第10話 星の観測者
白仮面の少女の声は、地下神殿の静寂を切り裂くように響く。彼女の姿が、祭壇の青白い炎に照らされ、霧の中からゆっくりと現れる。黒いドレスが揺れ、仮面の滑らかな白さが不気味に輝く。だが、TŌRMAの《終焉同調》が、彼女の存在に微かな異変を捉える。少女の輪郭が、まるで揺らぐ水面のように一瞬歪んだのだ。
(この少女……以前の出会いとは何かが違う。いや、彼女自体が“変化”している?)
《知覚共有》が発動し、少女の“意図”の断片が流れ込む。それは、好奇心、試練、そして――どこか深い哀しみに似たもの。TŌRMAの骨の奥で、《制限:情動抑制》がそれを抑え、冷静な判断を維持させる。彼は骨鎌を握り直し、少女の仮面をじっと見つめる。
「再び現れたな、白仮面の少女。お前の目的はなんだ? この祭壇と、天屍の尺骨に関係があるのか?」
少女の仮面がわずかに傾き、まるで微笑んだかのような動きを見せる。彼女の声は、風が墓碑を撫でるようなかすれた響きで続く。
「目的? 私はただ、汝の“選択”を見届ける者。この墓所の深層に眠るものは、星と土着の神々の記憶。そして、汝の“意味”を試す試練だ。天屍の尺骨は、その鍵。だが、鍵を手にするだけでは足りぬ。どのように使うか――それが、汝の運命を決める」
《システム通知:白仮面の少女が新たな選択肢を提示しています。以下の行動を選択してください。》
【選択肢】
• A:天屍の尺骨を手に取り、祭壇に捧げる
(尺骨の力を解放し、少女の真の姿――“???”を呼び覚ます。戦闘に突入。)
• B:天屍の尺骨を手に取らず、少女と対話して情報を引き出す
(少女が“???”を限定的に呼び寄せる。上位存在の限定顕現が発生し、エピソードが変質。)
• C:天屍の尺骨を手に取り、祭壇を破壊する
(尺骨の力をTŌRMA自身に取り込み、少女の真の姿を“封じる”。新たなエピソードがトリガーされるが、墓所全体が敵対化。)
• D:天屍の尺骨を手に取り、少女に渡す
(少女の真の姿が“???”として顕現。彼女と一時的な同盟を結び、墓所の深層の秘密を共有するが、代償として新たなデメリットが付与される。)
TŌRMAの理性が、選択肢を一つ一つ分析する。職業柄、ゲームの設計思想を読み解こうと模索する。この選択は、単なる戦闘や報酬の分岐ではない。白仮面の少女の“真の姿”と、墓所の秘密に直結する。
彼女の言葉――「汝の選択が私の姿を決める」――が、頭から離れない。
(少女の姿はプレイヤーの選択によって変わる……つまり、彼女はシステムの一部でありながら、プレイヤーの行動に適応する存在。このゲームの設計者すら、彼女の全貌を制御しきれていない可能性がある)
TŌRMAは一瞬、UIパネルを確認する。インベントリには、壊れた黒曜の欠片がまだ残っている。解析で得た情報――「星の使者」との関連――が、この場面で鍵になるかもしれない。少女の真の姿が何であれ、尺骨の扱いがエピソードの核心だ。
(どの選択もリスクが高い。だが、このゲームはリスクを取らなければ核心に辿り着けない)
彼は骨の手をゆっくりと動かし、天屍の尺骨に近づく。青白い炎が揺らめき、祭壇の黒い霧が彼の白骨を撫でる。少女の仮面が、じっとその動きを見つめている。《知覚共有》を通じて、彼女の“期待”が流れ込む。それは、まるでTŌRMAの決断を待ち望むかのような、静かな高揚感だった。
TŌRMAは決断する。
D:天屍の尺骨を手に取り、少女に渡す。
彼は尺骨を手に取り、その冷たい輝きを一瞬見つめる。星の光を内包した骨は、まるで彼の白骨と共鳴するように微かに震える。だが、彼はそのまま少女に向き直り、尺骨を差し出す。
「お前がこの鍵をどう使うか、見せてみろ。俺はまだ、お前の真意を測りかねている」
少女の仮面が一瞬、凍りついたように動かなくなる。だが、すぐに彼女の周囲の光の粒子が強く輝き、黒いドレスが霧のように溶け始める。彼女の声が、初めて感情の揺らぎを帯びて響く。
「ほう……汝は、私に試練を課すのか。面白い。ならば、この鍵を受け取り、汝に私の姿を見せよう」
少女の手が尺骨に触れた瞬間、地下神殿の空気が一変する。青白い炎が消え、祭壇の黒い霧が渦を巻きながら天井へと吸い込まれる。少女の仮面がひび割れ、ゆっくりと剥がれ落ちる。その下に現れたのは――星々の光を瞳に宿した、銀髪の女性の顔。彼女の体は半透明で、まるで星雲そのものが人型を模したかのようだ。背には、折れた翼の残骸が揺らめき、彼女の周囲には無数の光点が漂う。
《存在確認:星の観測者/NPC区分:同盟可能/敵対判定:なし》
《システム通知:白仮面の少女の真の姿――星の観測者が顕現しました。エピソード『深層の裁定』クリアー。新たな段階に進行します。》
星の観測者は、TŌRMAを静かに見つめる。彼女の声は、まるで宇宙の果てから響くような深みを持つ。
「私は、星々の記憶を観測する者。この墓所は、星と土着の神々が交錯する場所。汝がこの鍵を私に渡したことで、私は汝と一時的な“絆”を結ぶ。だが、代償は避けられぬ」
《システム通知:星の観測者との同盟を締結しました。以下の効果が適用されます。》
• メリット:特殊スキル《星の道標》を習得。探索イベントの成功率+10%、上位存在との対話判定に+3ボーナス。墓所の深層に関する情報が部分的に開示される。
• デメリット:呪詛:星の監視(アバターが星の観測者に常時監視される。ランダムで行動ログが記録され、特定のエピソードでペナルティが発生する可能性)。
• 追加情報:星の観測者は、墓所の管理者ではなく、”外“からこの世界を観測する存在。彼女の真意は、プレイヤーの選択によってさらに変化する可能性がある。
TŌRMAは骨の顎を軽く動かし、星の観測者の瞳を見つめる。彼女の存在感は、白仮面の少女とは比べ物にならないほど圧倒的だ。だが、敵意はない。《知覚共有》を通じて、彼女の“意図”が流れ込む――それは、TŌRMAの“意味”を試すための、純粋な観察だった。
「星の観測者、か。お前はこの世界の何を知っている? この墓所、そして『星降る夜』の真実を教えてくれ」
星の観測者は、かすかに微笑む。彼女の翼の残骸が揺れ、光点がTŌRMAの周囲を舞う。
「この世界は、夢であり、試練。墓所は、その夢の断片の一つに過ぎぬ。『星降る夜』は、星々の意志がこの世界に干渉する瞬間。だが、その意志が何を求めるのか――それは、汝の選択にかかっている」
彼女は一歩近づき、TŌRMAの骨の胸に手を置く。冷たい光が彼の白骨に染み込み、《墓碑の共鳴》の断片がさらに活性化する。
「天屍の尺骨は、汝の手元に残る。私の役目は、“導く”こと。この骨は、星の使者と対峙する鍵であり、汝の運命を切り開く武器だ。墓所の深層には、さらに深い秘密が眠る。進むか、戻るか――選択は、常に汝に委ねられている」
《システム通知:天屍の尺骨をインベントリに追加しました。》
《キーアイテム:天屍の尺骨》
《効果:特定のエピソードで使用可能。アバター強化や上位存在との対話に使用できる。》
TŌRMAはインベントリを確認し、尺骨の輝きを見つめる。星の観測者の言葉が、頭の中で反響する。
「この世界は、夢であり、試練」
その言葉は、彼が現実世界で抱く“意味”の問いと、あまりにも近い。
(このゲームは、俺をどこまで試す気だ? だが、星の観測者との同盟は、少なくとも当面のリスクを減らす)
彼は骨鎌を握り直し、地下神殿を見渡す。天使の残骸は静かに佇み、青白い炎は再び穏やかに揺らめいている。星の観測者は、何も言わず彼に傍にいる。
「墓所の新生児よ。『星降る夜』が近づく。汝の選択が、汝が世界の形を決める。」
《報酬:天屍の尺骨/特殊スキル《星の導き》/墓所の深層情報(断片)》
《追加報酬:星の観測者との同盟により、次回のエピソードでダイスロールに+2ボーナス。同盟者として限定的に行動を共にする。》
TŌRMAは祭壇の前で一瞬立ち止まり、UIパネルを確認する。インベントリに追加された天屍の尺骨は、まるで彼の白骨と共鳴するように輝いている。壊れた黒曜の欠片も、尺骨の存在に反応し、微かに脈打つ。
(この尺骨……『星降る夜』の鍵になる可能性が高い。だが、星の観測者の監視デメリットは厄介だ。行動ログが記録されるなら、選択の自由度が制限されるかもしれない)
TŌRMAの骨の音が、地下神殿に乾いた反響を残す。霧の奥に、星々が瞬く空が見える。「星降る夜」まで、あと2日。ゲームは、彼の“意味”を試す試練を、静かに加速させていた。