第22話:霊廟の戦い
神殿の奥、灯りは途絶え、闇の色が濃く沈む。
神殿地下、踏み入れたその霊廟は、天井がガラス張りの天蓋となって星の灯りを振り下ろし、空気は古びた香と腐蝕臭が入り混じっていた。
中央に置かれた棺。
それは時間にすら忘れられたかのように静まり返り、しかし、圧だけは生き物のように脈打ち棺の蓋が軋む。
そこから滲み出る黒霧と共に、形容し難い異形。骨と翅を持ち星明かりを反射する無数の眼窩を携え声なき声で二人の感覚に「死者よ、供物となれ」と訴えかける。
TŌRMAは、その音に反応して即座に身構えた。
棺の蓋がゆっくりとずれ、黒霧が渦を巻いて広がる中から、異形の姿が浮かび上がった。
それは、巨大な蛾のような翅を広げた骨の塊だった。
無数の眼窩が、星明かりを反射してきらめき、まるで夜空の星々が嘲笑うように輝いている。
体長は三メートルを超え、翅の端には鋭い骨棘が並び、胴体部分は腐敗した肉片が絡みついた骸骨でできていた。
名前が視界に浮かぶ。《屍骨螟蛉》。
ダンジョンボス。
死者の魂を喰らう存在。
「これは……強敵そうだな」
TŌRMAは骨剣を一本引き抜き、構える。声は平静を装っているが、内心では警戒を強めていた。
Sariraは、星の蠍を従え、傍らに立つ。
彼女のエメラルド色の瞳が、異形を睨みつける。
「……星の声が、警告しているわ。この存在は、死の渦巻く蟲の残骸……魂を喰らい、永遠の飢えを満たすもの」
圧倒的な死のリアリティは恐怖をダイレクトに伝える。彼女の声は静かだが、微かな震えが混じる。
TŌRMAは彼女を横目で見る。
「Sarira、君の蠍と私の骨の天使で、牽制を。出来れば直接対決は避けたいが……このボスを倒さないことにはこのダンジョンの支配権は奪えない。時間と共に死者の魂を糧に強化されるタイプのようだ。早めに決着をつける」
終焉同調からの死者の情報を伝えるTŌRMAの言葉に、Sariraは頷く。
二人の会話は、ボスの咆哮で中断される。
《屍骨螟蛉》が翅を広げ、黒霧を吐し戦闘が始まる。
声なき声が、再び響く。「死者よ、供物となれ」それは、精神に直接響く波動。TŌRMAの終焉同調が、死の情報を吸収し始める。
TŌRMAは、まず投擲用のボーンナイフを一本取り出し、投げる。
《判定:ダイスロール(D20)/命中判定10以上》
《結果:16(成功)》
ナイフは、異形の翅に突き刺さり、骨片を削る。
だが、ボスは痛みを感じず、反撃に転じる。
翅を振るい、骨棘の雨を降らせる。
「Sarira、蠍を前へ!」
TŌRMAが叫ぶ。
Sariraの星の蠍──ワンボックスカーサイズの巨大な蠍──が、尻尾を振り上げて突進。
両腕の鋏で、ボスの胴体を挟み込もうとする。
《判定:ダイスロール(D20)/攻撃判定12以上》
《結果:11(失敗)》
鋏は空を切り、ボスが身を翻す。
ボスの眼窩が輝き小型の骸骨兵が、五体召喚される。
「くそ、雑魚召喚か」
TŌRMAたちに襲いかかる。
TŌRMAは骨剣を二本構え、一体を斬りつける。
《判定:ダイスロール(D20)/斬撃判定8以上》
《結果:19(成功)》
剣が骸骨を粉砕し、魂の残滓がTŌRMAに吸収される。終焉同調の効果で、疑似経験が得られる。
Sariraは、譲り受けた毒属性のボーンナイフを握り、骸骨兵に投擲。
《判定:ダイスロール(D20)/投擲判定11以上》
《結果:13(成功)》ナイフが命中し、毒が広がる。骸骨兵が苦しみながら溶けていく。
「TŌRMAさん、毒が効いているみたい。死者にも効果がある毒?」
Sariraは、自ら選んだデメリット光の拒絶が、ここでは有利に働き暗闇で身体能力が強化されていることを感じる。
TŌRMAは頷き、骨の天使タナティエルを呼び出す。半幽体の天使は、自意識なく浮遊し、TŌRMAの指示通りに霊素弾を放つ。
《判定:ダイスロール(D20)/射撃判定9以上》
《結果:15(成功)》
弾が残りの骸骨兵を撃ち倒しつつボスの眼窩を一つ潰し、異形が咆哮を上げる。
ボスが反撃。
翅を広げ、黒霧の渦を生成。TŌRMAとSariraを巻き込もうとする。
《判定:ダイスロール(D20)/回避判定13以上》
《結果:10(失敗)》
TŌRMAは霧に触れ、体力が20%減少。
Sariraの星の蠍が、尻尾でボスを刺す。
《判定:ダイスロール(D20)/毒針攻撃14以上》
《結果:17(成功)》
毒が注入され、ボスの動きが鈍る。
「今よ、TŌRMAさん!」
Sariraの叫びに、TŌRMAは骨律操作を発動。自身の腕を巨大な骨槍に再構成。
《判定:ダイスロール(D20)/変形成功15以上》
《結果:18(成功)》
鉄杭にも似た槍がボスの核を貫く。
ボスが崩れ落ちる。残りの死霊も消滅。
勝利の通知が視界に浮かぶ。
【リザルト確認】
• 撃破:屍骨螟蛉
• 獲得アイテム:星の欠片、星明かりの骨片(素材)、魂喰らいの翅(素材)、深淵の喚び声の書(スキル解禁アイテム)
• 熟練値上昇:骨律操作 +15%、終焉同調 +10%
• イベントクリア報酬:名無き祭壇の強化(空間生成時間短縮)
TŌRMAは息を吐く。
いや、息などないアバターだが、精神的な安堵。
「終わったな」
Sariraが近づき、手を差し出す。
「ええ……ありがとう、TŌRMAさん。このダンジョンを、拠点にできるわ」
「ああ、これで俺の拠点化の時の借りを返せたな。イベントの星の欠片も手に入れることができたし」
Sariraの拠点化。
彼女は、自身のシステム画面を操作してダンジョンの支配権を獲得。霊廟を改造。敵POP避けの結界を張る。
これで、安全なセーブポイントとなる。
「ここを、私の拠点に……」
戦いの余韻が、霊廟に残る。
黒霧が薄れ、星明かりが棺の残骸を照らす。
TŌRMAは、武器を収め、Sariraを見る。
彼女のエメラルド色の瞳が、穏やかに輝いている。
「TŌRMAさん……パーティ戦闘楽しかったです。ちょっと怖いところもありましたけど。でも、貴方のお陰で戦い切ることが出来ました」
Sariraは、頰を赤らめるように見える。アバターの表現だが、可愛らしい。
「俺もいい経験をさせてもらったよ。これでお互いにチュートリアルは卒業だな」
「ゲームを勧めた時、こんな出会いがあるとは思わなかった」
「そうだな。縁というのも不思議なものだ。お互い生まれも場所も遠く違うのに、こうして同じ感覚を共有し経験を重ねることができる。フルダイブ型VRMMORPGの価値のひとつか」
星辰の光が、静かに見守る中、二人の物語は続いていく。
現実世界の綾城透真の心に、変化が訪れ始めていた。
朝霧華澄の弁当が、ふと思い浮かぶ。
(あれも想像してなかった奇縁……良くも悪くも縁は結ばれて先に続いていく)
TŌRMAとSariraは、拠点化した霊廟で、少しの間座り込んだ。
アバターの疲労は、現実の体にフィードバックされるわけではないが、精神的な消耗は本物だ。
Sariraは、星の蠍を撫でながら、静かに語り始める。
「このゲーム、始まったばかりなのに、こんなに深い経験が出来るなんて……最初はただただこの世界のリアリティに圧倒されるだけだった」
TŌRMAの骨格が、かすかに動く。笑みのつもりだろう。
「そうだな……あまりにもリアリティがあり過ぎる。ホラー要素は多少デフォルメされている部分はあるが精神にダイレクトに訴えかけてくるこの感覚はゲームなのに現実に近い。まだまだ未体験の経験はこれからだな」
ゲーム世界の広さを思い出す。
まだまだこれからだ。街スタート勢もダンジョンスタート勢も、一人一ダンジョン級の広大さだと言う。それだけでない無人のエリアも数多く用意されているだろう。
公式のイベントが始まりようやっとポイントを獲得した。
イベントもただただポイントを集めれば良いわけではない。
集め過ぎると次のフェーズのボスが強化されるのだ。これだけの難易度を誇るゲームの運営なら全滅エンドもあり得るから油断はできない。とりあえずは半分の10ポイントを得て様子をみよう。幸い公式ページには総合ポイントは表示されるようだしそれを参考にしながらイベントを進めるべきだ。
こうして俺とSariraのパーティ戦闘は無事に一区切りを終えられた。




