プロローグ:「夢より生まれしもの」
初めての作品です。
生暖かい目で眺めてくださいm(_ _)m
それは胡蝶の夢なのか?
人は、目を開いたまま夢を見ることがある。
それが虚構や夢想であるとわかっていながら、そこに「何か」を見出そうとするのはなぜか。
心の奥底に巣食う、名前のない渇望――それは、世界に自分の“意味”を問いかけ続ける影のような存在。
綾城透真にとって、それはずっと答えのない問いだった。
蝉の声が遠ざかる。
中央線快速の車内、スーツの襟をゆるめ、スマートグラス越しにニュースフィードを眺めていた彼はふと目を細める。
「Outer Gods Online」――特集タイトルが浮かび上がる。
(……また胡散臭いネーミングだな)
自嘲気味に笑ったその指が、自然とニュース詳細にスワイプしていた。
世界初の「全感覚型フルダイブVRMMORPG」。
神話、呪詛、異形、外宇宙的デザイン。
“貴方の正気と意味を試すエンターテイメント”という謳い文句と共に、試験的スタートながら同時接続数1000万人を記録したそのゲームは、すでに一部で熱狂的なブームとなりつつあった。
「へえ……このデメリットとメリットを二律背反にしたゲームコンセプト。理論上はゲームバランスの崩壊じゃないか?」
昼休み、オフィスの休憩スペース。同期が盛り上がる中、透真は興味本位でスペック表を読んでいた。
《アバター形状:自由設定(異形可)》
《成長方式:経験依存・数値化されたレベル無し》
《デメリット選択:能力補正あり・推奨》
《物語進行方式:エピソードシステム(選択型)》
《一人一ダンジョン(街)》
合理性に欠けているようで、システムとしての歪みがむしろ全体の構造を安定させている。まるで有機体のような設計。
(設計思想そのものが、すでに“只者”じゃない……)
背筋に微かな寒気が走る。
いつからか、透真はこの感覚を「知性の直感」と呼ぶようになっていた。
【午後、会社内 ― 情報戦略室】
昼休みが終わり、静寂に包まれた情報戦略室。ブラインド越しに夏の陽光が床に線を描いている。
モニター越しにデータを処理しながら、透真の耳には後ろの席で交わされる若手社員たちの会話が自然と入ってくる。
「え?お前も始めたのか、Outer Gods Online」
「うん。マジでヤバいよ。街中で“星喰い”ってイベントに遭遇して、NPCが急に泡吹いて倒れんの。んで、いきなり空が黒くなって――」
「おい、ネタバレ禁止。俺まだ“アバター作成”で3時間悩んでんだからな!」
(熱中しすぎだろ……)
透真はため息をつきつつも、モニターの片隅にある自動フィードに目を向ける。先程読んだニュースがまた表示されていた。
「お、綾城さんも気になります?あれ」
横から声をかけてきたのは、先端技術動向チームの後輩、川越だ。
「気になるというか……設計思想が引っかかってな。全感覚ダイブにここまで踏み込んだ実用例は初めてだろう」
「ええ、しかも企業じゃなくて“匿名集団による開発”とか。アンダーグラウンドすぎて逆に信用できるっていうか」
「その時点で普通は手を出さないがな。……で、プレイヤー心理は?」
「半分は話題狙い、もう半分は“何かに触れたくて仕方ない”奴らっすよ。ヤバいって言われたら、みんな余計に触りたくなるもんです」
川越の笑いに、透真はふと目を細めた。
(何かに触れたくて仕方ない、か)
画面に映る“異形アバター特集”のサムネイル――そこには、腕が百本もある光と影の塊や、巨大な目だけの生命体など、人とは思えない姿のプレイヤーたちが並んでいた。
「実際、やるんですか?」
「……どうだろうな。やる理由を探してるのかもしれん」
曖昧な笑みを浮かべて、透真は端末を閉じた。
【夜、自宅マンション】
鍵の開く音。電子ロックが軽く鳴き、靴を脱いで無言で部屋に上がる。ワンルームの壁にかかる本棚と、整然としたデスク。シンプルな生活がそこにあった。
透真はワイシャツを脱ぎ捨て、冷蔵庫から常温のミネラルウォーターを取り出す。
カーテンの隙間から、満月がのぞいていた。
「……始めてみるか」
そう呟いて、寝室側の壁に備え付けられたフルダイブ専用装置“Nox Terminal”に手を伸ばす。
生体認証によるログイン音が微かに鳴り、ヘッドギア型デバイスが発光し始めた。
「Outer Gods Online……“意味を問う娯楽”ね。まるで哲学者の皮を被った異物って感じだが……」
ソファに深く身を沈め、デバイスを頭にかぶせる。
意識が沈み込む直前――
《……貴方は、“覚悟がありますか?”》
どこか遠くから、微かに囁くような声が聞こえた気がした。
目の前が、星々の瞬きと共に黒く、深く、開いていく。