第13話 石の街の少女
この物語は話に関わる人々に視点が変わる時もあります。ご容赦ください。主人公はあくまで遠真です。
時系列は綾城 遠真がログインする1日前。
ここで物語の視点は一人の少女に変わります。
マルディンの夕陽は、まるで溶けた金が石の街に流れ込むようだった。
トルコ南東部、平原を見下ろす丘陵に広がるこの古都は、蜂蜜色の石灰岩の家々が階段状に連なり、遠くから見れば古代の要塞そのものだ。
乾いた丘の斜面にしがみつくように築かれた古都。アッシリアの王が夢に見た天文台のように、空と地平の境界に寄り添い、大地を見下ろす。
狭い石畳の路地には、スパイスと革の香りが漂い、モスクのミナレットから響くアザーン(イスラムの礼拝の呼びかけ)が、星空を待つ静かな街に溶け込む。
ラーイラ・アシュ・ナメルは、家族の小さな工房の窓辺で銀細工を刻んでいた。
17歳の彼女は、金褐色の肌に漆黒の長髪、エメラルド色の瞳が輝く少女だ。
彼女の家系は「古き民」と呼ばれ、古代メソポタミアの星の信仰を受け継ぎ、外宇宙の存在と交感する力を持つとされていた。
「また星を見てるの、ラーイラ?」工房の隅で糸を紡ぐ母が笑う。
「いつか星に連れ去られちゃうんじゃない?」
「連れ去られるなら、悪い気はしないわ。」
ラーイラは小さく微笑み、窓の外の夜空を見上げた。彼女の周囲には、微かな呪詠のような音が漂い、まるで星々が囁いているようだった。
工房の壁には、祖母が遺した星図のタペストリーが揺れ、ラーイラの心をいつも夜空へと誘う。
風の通り道となる屋上の石畳に膝をつき、遥か下方に広がる平原と、夜空の帳を眺めていた。
彼女の周囲には、微かな呪詠のような音が響き、まるで星々が囁いているかのようだった。
その夜、マルディンの星は異様なほど明るかった。
空には雲ひとつなく、千年の昔より続く街灯の代わりに、幾千もの星々が煌き、テラスに揺れる彼女の影を縁取る。
その日の午後、工房に届けられた荷物が、彼女の運命を変えた。
送り主は、遠縁の叔父、アフメトだった。
彼はマルディンを離れイスタンブールで考古学者として働く風変わりな男で、ラーイラが幼い頃に「星の物語」を語ってくれた数少ない親戚だ。
荷物の中には、黒曜石のような光沢を持つフルダイブVRヘッドギアと、叔父の走り書きの手紙が入っていた。
「ラーイラ、星に愛されし子よ。これはお前の血が求めるものだ。『Outer Gods Online』――多元の門が開く。お前の求める星々の物語が、そこにある。アフメトより」
「ふふ。叔父さん、相変わらず謎めいたことしか書かないんだから…」
ラーイラは苦笑し、手紙を手に取る。
だが、「多元の門」「星々の物語」という言葉は、祖母の語った伝承と重なり、胸をざわつかせた。
手紙には、VRMMORPG「Outer Gods Online -多元侵話生存録-」のロゴと簡単な説明が添えられていた。
ラーイラは、ゲームという言葉に馴染みがなかった。
マルディンの生活は、伝統と現代が交錯するが、彼女の日常は銀細工と星空に捧げられていた。
だが、「多元の門」「星々の物語」という言葉は、祖母の語った伝承と重なり、彼女の胸をざわつかせた。叔父がなぜこれを送ってきたのか――その答えは、ヘッドギアの向こうにある気がした。
褐色の肌に夜の風を纏い、漆黒の髪を背に、星々の恩寵をその瞳に宿した娘は、静かに立ち上がると、自室の祈祷机に置かれたヘッドセットに手を伸ばした。
「これ、本当に動くの?」
マルディンの電気は不安定だが、ヘッドギアはまるで自ら脈動するように起動した。「…まるで生きてるみたい。」彼女の声は小さく震えた。
とても奇異なその現象にラーイラは気付かない。
ログイン画面は、無数の星々が渦巻く宇宙そのもの。エメラルド色の光が、彼女の瞳を映すように瞬いた。
「これ、全部選べるの…?」アバター作成画面に広がる無数の選択肢に、ラーイラは目を丸くした。
アバター作成画面は、まるで星々の図書館が目の前に広がったかのようだった。人型、獣人、エルフ、ドワーフ、クトゥルフ的な「何か」まで、1万を超える選択肢が並ぶ。
ラーイラは直感に従い、自分自身をベースに「古き星の民」に相応しい姿を選んだ。半透明の身体に星屑のような光が宿り、頭部には銀色の角が揺らめく。
「まるで、私が星になったみたい…きれい。」鏡に映るアバターを見て、ラーイラは呟いた。
動きに合わせて、星雲のようなエフェクトが漂うアバターは、祖母が語った「星の使者」を思わせた。
次に、彼女はデメリットの選択画面に進んだ。
ゲームの説明によれば、デメリットを取れば強力なスキルや成長補正が得られるが、負担も大きい。
「代償、か。星はいつも何かを求めるものね。」
彼女は小さく笑い、思いと直感に頼りつつ3つのデメリットを選んだ
1. 呪詛:星の囁き(精神汚染):外宇宙の存在からの囁きが時折響き、正気度に負荷がかかる。だが、超常的存在との交感能力が飛躍的に向上。
2. 制限:光の拒絶(身体的制限):太陽光や強い光で体力が減少し、夜や暗闇では能力が強化される。
3. 汚染:契約の束縛者(運命の縛り):契約に縛られ、特定のエピソードが強制発生する。一部のNPCに無条件でヘイトを向けられたり好感を持たれたり自由度は減るが、契約関連の報酬に補正がかかる。
アバター名は「サリラ・アル・ナジュム(Sarira al-Najum)」。アラビア語で「星の旅人」を意味し、彼女の出自と星への憧れを反映した名だ。彼女はこの名を、祖母が幼い頃に語った「星を渡る者」の伝承から直感的に選んだ。だが少々長いので「サリラ(Sarisra)」と改変する。
これにより、彼女のスタート地点はダンジョン(中難易度)に決定。
ログインが完了すると、彼女は果てしない砂漠にそびえる、星の光だけが照らす古代神殿跡に立っていた。
空には、まるでマルディンの夜空をそのまま持ち込んだような星々が瞬き、遠くで風が砂を巻き上げる音が響く。
ダンジョン:星屑の神殿(Temple of Stardust)
彼女のアバターの周囲には、微かな呪詠が漂い、ゲームの世界が彼女の血に呼応しているかのようだった。
ラーイラ、あるいはSariraとして、彼女は「星屑の神殿」の入口に立っていた。
風化した石柱が無数に並ぶ広大な遺跡が広がり、砂漠の夜風が柱の間を縫うように吹き抜ける。
まるで古代の歌を囁くような音が響く。
空にはマルディンの夜空を凌駕する星々が輝き、彼女のアバターの半透明な身体に映り込む。
星屑のような光が揺らめき、銀色の角が微かに振動するたび、音階のような音が響いた。
「これが…ゲーム?」
彼女は呟き、指先で自分のアバターの腕を撫でた。
半透明の肌は冷たく、触れると波紋のような光が広がる。
現実のマルディンでは感じられない異質な感覚だが、祖母の星図や夜空を見上げたときに感じた「何か」に似ていた。
神殿の奥へ進むと、地面に複雑な幾何学模様が刻まれ、中心には巨大な円形の石盤が埋まっていた。石盤の星座のような図形が、彼女が近づくと淡く光り始めた。
インターフェースが視界の端に現れ、メッセージが浮かぶ。インターフェースのメッセージは、冷たくも荘厳な音声とともにラーイラの視界に浮かんだ。
≪エピソード:星の目覚め≫
≪星屑の神殿の深奥に眠る『最初の鍵』を手にせよ。だが、星の意志は試練を求める。汝の血と魂を星に捧げる覚悟はあるか?≫
ラーイラ、いや、Sarisraとして神殿の中心に立つ彼女は、メッセージを読み終えると小さく息を吐いた。
「試練、か。この世界がそれを求めているなら応えてみせるわ。」
彼女の声は静かだが、どこか確固たる意志が宿っていた。マルディンの夜空の下で育った彼女にとって、星はただの光ではない。
祖母が語った「古き民」の伝承では、星は意志を持ち、時に囁き、時に導き、時に試す存在だった。
このゲームの世界が、彼女の血に呼応しているかのように感じられた。
Sarisraは石盤の光に導かれるように神殿の奥へと足を進めた。
星屑の神殿は、砂漠の中心に屹立する巨大な迷宮だった。無数の石柱が織りなす回廊は、まるで星座の線を模したかのように複雑に交錯し、夜風が吹き抜けるたびに砂が舞い、微かな光を反射してキラキラと輝いた。彼女のアバターの半透明な身体は、星光を浴するたびに淡く発光し、銀色の角が微かに振動して音階のような響きを放つ。
「まるで…風の歌そのものね。」
彼女は自分のアバターの腕を見下ろし、波紋のように広がる光を愛おしげに撫でた。
この感覚は現実のマルディンでは味わえないものだったが、どこか懐かしい。
祖母のタペストリーに描かれた星図や、夜空を見上げたときに感じた「何か」と繋がっている気がした。
回廊を進むと、空気が重くなり、微かな呪詠の音が強さを増した。
Sarisraの「星の囁き」のデメリットが反応している。
視界の端に、システムメッセージが点滅する。
≪警告:精神汚染の兆候。外宇宙の囁きが強まっています。記憶の喪失に注意してください。≫
彼女は眉を寄せ、深呼吸で心を落ち着けた。
「ふん。星の囁きなら、聞き慣れてるわ。マルディンの夜空だって、いつも私に話しかけてきたもの。」
だが、その瞬間、回廊の奥から異様な気配が漂ってきた。砂の粒子が不自然に浮き上がり、まるで何かが空間を歪ませているかのように揺らめいた。
回廊の奥から漂う異様な気配に、サリラは足を止めた。星屑の神殿の石柱が織りなす迷宮は、夜風に揺れる砂の粒子でかすかに光り、彼女の半透明なアバターを淡く照らしていた。
銀色の角が微かに振動し、まるで警鐘のような音階を響かせる。彼女の「星の囁き」のデメリットが疼き、頭の奥でかすかな囁きが渦巻いていた。
それはマルディンの夜空で聞いた星々の声とは異なり、どこか冷たく、底知れぬ深淵を思わせるものだった。
「…来るわね。」
Sarisraは小さく呟き、腰を落として身構えた。彼女のアバターの周囲では、星屑のような光点が漂い、夜の闇に溶け込むように揺らめく。視界の端にインターフェースが点滅し、警告メッセージが浮かぶ。
≪警告:敵性存在接近。砂と夜の属性を持つモンスターを確認。戦闘準備を推奨。≫
回廊の奥から、砂を擦るような重い音が響き、闇の中から巨大な影が姿を現した。
それは、星光を反射して鈍く輝く黒曜石のような甲殻に覆われた巨大な蠍だった。
尾には鋭い毒針がそそり立ち、節くれだった脚が石畳を踏みしめるたびに、砂が不気味な旋律を奏でるように舞い上がる。蠍の複眼は、夜の闇に浮かぶ無数の星のように輝き、Sarisraをじっと見据えていた。
≪モンスター:星砂の蠍(Stardust Scorpion)≫
≪属性:砂・夜≫
≪特徴:夜の闇で強化され、砂を操る能力を持つ。毒針による攻撃は精神汚染を引き起こす可能性あり。≫
≪推奨行動:交渉、逃走、戦闘≫
Sarisraの心臓が、ゲームとは思えないほど強く脈打った。
現実のマルディンでは、こんな怪物と対峙する機会などなかった。
「交渉か、逃走か、それとも…戦う?」
彼女は素早く状況を分析した。
ダンジョンは中難易度とはいえ、彼女はまだこのゲームの戦闘システムに慣れていない。
スキルは「星の囁き」による超常的存在との交感能力と、夜の闇で強化される身体能力のみ。
魔法や戦闘に使えるスキルはまだ習得しておらず、戦闘結果は未知数と言うより絶望的に見える。
だが、逃走を選べば神殿の奥へ進む試練が遅れる。交渉は…この蠍が知性を持つかどうかもわからない。
蠍が一歩近づき、尾の毒針が不気味に揺れた。砂が渦を巻き、彼女の足元を覆うように這い寄る。
サリラの「光の拒絶」のデメリットが疼き、星光に浴している今はまだ体力に影響はないが、長引けば不利になるかもしれない。
「…試してみる価値はあるわよね。」
サリラは深呼吸し、祖母が教えてくれた星への祈りの言葉を思い出した。
彼女の「星の囁き」のデメリットは、同時に外宇宙の存在との交感能力を高める。もしこの蠍が神殿の何らかの意志と繋がっているなら、対話の余地があるかもしれない。
彼女は一歩踏み出し、両手を広げて蠍に向き合った。半透明の身体から放たれる星屑のような光が、回廊を柔らかく照らす。
彼女のエメラルド色の瞳が、蠍の複眼と交錯する。
「星の使者よ、聞こえるなら答えて。私はSarisra、星を渡る者。あなたの試練を受けに来たわ。戦う必要はない…私に道を示して。」
彼女の声は静かだが、確かな意志を帯びていた。マルディンの夜空の下で、星々に祈りを捧げたときのように、心から言葉を紡ぐ。インターフェースが反応し、視界に新たなメッセージが浮かんだ。
≪交渉試行:星の囁き発動。D20ロール判定中…≫
≪成功値:14以上≫
サリラは息を止め、仮想のダイスが転がるのを待った。蠍の尾が一瞬静止し、複眼が不気味に瞬く。砂の渦が弱まり、回廊に静寂が戻る。彼女の心臓が鳴り響く中、インターフェースに結果が表示された。
≪D20ロール:16。成功!≫
≪星砂の蠍があなたの言葉に応じた。敵対行動を停止。≫
蠍の巨体が大きく後退し、尾の毒針が下がった。複眼が星光を反射し、まるで彼女の言葉を理解したかのように穏やかになる。砂が静かに地面に落ち、回廊に再び夜風が吹き抜けた。
≪報酬:星砂の欠片(触媒アイテム)。星砂の蠍との友好度+10。≫
≪エピソード進行:星の目覚め、次の段階へ。≫
サリラは安堵の息を吐き、蠍の足元に落ちた小さな石英のような欠片を拾い上げた。それは、星屑のように内側から光を放ち、触れると微かな振動と共に彼女に呼応するような温かさを感じさせた。
「…これが、星の意志?」
彼女は欠片を握りしめ、神殿の奥へと視線を向けた。蠍は彼女の後を追うように付き従い石盤の光がさらに強くなり、回廊の先に新たな扉が現れる。
扉の表面には、彼女のアバターと同じ星雲のような模様が刻まれていた。
だが、その瞬間、視界の端で「星の囁き」が再び疼いた。頭の奥で、冷たく深い声が響く。
≪星を渡る者よ。鍵は近い。だが、汝の血はまだ試される。覚悟せよ≫
サリラは唇を引き結び、銀色の角が振動するたびに響く音階に耳を傾けた。
マルディンの夜空が教えてくれたように、星はいつも試練を求める。彼女は一歩踏み出し、扉へと向かった。
「試練なら、受けて立つわ。星が私を呼ぶ限り。」
回廊の奥、星屑の神殿の深部で、彼女の物語はまだ始まったばかりだった。
初めての投稿作品なので色々文体を弄ったりしてます。ご容赦ください:(;゛゜'ω゜'):