第9話 白仮面の少女再臨
TŌRMAの骨の足が、墓地の冷たく湿った土を踏みしめる。忘却の墓所の深部へと進むにつれ、霧は一層濃くなり、空気はまるで霊素そのものが凝縮したかのように重い。
《霊的吸引》のデメリットが微かにざわめき、TŌRMAの骨の奥で不穏な振動が響く。だが、《制限:情動抑制》がその不安を抑え、彼の意識を冷静に保つ。
(この霧……ただの視覚効果じゃない。システムが何か意図を持っている)
視界の端で、UIパネルが微かに点滅する。《終焉同調》が反応し、墓所の深部に近づくにつれ、断片的な“記憶”が流れ込む。
朽ちた戦士の怨念、星々の間で囁く声、果てしない闇に漂う存在の断片――それらが、TŌRMAの白骨に絡みつくように響く。
骨鎌を握る手が、意志だけで動く彫像のように、微かに震える。
墓碑の間を縫うように進むと、地面がわずかに傾斜し、地下へと続く石段が現れる。苔むした石は、まるで何世紀もの間触れられていないかのように冷たく、TŌRMAの骨の足音が乾いた反響を残す。
UIパネルが新たな通知を表示する。
《システム通知:エリア移行――「忘却の墓所:深層祭壇」》
《警告:《霊的吸引》の影響により、敵性存在の接近頻度が上昇しています。》
《環境効果:霊素濃度+30%。超常イベントの発生確率+15%。》
(霊素濃度……このエリア、ただのダンジョンじゃないな)
TŌRMAは骨鎌を構え、石段を慎重に下りていく。闇が深まる中、遠くで微かな光が揺らめく。火とも星ともつかぬ、冷たく青白い輝きだ。
石段の先には、広大な地下空間が広がっていた。
そこは、墓所というより神殿だった。
円形の広間には、拝火教を思わせる炎の紋様が刻まれた柱が立ち並び、壁にはブードゥーの呪術的なシンボルや、古代の土着信仰の象徴が混在する。
中心には巨大な祭壇が鎮座し、その上には奇妙な像が立っている――翼を折られた天使とも、悪魔に討たれた神ともつかぬ存在。像の胸部は裂け、内部から黒い霧が漏れ出している。祭壇の周囲には、青白い炎が揺らめ、まるで生きているかのように脈打つ。
《存在確認:天使の残骸/推定脅威度:A+》
《システム通知:エピソード『深層の裁定』が開始されました。》
《概要:忘却の墓所の最奥に眠る「天使の残骸」。その力は、星と土着の神々の記憶を繋ぐ。この存在と対峙し、選択せよ。》
《判定:ダイスロール(D20)/成功値:15以上》
TŌRMAの視界が、祭壇の中心に引き寄せられる。天使の残骸の裂けた胸部から、黒い霧が渦を巻き、まるで彼を誘うように揺らめく。《知覚共有》が発動し、断片的な感情――絶望、憤怒、そして深い哀しみが流れ込む。だが、《制限:情動抑制》がそれを抑え、TŌRMAは冷静に状況を分析する。
(この像……単なるオブジェクトじゃない。何かを封じているか、繋いでいる)
祭壇の周囲を慎重に観察すると、地面に散らばる骨の欠片が目に入る。その中の一つが、異様な輝きを放っている。細長く、まるで人間の腕の骨のような形状――だが、ただの骨ではない。星の光を内包したような、神秘的な輝きを持つ。
《アイテム確認:天屍の尺骨》
《説明:天使の残骸に宿る力の一部。この骨は、星と土着の神々の記憶を繋ぐ媒体。アバター強化や上位エピソードのトリガーに使用可能。》
(これが……このダンジョンの核心か)
TŌRMAは骨鎌を握り直し、祭壇に近づく。
だが、その瞬間、空間が歪み、青白い炎が一斉に燃え上がる。霧の奥から、聞き覚えのある声が響く。
「汝、よくぞここまで来た。墓所の新生児よ」