第23話 強化と森の探索
忘却の墓所――それは、TŌRMAの拠点として機能する、薄暗く湿った地下迷宮の深部だった。
苔むした石壁が無言の歴史を語り、微かな霊気の流れが空気を重く淀ませている。
ここは、ゲーム開始時に彼が選んだデメリットの産物として生成されたダンジョン。
全身を骨格のみで構成したアバターの性質上、五感の欠損がもたらす無感覚さが、逆にこの場所を居心地の良いものにしていた。
触覚も味覚もない。痛みを感じず、飢えを知らず。
ただ、存在の浸蝕が時折、彼の熟練値を削るリスクを抱えながら。
TŌRMAは、ゆっくりと骨の足を運び、石室の中枢へと進んだ。中央に据えられた粗末な石の祭壇が、彼の視界に映る。
そこは、生産作業の場。
祈りや呪いの儀式を通じて、素材を加工し、装備や使い魔を強化する場所だ。
今回の探索で得た素材「星明かりの骨片」と「魂喰らいの翅」を、インベントリから取り出す。
光を宿した骨片は、微かに輝きを放ち、翅は黒くねじれた影のように蠢いていた。
「まずは、タナティエルの強化か……」
TŌRMAは独り言ちる。
骨の天使タナティエル。
それは、彼の使い魔として生み出された半幽体の存在。
自意識はなく、偵察や霊気の弾を撃つ牽制役として機能する。
だが、今のままでは力不足だ。イベントボスである星骸の使徒が迫る中、強化が必要だった。
祭壇の上に、タナティエルを召喚する。
淡い光の粒子が集まり、翼の生えた骨格の天使が現れる。
TŌRMAは素材を乗せ、手を翳した。
《骨律操作》のスキルを発動させ、二つの素材をタナティエルに繋ぐ。
「ボスの素材なんだから相応の強化は見込めるはずだ。星の力を宿す骨よ、魂を貪る翅よ。タナティエルに新たな力を」
祈りの言葉を呟きながら、儀式を始める。
《終焉同調》の影響で、周囲の死の記憶が流れ込み強化を助ける。星明かりの骨片が溶け込み、タナティエルの骨格に輝きを加え、魂喰らいの翅が翼を歪ませ黒く染める。
混合された素材が、冒涜的な歪みを帯びる。
《名無き祭壇》を発動。空間が歪み、異界の空気が満ちる。補正が掛かり、強化の成功率が上がる。
《判定:ダイスロール(D20)/10以上》
《結果:16(成功)》
成功の通知が脳裏に響く。
タナティエルが輝きを増し、翼がより鋭く、幽体が安定する。
霊気の弾の威力が増し、偵察範囲も広がった。
「次は……対になる悪魔型か」
TŌRMAは考える。
骨の天使に対して、悪魔。
イメージするなら北欧神話あたりだろうか。
ロキの狡猾さや、フェンリルの獰猛さ。だが、独自にアレンジする。名前は……ロキの変身性を思わせる何か。
いや、もっと深淵に寄せて。ヨルムンガンドの蛇のような、だが悪魔型だ。
「名前は……ヴァルガンド。ヴァルハラの堕ちし者、みたいな響きで」
構想を固める。天使と悪魔の対。
タナティエルが星の光と索敵支援を目的とした使い魔なら、ヴァルガンドは太陽の影と肉体の破壊者。
素材は、今まで倒してきたモンスターの魂を呼び水に。先の探索で得た「深淵の喚び声の書」を悪魔の核として使う。
祭壇に書を置き、周囲にモンスターの魂が集うように呪いを込める。
ダンジョンで倒した者たちの残滓。終焉同調が、それらを呼び寄せる。
「来い……深淵の住人よ」
呟き、儀式を開始。
書が輝き、魂が渦を巻く。
黒い霧が立ち上り、悪魔の形が現れ始める。
獅子のような貌に角が生え、蝙蝠の翼が広がり、獣のような体躯。
《判定:ダイスロール(D20)/15以上(暴走制御)》
《結果:11(失敗)》
だが、突然暴走の兆し。
霧が膨張し、TŌRMAの骨体を侵食しようとする。
情動抑制のデメリットが発動し、感情の閾値を超え、一時的に行動不能に陥りかける。
「くそっ!……制御を失うか!」
霧が暴れ、祭壇が揺れる。
ヴァルガンドの形が崩れ、咆哮が響く。だが、TŌRMAは諦めない。
霧を抑え込もうと祈りを込める。
知覚共有のデメリットが、悪魔の絶叫を流入させるが、それを逆手に取り、制御の糧とする。
「もう一度……!」
再度、儀式を集中。霊的吸引が死者の力を引き寄せ、補強。
《判定:ダイスロール(D20)/12以上(再制御)》
《結果:18(成功)》
成功。霧が収まり、ヴァルガンドが完成する。
黒い鱗の体、赤い瞳の悪魔。タナティエルと対になり、肉体的な攻撃と影の操作が可能。
やはり自意識はなく、命令に従うのみの使い魔。
「これで、使い魔の連携の幅が広がる。後は盾と移動に役立つ使い魔を作りたいが、もうボスの素材は使い果たしたからな」
次は、自身の武器。
初期装備のボーンナイフと骨剣は、元々真似合わせの仮のものだった。本格的なものを選定。
使い魔との親和性、スキルとの連携を考える。
骨律操作で骨を武器化できるので、変形可能なもの。鞭や鎖剣のような、柔軟性のある武器。
「骨鞭……いや、骨鎖剣。鎖のように繋がった骨の刃」
素材は、余った骨材と、余った魂の欠片。祭壇に置き、祈る。名無き祭壇を起動し補正強化をかけて、歪んだ力を加える。
《判定:ダイスロール(D20)/13以上》
《結果:15(成功)》
完成。骨鎖剣「エクソシズム・チェイン」。
伸縮自在、霊的存在を絡め取る追加効果が付いた。
使い魔と連携で、タナティエルが牽制し、ヴァルガンドが突撃、自身が鎖で拘束。
次の強化方針として受肉を意識する。
全身骨格のままではやはり物足りないとも感じるし、強力なモンスターの臓器や肉があればアバターの強化になるだろう目算もある。
肉体を纏うためのエピソードを探す為、拠点から別エリアへ向かう指針を決める。
「星降る夜のイベントアイテムを集めつつ探索と強化を更に進めないとな」
TŌRMAは、タナティエルとヴァルガンドを従え、忘却の墓所の石櫃を後にした。
外の世界へ。
TŌRMAは、忘却の墓所の出口へと骨の足を進めた。
石の扉が軋む音を立てて開き、外界の空気が流れ込む。
湿った土の匂い――いや、彼には味覚も嗅覚もないはずだった。だが、《霊的吸引》の汚染が、死者の残滓を通じて微かな感覚を擬似的に与えてくる。墓所の外は、予想外の風景が広がっていた。
森だった。
鬱蒼とした古木が立ち並び、葉ずれの音が風に運ばれる。陽光が木々の隙間から差し込み、地面に斑模様を描く。
遠くで鳥のさえずりが聞こえ、川のせせらぎが混じる。
このダンジョンは、開始時に生成された墓所タイプだったはずだが、外界に繋がる出口はランダムなのか、それとも彼のデメリットが引き寄せたものか。
いずれにせよ、ここは自然の領域。死の気配が薄く、代わりに生命の脈動が満ちている。
「森か……。自然エリア。素材探索には適しているが、俺のスキルとの相性は微妙だな」
TŌRMAは呟き、タナティエルとヴァルガンドを傍らに配置した。
タナティエルは淡い光を放ち、周囲を偵察。ヴァルガンドは黒い影のように低く唸り、警戒態勢を取る。
自身の骨鎖剣「エクソシズム・チェイン」を腰に巻き付け、ゆっくりと森の奥へ進む。
まずは、星降る夜の予兆エピソードを探す。星骸の衝突まで一週間。イベントポイントである星の欠片を稼ぐエピソードがPOPしやすくなっているはずだ。
それをクリアすれば、ポイントを稼ぎ、星骸の落下を防ぐための貢献度が上がる。
失敗すれば全エリア壊滅。過剰成功しても、次フェーズのボスが強化されるというバランスの取れた設計。ゲームのコンセプト通り、メリットとデメリットの狭間で生き抜く。
森の道なき道を進む中、微かな異常を感じ取った。《終焉同調》が、死の記憶を呼び寄せる。いや、ここは自然の森。死ではなく、生命の循環か。木々の根元に、倒れた獣の骸が見える。古いものだ。接近し、骨律操作で骨を吸収する。
「これで、熟練値が少しでも上がるはず」
骸から剣を生成。試しに振ってみる。軽く、鋭い。満足げにインベントリへしまう。
さらに進むと、森の空気が変わる。木々が密集し、陽光がさえぎられる。暗闇が深まる中、タナティエルが警戒の光を強める。ヴァルガンドが低く唸る。
突然、茂みから影が飛び出した。
小型のモンスター、森の精霊のようなものか。緑色の体躯に棘が生え、牙を剥く。丸っこい小型のモンスターだ。
レベル制のないこのゲームでは、パラメーターから相手の強さは測れない。こいつはどのくらいの強さか一当てする必要がある。
「ヴァルガンド、突撃」
命令一下、ヴァルガンドが黒い霧を纏い、飛びかかる。
爪が敵を切り裂く。タナティエルが霊気の弾を放ち、牽制。TŌRMA自身は骨鎖剣を伸ばし、敵を絡め取る。
戦闘は短時間で終了。
敵の体が崩れ、素材「棘付きの樹皮」をドロップ。
《終焉同調》で、死の記憶が流入。
熟練値を得る。
森をさらに奥へと川辺に出る。
清らかな水が流れ、魚影が見える。
そこで、異変。
川の対岸に、白い外套を纏った女がいた。
優雅な佇まい。顔の上半分は白い外套に隠れた女は柔らかな微笑みを浮かべて佇んでいる。掲示板で噂のNPC、「白外套の淑女」。
自然を連想するエリアに出現する存在。白仮面の少女と同じく敵か味方か不明。交渉次第でメリットを得られるが、失敗すればエリア丸ごと敵化すると言われている。
「これは……チャンスか、リスクか」
TŌRMAは警戒しつつ、接近。ヴァルガンドを待機させ、タナティエルで周囲を監視。
淑女が気づき、視線を向ける。声は柔らかく、木々のささやきのように響く。
「骸の旅人よ。何用か?」




