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Outer Gods Online-多元侵話生存録-  作者: 無我
第一章 VRMMORPG
3/20

第2話 ダンジョン

闇が、まるで生きているかのように蠢いていた。


綾城透真――否、TŌRMAとして目覚めた彼の意識は、冷たく湿った空気に包まれていた。足元には砕けた石と灰色の土。視界の端には、朽ちかけた墓碑が無数に並び、霧に半ば呑まれている。そこは墓地とも廃墟ともつかぬ場所――彼の“始まり”のダンジョン。


《システム通知:初期エリア「忘却の墓所オブリビオン・ネクロポリス」へようこそ》


音のない声が、頭蓋の内側で直接響く。だが、TŌRMAには頭蓋すら存在しない。全身が白骨だけで構成されたアバターは、肉も血も、五臓六腑も持たず、ただ“骨の記憶”だけが微かに脈打つ。彼が動くたび、骨同士が擦れ合う乾いた音が、周囲の静寂をわずかに掻き乱した。


(……これが、俺の選んだ姿か)


視界を巡らせると、指の一本一本が白く輝く骨でできている。肋骨はむき出しで、心臓の代わりに虚無がそこにある。だが、不思議と“軽さ”を感じていた。肉体という重荷から解き放たれたような、奇妙な自由。


《初期チュートリアル:基本操作を学習しますか? YES/NO》


「NO」


即座に拒否する。システムの親切な提案は、透真にとって無用の長物だった。情報戦略室で培った思考の癖が、ここでも生きている。まずは自分で“世界”を把握する。それが彼の流儀だ。

視界の右上に、半透明のUIパネルが浮かぶ。そこには簡略化されたステータスと、選択したデメリット・メリットの一覧が並んでいる。


(五感欠損……触覚も味覚もない。だが、視覚と聴覚は残っている。それに、“知覚共有”のせいで他者の感覚が流れ込んでくる可能性があるか)


試しに、骨の手を握り締めてみる。だが、感触はない。ただ、骨が擦れる微かな振動が、意識に響くだけだ。

突然、遠くから低い唸り声が聞こえた。霧の奥、墓碑の間を縫うように、何かが動いている。TŌRMAの視線がそちらに向くと、システムが即座に反応した。


《敵性存在検知:低級死霊レイス・フレイメント/推定脅威度:D》


(初戦から物理攻撃の効果が怪しい死霊か。……このダンジョン、嫌な趣味してるな)


その時、霧の奥から現れたのは、半透明の影のような存在だった。レイス・フレイメント。ぼろぼろの布をまとった幽霊めいた姿で、目に見える実体はほとんどない。だが、その空洞のような眼窩から放たれる敵意は、TŌRMAの骨に直接響く。


《警告:霊的吸引の影響により、敵性存在があなたに引き寄せられています》


(……なるほど。デメリットが早速牙を剥いてきたか)


TŌRMAの骨の手が、僅かに震えるように動いた。

肉体を持たない彼のアバターは、感覚の代わりに“意志”で動く。


レイス・フレイメントの敵意が、まるで冷たい霧のように彼の骨を撫でる感覚があった――いや、それは《知覚共有》による他者の感覚の流入かもしれない。TŌRMAは一瞬、意識を研ぎ澄ませ、敵の挙動を観察する。


(実体がないなら、物理攻撃は効果が薄い。だが、このアバターなら……)


彼は《骨律操作》を思い出す。骨を想念で変形させ、武器や器官を形成するスキル。まだ未熟な状態だが、戦闘の初手として試す価値はある。


「やってみるか」


TŌRMAは右腕を前に突き出し、意識を集中させる。肋骨の一本が軋む音と共に外れ、空中で溶けるように変形。白骨の先端が鋭く尖り、短剣のような形状に再構成された。だが、変形は未熟で、刃の輪郭はわずかに歪んでいる。


《骨律操作:武器生成(熟練値+0.12%)/安定性:67%》


(安定性が低い……初戦で失敗は避けたいが、試すしかない)


レイス・フレイメントが低く唸り、霧の中を滑るように接近してくる。その動きは不規則で、まるで空間そのものを歪ませるかのようだ。TŌRMAは一歩後退し、骨の足裏が墓土を踏む乾いた音を立てる。


(動きが速いわけじゃない。だが、予測不能だ。……まず、間合いを詰める)


TŌRMAは骨の足を踏み出し、墓碑の間を縫うように移動。レイス・フレイメントが反応し、まるで引き寄せられるように彼に向かって滑り寄る。《霊的吸引》のデメリットが、敵を意図せず引きつける。


(物理攻撃は効果が薄いなら、別のアプローチを試すしかない。《骨律操作》で何か仕掛けられるか?)


彼は意識を右腕の短剣に集中。

骨が軋む音と共に、短剣の刃先がさらに鋭く、槍のように伸びる。だが、変形の精度はまだ低く、刃の輪郭が一瞬ぶれる。


《骨律操作:武器生成(熟練値+0.18%)/安定性:64%》


(安定性が下がった……だが、試す価値はある)


レイス・フレイメントが低く唸り、突然加速。霧を裂くようにTŮRMAに迫る。その動きに合わせ、TŌRMAは槍状の骨を振り上げる。刃先がレイスの半透明な体を掠めるが、物理的な抵抗はほとんど感じない。代わりに、刃が通過した部分から黒い霧のようなものが漏れ出し、TŌRMAの骨にまとわりつく。


《終焉同調:死者の残滓を検知。断片情報取得中……》


(これは……!)


TŌRMAの意識に、レイスの“記憶”が断片的に流れ込む。断末魔の叫び、かつての生者の恐怖、墓地に縛られた怨念――それらが一瞬、彼の視界を揺らす。


《知覚共有》が、レイスの感情を増幅して伝えてくる。だが、TŌRMAは動じない。普段感情を押し殺す彼の性格が、ここでは逆に強みとなる。


(感情は情報だ。利用する)


彼は《骨律操作》をさらに推し進める。左手の骨を解体し、肋骨の一部を組み合わせ、即席の“骨の鎖”を生成。鎖は不格好だが、レイスの動きを封じるには十分だ。


TŌRMAは鎖を投げ、レイスの半透明な体に絡ませる。鎖が霧に触れると、まるで吸い込むようにレイスの動きが鈍る。


《骨律操作:拘束具生成(熟練値+0.25%)/安定性:59%》


(効いた! だが、このままでは時間稼ぎにしかならない)


レイスが鎖を引きちぎろうと暴れる中、TŌRMAは次の行動を模索。視界の端で、UIパネルが新たな通知を表示する。


《名無き祭壇:発動可能。使用しますか? YES/NO》


(祭壇……儀式イベントを誘発するスキル。リスクは高いが、初戦で流れを変えるにはこれしかない)


TŌRMAは即座に「YES」を選択。瞬間、彼の周囲の墓土が震え、骨の手から黒い霧が溢れ出す。霧は墓碑を包み込み、墓地全体に不気味な静寂が広がる。地面から白い光が漏れ、簡素な“祭壇”が浮かび上がる。祭壇の中心には、TŌRMAの骨から剥がれた小さな欠片が浮かんでいる。


《名無き祭壇:展開完了。異界空間生成中……》


墓地の空気が一変。霧が濃くなり、レイス・フレイメントの動きがさらに不安定になる。祭壇の影響で、レイスの半透明な体が実体化し始め、黒い霧が凝固するように輪郭を形成する。


(実体化した……! 今だ!)


TŌRMAは骨の槍を振り下ろす。刃先がレイスの胸部を貫き、黒い霧が爆ぜるように散る。レイスが断末魔の叫びを上げ、墓地に響き渡る。その瞬間、TŌRMAの意識に新たな情報が流れ込む。


《終焉同調:レイス・フレイメントの断片情報取得。熟練値+0.3%》


レイスの体が霧となって消滅し、墓地に静寂が戻る。TŌRMAの骨の手が、わずかに震える。戦闘の緊張が、肉体を持たない彼にも微かな影響を与えていた。


RESULT

《戦闘終了:勝利》

• 敵性存在:レイス・フレイメント(低級死霊)

• 脅威度:D

• 戦闘時間:3分42秒

• ダメージを受けた:なし(HP影響なし)

• 熟練値上昇:

• 《骨律操作》:+0.43%(武器生成+0.18%、拘束具生成+0.25%)

• 《終焉同調》:+0.3%

• 《名無き祭壇》:+0.2%(初回使用ボーナス)

• ドロップアイテム:

• レイスの残滓(素材):低級死霊の魂の欠片。クラフトや儀式に使用可能。

• 墓碑の欠片(素材):忘却の墓所の石片。特定のイベントで使用可能。

• システム通知: 《霊的吸引の影響により、戦闘中に敵性存在の接近頻度が上昇しました》 《知覚共有により、敵の感情情報が流入。一時的な精神負荷が発生しましたが、制限:情動抑制により行動不能は回避されました》


TŪRMAは戦闘の結果をUIパネルで確認し、骨の手を軽く振る。生成した鎖と槍が崩れ、元の骨に戻る。熟練値の上昇は微々たるものだが、初戦での手応えは悪くない。

(システムの反応速度、スキルの応用性……このゲーム、思った以上に奥深い)


戦闘の余韻が残る中、墓地の霧が突然渦を巻く。空気が重くなり、TŌRMAの骨の奥で《終焉同調》が微かに反応。視界の端で、UIパネルが新たな通知を表示する。


《エピソード開始:『降臨する影』》


《概要:忘却の墓所に、未知の存在が降り立つ。彼女は敵か、味方か? その意図は、貴方の選択に委ねられる。》


《判定:ダイスロール(D20)が必要です。成功値:12以上》


TŌRMAの意識が一瞬緊張する。ダイスロール――このゲームの核心的な運要素だ。システムが提示する“運命の分岐”を決定する瞬間。彼はUIパネルのダイスアイコンに意識を集中させ、仮想のダイスを振る。


《ダイスロール結果:16(成功)》


瞬間、墓地の中央に光が収束し、霧が裂ける。そこからゆっくりと降り立つのは、一人の少女――いや、少女の“形”をした何かだった。


彼女は黒いドレスをまとい、顔は白い仮面で覆われている。仮面には目や口の表現がなく、ただ滑らかな白さが不気味に輝く。長い黒髪が霧に溶けるように揺れ、彼女の周囲には微かな光の粒子が漂っている。身長は150cmほどで、華奢な体躯だが、存在感は圧倒的だ。


《存在確認:不明(仮称:白仮面の少女)》


《ステータス:NPC/MOB区分不明/敵対判定:保留》


彼女は無言でTŌRMAを見つめる。仮面の奥から、視線とも感情ともつかない“何か”が彼の骨に響く。《知覚共有》が再び発動し、少女の感情――いや、感情に似た“波動”が流れ込む。それは、好奇心と、どこか冷ややかな観察の混在だった。


「汝は……墓所の新生児か」


彼女の声は、まるで風が墓碑を撫でるような、かすれた響き。TŌRMAは一瞬、言葉を返すか迷う。《制限:情動抑制》が働いているため、感情的な反応は抑えられているが、理性は彼女の存在に警戒を強める。


(NPCか、MOBか……。このタイミングで現れるなら、エピソードの鍵を握る存在だ)


「TŌRMAだ。……お前は誰だ?」


骨の顎が動く。声は低く、まるで洞窟の反響のような不気味な響きを持つ。少女は仮面を傾け、まるで笑ったかのように首を振る。


「名はまだ、与えられていない。だが、汝がここにいるなら……“契約”の資格はある」


《システム通知:白仮面の少女が“契約”を提案しています。選択肢を選んでください。


• A:契約を受け入れる(未知のメリットとリスクが発生)

• B:契約を拒否する(エピソード進行が変化、敵対の可能性)

• C:詳細を尋ねる(追加のダイスロールが必要。成功で情報開示、失敗でペナルティ)


TŌRMAは少女の仮面を見つめ、選択肢を吟味する。

彼女の意図は不明だが、このゲームの設計思想からすれば、単なるNPCではない可能性が高い。契約は魅力的だが、リスクも計り知れない。だが、情報不足のまま進むのは彼の流儀に反する。


「詳細を教えてくれ。契約とは何か?」


TŌRMAはCを選択。UIパネルが再びダイスロールを要求する。


《判定:ダイスロール(D20)/成功値:14以上》


TŌRMAは再びダイスを振る。意識の中で、仮想のダイスが回転し、結果が表示される。


《ダイスロール結果:18(成功)》


少女の仮面がわずかに動き、まるで満足げに頷いたかのようだ。


「賢明な選択だ、墓所の新生児。契約とは……この墓所の“記憶”と汝の“存在”を結ぶもの。汝の骨は、すでに死者の声を聞いている。私の声を聞く資格もある」


彼女は一歩近づき、仮面の奥から放たれる波動が強まる。《知覚共有》を通じて、TŌRMAは彼女の“記憶”の断片を垣間見る。無数の墓碑、果てしない闇、そして――星々の間を漂う“何か”。それは、まるでこの世界そのものを生み出した存在の片鱗のようだった。


「契約を結べば、汝は私の“使者”となる。墓所の声を伝え、忘却の彼方から力を引き出す。だが、代償として……汝の“意味”の一部を、私に預ける」


《システム通知:契約の内容が開示されました》

• メリット:墓所の記憶から特殊スキル《墓碑の共鳴》を習得可能。エピソード進行で上位存在との接触確率+15%。

• デメリット:呪詛:存在浸蝕の効果が強化され、自己の存在情報が失われる頻度が上昇。

• 追加情報:白仮面の少女は、この墓所の“管理者”に近い存在。敵対した場合、墓所全体が敵対環境に変化する可能性。


TŌRMAは一瞬、沈黙する。契約は強力な力を約束するが、代償もなかなか重い。彼の“意味”を求める旅が、すでにこの選択に集約されている気がした。


彼は骨の手を握り、少女の仮面を見つめる。次の選択が、この墓所での運命を決めるだろう。


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