第12話 拠点構築と炉の作成
第12話 拠点構築
TŌRMAは地下神殿の薄暗い祭壇に立ち、石壁に刻まれた不可思議な紋様を指でなぞった。
冷たく湿った空気が骸骨のアバターの骨格をすり抜け、まるで現実の肉体を持たないことへの皮肉のように感じられた。
だが、彼の意識は鋭く、目の前の可能性に集中していた。この地下神殿は、ただのダンジョンではない。拠点として機能させるための条件が揃っている。
「ここなら、少なくとも襲撃を防げる。壁は頑丈だし、入り口は狭い。…それに、この雰囲気、嫌いじゃない」
TŌRMAは独り言を呟きながら、天使の像の周囲に散らばる瓦礫を拾い集め始めた。意外と使えそうな素材が収穫できたと思う。
石材、折れた金属片、朽ちかけた木材。それらは一見無価値に見えたが、彼の目には「素材」として映った。このゲームのプロットを読み解くに、クラフトは単なる作業ではない。プレイヤーの意図と経験が、素材に新たな意味を与えるのだ。
彼は無名の祭壇を起動し中心に据え、簡素ながらも作業台を組み上げた。金属片を均して形を整え、木材を削って簡単な棚を作り、道具を並べていく。作業は単調だが、TŌRMAの動きには無駄がない。彼の現実世界での論理的思考が、ここでは「効率」という形で発揮されていた。
「ふむ…悪くない出来だな」
彼は一歩下がり、骨律操作で接着造形した粗末な作業台を眺めた。そこには、武器や防具を作成するための木槌や骨針、骨ピン、簡易ナイフがある。まだ未完成だが、これで拠点としての最低限の機能は確保できただろう。
その背後で、星の観測者が静かに佇んでいた。
彼女の半透明な身体は、地下神殿の薄暗い光の中で揺らめき、漂う光点がまるで小さな星々のように周囲を照らしていた。彼女は言葉を発せず、ただTŌRMAの作業を観察していたが、その瞳には何かしらの興味が宿っているように見えた。
「…何か用か?」
TŌRMAが振り返ると、彼女は小さく首を振った。
「ただ、見ているだけ。汝の『構築』は…面白い。人間の営みは、いつもどこか不完全で、だからこそ美しい」
彼女の声は、まるで遠くの星から響くように静かで、しかしどこか心に刺さる響きを持っていた。
TŌRMAは肩をすくめ、骸骨の顎をカタカタと鳴らした。
「美しいかどうかは知らんが、生き残るためには必要だ。少なくとも、ここを拠点にすれば、公式イベントと次のエピソードに備えられる」
彼の言葉に、星の観測者はわずかに微笑んだ。
「次のエピソード…か。汝はすでに『星降る夜』の予兆を感じているのだろう? あのイベントは、すべてのプレイヤーに試練を与える。この拠点が、どれだけ利を与えられるか…楽しみだ」
TŌRMAは一瞬、彼女の言葉に引っかかりを感じた。「星降る夜」。公式イベントの予告はまだだが、ゲーム内の空気はすでに変わり始めていた。サービス開始一週間の「予兆エピソード」で、彼は奇妙な黒曜の欠片を拾っていた。それがただのクラフトアイテムに留まらずイベントのキーアイテムであることは、感覚的に理解していた。
「試練、ね」
彼は作業台に置いたナイフを手に取り、刃の感触を確かめた。骸骨のアバターでは触覚はないはずなのに、なぜかその冷たさが意識に響いた。
TŌRMAはナイフを手に持ったまま、祭壇の中央に視線を戻した。
石壁に刻まれた紋様は、ただの装飾ではない。地下神殿の空気には、微かに脈打つようなエネルギー――システムメッセージでは「霊素」と呼ばれるものが漂っているのが感じられた。
骸骨のアバターでは感覚が制限されているはずなのに、彼の意識はそれを捉えていた。まるで、この場所が何かを囁いているかのようだった。
「霊素…か。この祭壇、ただの舞台装置じゃないな。ダンジョン全体のエネルギーを集約してる可能性がある」
彼は祭壇の周囲をゆっくりと歩き、紋様の配置や石の質感を観察した。ゲームのシステムを解析するように、頭の中で仮説を組み立てていく。
現実世界での情報戦略室の仕事が、ここでは「ゲームのロジックとプロットを読み解く」ことに直結していた。霊素は、ゲーム内のシステム説明によれば、特定のエリアやダンジョンに宿る「環境の力」。
それが祭壇に集まり、何らかの形で利用可能なら…拠点の強化やアバターの強化に使えるのではないか?
「試してみる価値はある」
TŌRMAは作業台に戻り、拾い集めた素材を改めて見直した。黒曜の欠片、折れた金属片、朽ちた木材、更にはダンジョン内で見つけた奇妙な光を放つ小中の結晶――調べると霊素の結晶体と表示された。
これらを組み合わせ、祭壇の霊素を利用すれば、通常のクラフトを超える何かを作れるかもしれない。TŌRMAの思考は、このゲームの自由度を試すための実験へと突き進んだ。
「星の観測者、ちょっと付き合ってくれ。ここの霊素をどうにか利用できないか、試したい」
彼女は静かに頷き、半透明な身体を祭壇の近くに滑らせた。漂う光点が、まるで彼女の意志に応じるように祭壇の紋様に反応し、微かな輝きを放ち始めた。
「霊素は、この世界の『流れ』の一部。祭壇はその結節点だ。だが、扱うには代償が必要かもしれない。君の意志は、それを払う覚悟があるか?」
TŌRMAは骸骨の顎をカタカタと鳴らし、軽い笑い声のような音を立てた。
「代償なら慣れてる。このアバター自体、そもそも呪詛まみれだ。もう一つつくらい増えても大差ないさ」
彼は作業台に黒曜の欠片と霊素の結晶を並べ、祭壇の紋様に合わせて配置を調整した。
ゲーム内のクラフトは、単なる素材の組み合わせではない。プレイヤーの意図や知識、さらには「何か」に対する感性が結果に影響を与える。
TŌRMAは、祭壇の霊素を「媒介」として、拠点そのものを強化する装置を作ろうと試みた。
試作用の設計図は頭の中で組み上がっていた。
祭壇を中心に、霊素を吸収する簡易な「霊素収束炉」を構築する。少し迷ったが黒曜の欠片を核とし、周囲で拾った骨を接着剤がわりに結晶を炉の形にして黒曜の欠片に水を通すような回路を掘り込む。
さらに金属片と木材で炉の枠組みを固定する。成功すれば、拠点に防御バリアや自動修復機能のようなものを付与できるかもしれない。失敗すれば…まあ、ゲームだ。最悪、素材を失うだけだろう。
「よし、始めるぞ」
彼は祭壇の中心に「霊素収束炉」を置き、さらに霊素の結晶をその周囲に配置。作業中、祭壇の紋様が微かに光り、霊素が流れ込む気配を感じた。ゲームのUIが反応し、クラフト画面に「未知の試作:霊素炉」と表示された。成功率は…D20ダイスで14以上。TRPG風の判定が、このゲームの緊張感を高めていた。
星の観測者が静かに囁いた。
「汝の試みは、すでにこの墓地の『意志』に触れている。成功すれば、汝はこの場所を支配する第一歩を踏み出す。だが、失敗すれば…神殿の霊素が暴走するかもしれない」
TŌRMAは一瞬だけ彼女を見やり、骸骨の眼窩で不敵な光を宿した。
「暴走しても、俺の拠点だ。どうにかしてみせる」
彼はクラフトの最終工程に取り掛かった。黒曜の欠片に意識を集中。ゲーム内のダイスロールが始まり、画面に20面ダイスが転がる映像が浮かんだ。結果は――。
ダイスが止まり、画面に表示された数字は「16」。
TŌRMAの意識の中で、かすかな安堵が広がった。成功だ。祭壇の紋様が一瞬強く輝き、霊素の流れが「霊素収束炉」に吸い込まれるように渦を巻いた。
黒曜の欠片が中心で脈動し、まるで生きているかのように低く唸る音を立てた。
結晶と骨で組み上げた炉の回路が光を帯び、地下神殿全体に微かな振動が走る。
「…成功した、か」
TŌRMAは作業台の前に立ち、完成した「霊素収束炉」を眺めた。見た目は粗末だ。骨と金属片、木材を無理やり組み合わせたような無骨な構造物。だが、UIにはしっかりと「霊素収束炉:稼働中」と表示され、効果として「拠点防御力+10%」「霊素収集効率+15%」「自動修復機能:低」「クラフト機能“炉”付与」と記載されていた。簡易なバリア機能も付与されたようで、祭壇周辺に薄い光の膜が揺らめいている。
星の観測者がそっと近づき、炉の光を指でなぞった。彼女の半透明な指先が光点とともに舞い、まるで星屑が炉に溶け込むようだった。
「汝の意志は、この墓地の霊素と共鳴した。面白い…この装置は、単なるクラフトの産物ではない。ダンジョンそのものと繋がり始めている」
彼女の言葉に、TŌRMAは骸骨の顎をカタカタと鳴らして応じた。
「繋がる、ね。まあ、繋がったところで、こいつが役に立つなら、それでいい。それにそれはダンジョンの支配が可能であることを示唆してないか?それはそれで次の楽しみが生まれる」
彼は炉の周囲を歩き、霊素の流れを観察した。祭壇の紋様は今も微かに光を放ち、炉を通じてダンジョン全体のエネルギーを集約しているようだった。UIのログには「霊素収束炉:ダンジョン制御度5%」と表示されている。制御度? 初めて見る項目だ。TŌRMAは即座にその意味を推測し始めた。
「ダンジョン制御…もしこの数値を上げられれば、このダンジョンを完全に掌握できるかもしれない。拠点としてだけじゃなく、ダンジョンそのものを俺のものにできる可能性がある」
星の観測者が小さく笑った。彼女の瞳に宿る星々の光が、まるでTŌRMAの好奇心を映すようにきらめいた。
「汝の欲は、実に人間らしい。だが、警告しておく。このダンジョンは、ただの舞台ではない。霊素の流れは、時に外部の『何か』を引き寄せる。汝がこの場所を支配しようとするなら、その『何か』と向き合う覚悟が必要だ」
TŌRMAは一瞬、彼女の言葉に沈黙した。外部の『何か』。このゲームの根底に潜む、プレイヤーには決して理解できない存在。ゲーム開始時に読んだコンセプトには、そんな存在がこの世界を作り上げた可能性が示唆されていた。
だが、今の彼にはそんな哲学的な問いに深入りする気はない。生き残り、攻略すること。それが彼の現実世界での生き方と同じく、ゲーム内での指針だった。
「向き合うのは後でいい。今は、この拠点をどうやって強化するかだ」
彼は作業台に戻り、残りの素材をチェックした。黒曜の欠片は使い切り、霊素の結晶も追加で集められそうだった。ダンジョン内の探索を進めれば、さらに有用な素材が見つかるかもしれない。TŌRMAの頭には、すでに次の計画が浮かんでいた。
霊素収束炉をアップグレードし、拠点の能力向上を図る。
その時、ゲーム内のUIが突然点滅し、システムメッセージが表示された。
≪エピソード『霊素の綱引き』が発生≫
≪地下神殿の霊素が活性化し、ダンジョン内に潜むモンスター達が騒めいています≫
≪墓地の中心核を鎮めるか、破壊してダンジョンの掌握をして下さい≫
≪報酬:霊素制御度+10%、レア素材の入手率+78%。リスク:失敗した場合、拠点の一部が半壊。熟練値-69%≫
TŌRMAはシステムメッセージを読み終え、骸骨の眼窩に宿る淡い光を鋭くした。
UIに表示された「エピソード『霊素の綱引き』」の詳細を頭の中で整理しつつ、祭壇の周囲を再び見渡した。
地下神殿の空気がわずかに重くなり、霊素の流れがざわめくような感覚が伝わってくる。ダンジョン内に潜むモンスターが騒めいているという記述は、単なるフレーバーテキストではない。このゲームでは、こうした警告は確実に「何か」を引き起こす前触れだ。
「霊素の綱引き、か。鎮めるか破壊か…どっちを選んでもリスクはデカいな」
彼は作業台に置いた簡易ナイフを手に取り、骨律操作でその刃を軽く振ってみた。骸骨アバターの動きは滑らかで、現実の肉体では感じられない軽快さがあった。
だが、同時に感覚の欠如が彼の意識を研ぎ澄ましていた。触覚や痛覚がない分、頭脳は純粋に戦略と計算に集中できた。
星の観測者が静かに近づき、半透明な身体から漂う光点が祭壇の紋様と共鳴するように揺らめいた。
「汝の選択が、このダンジョンの運命を決める。鎮めれば、霊素は穏やかになり、拠点は安定するだろう。だが、破壊を選べば…その先は、汝の意志と力が試される」
彼女の声は、まるで星々の囁きのようにTŌRMAの意識に響いた。彼は一瞬、彼女の瞳に宿る無数の光を見つめ、言葉の裏に潜む何かを感じ取った。このゲームのNPCは、ただのプログラムではない。彼女の存在自体が、ゲームの「何か」と繋がっている気がした。
「このゲームでは試されるのは慣れてる。問題は、どちらがより効率的で結果が何を引き寄せるかだ」
TŌRMAは祭壇の中央に視線を戻し、霊素収束炉が低く唸る音を立てているのを確認した。UIのログには「ダンジョン制御度5%」と表示されたままだった。破壊を選べば制御度が大きく上がる可能性があるが、失敗のリスクも高い。鎮める場合は安定性が増すものの、報酬は控えめかもしれない。彼の論理的な思考は、どちらの選択が長期的な拠点運営に有利かを即座に計算し始めた。
「とりあえず、状況を把握する。モンスターが騒めいてるなら、先にそいつらを片付ける必要があるな」
彼は作業台から骨製のナイフと、ダンジョン内で拾った金属片を加工した簡易な投擲武器を手に取り、
右腕の骨鎌を骨律操作を使って取り外した。
初期武器としては悪くないと思ったが取り回しがやはり不便だ。
クラフトで骨と金属片を混ぜ合わせた柄を作り逆刃のシャムシールのような武器を作る。
「星の観測者、戦闘になったら援護は期待できるか?」
彼女は小さく首を振ったが、その瞳には微かな遊び心のような光が宿っていた。
「私は観測者だ。汝の戦いを見守ることはできても、直接手を貸すことはない。だが…ヒントなら与えられる。このダンジョンのモンスターは、霊素に引き寄せられている。祭壇の力を一時的に弱めれば、敵の数は減るかもしれない。代わりに、炉の稼働効率が落ちるがね」
TŌRMAは顎をカタカタと鳴らし、軽い笑い声のような音を立てた。
「リスクとリターンのトレードオフか。さすがこのゲームらしい」
彼は一瞬考え、祭壇の紋様に手を伸ばした。霊素の流れを調整するなら、炉の回路に手を加える必要がある。UIを操作し、霊素収束炉の設定画面を開くと、「霊素出力:通常」「バリア強度:低」「収集効率:15%」と表示されていた。ここで出力を下げるか、あるいは一時停止することで、モンスターの動きを抑えられるかもしれない。ただし、エピソードクリアーまで炉の機能が制限されるのは痛い。
一旦判断を保留にしてすぐの日は拠点をセーブポイントに設定してプレイを終える事とした。
イベント「星降る夜」まであと1日