。
《クラフト完了:骨鎌》
《効果:近接攻撃力+15%。死霊系存在へのダメージ+10%。》
《追加効果:《終焉同調》発動時、墓守の残影の記憶断片を吸収し、攻撃精度+5%。》
《熟練値上昇:《骨律操作》+0.3%》
TŌRMAは骨鎌を軽く振り、刃の感触――いや、感触はないが、動きの軽さを確認する。《五感欠損》のデメリットが、武器の扱いに微妙な違和感を与えるが、熟練度を上げれば克服できるはずだ。
(これで戦闘の選択肢が増えた。だが、素材はまだ残っている。もう一つ、何か作れるか?)
インベントリに残る“黒曜の欠片”が気になる。レア素材だけに、クラフトの難易度は高いだろう。だが、《名無き祭壇》のクラフト成功率ボーナスを活かせば、試す価値はある。TŌRMAは祭壇に欠片を置き、意識を集中する。
《クラフト開始:黒曜の護符(仮称)》
《必要素材:黒曜の欠片 ×1、怨霊の残滓 ×1、墓所の記憶の断片 ×1》
《判定:ダイスロール(D20)/成功値:16以上》
(成功値が高い……だが、ここでリスクを冒さなければ、このゲームの更なるコンテンツには辿り着けない)
TŌRMAはダイスを振る。仮想のダイスが回転し、墓地の静寂の中で結果が表示される。
《ダイスロール結果:15(失敗)》
瞬間、祭壇の光が揺らぎ、黒曜の欠片が不気味な音を立ててひび割れる。《呪詛:存在浸蝕》が発動し、TŌRMAの意識に鋭い痛みが走る。
《警告:クラフト失敗。存在浸蝕により、熟練値-0.05%。黒曜の欠片が破損(使用不可)。》
(くそっ……欲をかきすぎたか)
TŌRMAは骨の手を握り、失敗の苦さを噛み締める。黒曜の欠片は貴重な素材だっただけに、喪失感は大きい。だが、拠点と骨鎌を確保したことで、当面の生存率は上がった。ここで一区切りつけ、次の行動を計画するべきだ。
(このゲームのペースは速い。そろそろログアウトして、情報を整理するか)
TŌRMAはUIパネルを開き、ログアウトオプションを選択。だが、その前に、拠点の祭壇に《名無き祭壇》の残滓を重ね、簡易的な“セーブポイント”として設定する。これで、次回ログイン時に同じ場所から再開できるはずだ。
《セーブポイント設定:墓所の祭壇》
《次回ログイン時、この地点から再開可能です。》
TŌRMAは骨の顎を軽く動かし、墓地の霧を見つめる。遠くの空に、星々が瞬き始めている。「星降る夜」まであと3日。このイベントが、ゲームの核心に近づく鍵になるかもしれない。
「ログアウト」
意識が沈む。墓地の闇が溶けるように消え、TŌRMA――綾城透真の視界が現実に引き戻される。
【夜、自宅マンション】
フルダイブ装置“Nox Terminal”のヘッドギアを外すと、静かな部屋の空気が透真の肌に触れる。時計は午後11時を少し過ぎている。プレイ時間は実時間の3倍速で進行するこのゲームでは、墓地での数時間が、現実では数十分に圧縮されていた。
透真はソファに深く身を沈め、ミネラルウォーターを一口飲む。冷蔵庫の低いうなり音と、窓の外を走る車の音が、ゲーム内の墓地の静寂と対照的だ。
(あのゲーム……システムの奥行きが異常だ。設計思想が、まるでプレイヤーの心理を直接読み取るように組み立てられている)
彼はスマートグラスを手に取り、公式掲示板を開く。スレッドは、すでに数千の書き込みで賑わっている。ダンジョン勢の悲鳴、街スタート勢のほのぼのエピソード、そして「星降る夜」への期待感――プレイヤーたちの声が、まるでゲーム世界そのものを映し出す鏡のようだ。
(白仮面の少女や黒曜の使者……あれらは単なるNPCじゃない。ゲームの“何か”が、俺の選択に反応している)
透真の指が、掲示板の書き込みをスクロールする。
(このゲームは、俺の“意味”を試している?だが、俺も負けるつもりはない)
透真はグラスを置き、ベッドに横になる。満月がカーテンの隙間から覗き、部屋に淡い光を投げかける。意識が眠りに落ちる直前、彼の脳裏に、白仮面の少女の声が微かに響いた。
「夜はまだ終わらぬ、墓所の新生児……」