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第7話 推しの元アイドルからの呼び出し

 カラオケに参加する全員が揃い部屋に移動した。

 部屋は何十人も入ることが可能な大きなパーティールームだ。

 それでも、結局、クラスの大半が参加していれば少しばかり狭く感じる。


 誰かが言い出した乾杯の音頭でカラオケが始まった。マイク片手に流行りの歌を歌っていたり、合いの手を入れたり、タッチパネルで予約する曲を探していたり、会話に花を咲かせていたり、注文したフードを頬張っていたり。

 それぞれが好きなようにこの瞬間を楽しんでいる。


 部屋の隅っこで浮安はドリンクバーで入れたジュースをちびちび飲みながら時間を潰していた。

 視線の先にはもちろん、流奈がいる。

 女子数人と話していて時折笑顔を浮かべている。

 楽しそうな流奈を見ているとそれだけで心が洗われる。いつまでも、流奈には笑っていてほしいし、幸せでいてほしい。


 だからこそ、タッチパネルが流奈に回ってきて浮安はハラハラした。


「藍土さんは何歌う〜?」


 ここにいる自分を除く全員が流奈の生歌を期待している。中には動画の撮影をすると言っていた者もいる。

 しかも、そのことを流奈は何も知らされていない。


 もし、そのために呼ばれたのだと知ったら流奈はどう思うのだろうか。

 今のように可愛い笑顔を浮かべたままでいてくれるのだろうか。


「ちょっと待って。藍土さんがこんなに早く歌ったらハードルが高くなって私達が歌えなくなっちゃうよ」

「それもそっか〜」

「あ、じゃあ、私の順番はとばしてもらって大丈夫だよ」

「ん〜でも、それは申し訳ないよ」

「いいよ、気にしなくて。はい」


 柔らかい笑みを浮かべて流奈は隣に座っている女子にタッチパネルを手渡す。

 確かに、天性の歌唱力を持つ流奈が歌ってしまえばその後に歌う人からすればかなり勇気がいることだろう。少なくとも、今のように音を外しまくっていると聞くに耐えなくなるかもしれない。


 とりあえず、流奈が歌わないことに安堵する。


 しかし、いつ流奈の順番が回ってくるかは予想がつかない。引き続き気を抜かずに流奈のことを見ていなければ。


「はい」

「ん?」

「君も今のうちに予約しておいた方がいいよ」


 隣に座っていた女子からタッチパネルが回ってきた。知らない内に順番が回ってきていたらしい。

 一度も話したこともないのに気を利かしてくれたようだ。優しい子だ。


「俺は歌わないから気にしなくていいよ。ありがとう」

「あ、そ、そうなんだ」


 一言だけ告げればじゃあ何をしに来たんだ、という顔をされたが気にしない。

 そもそも、人前で歌のは恥ずかしいし、今日は歌うことを目的としていない。何か流奈の役に立ちたいから参加している。他のことに目を向けてなんていられない。


 一曲も歌わず、誰とも一言も話さずに三時間程が経過した頃だ。よく聞き馴染んだ前奏が聞こえてきた。


「あ、これ藍土さんが歌ってた曲じゃん。入れたの誰?」


 その問いかけに誰も答えない。

 どれだけ待っても歌うつもりのない流奈に痺れを切らした誰かが自分が歌うようにして勝手に予約したのだろう。

 という状況を全員が察したのかどこか落ち着かない様子で流奈へと視線が集まっていく。誰も口にはしないだけで流奈が歌うことを望んでいるようだ。


 そのことに気付かない流奈じゃないだろう。

 流奈の生歌をみんな聴きたがっている、ということを知っているとはいえ、浮安でさえ何となく状況は読めるのだ。気付かれないように流奈を見ていたことを気付いた流奈が気付かないはずがない。


「あー……誰も違うなら、私が歌おうかな」


 歌ってほしい、と期待されていると空気を読んだのだろう。頬を掻きながら流奈が口にした。

 その瞬間、待ってましたといわんばかりにマイクが流奈の元へと届けられる。そして、割れんばかりの拍手が送られた。


 いかにもな雰囲気作りにもう少し隠す気はないのかと呆れてしまう。


 苦笑しながらマイクを持って流奈が立てばさっきまでの拍手が嘘のように静かになる。

 音楽だけが鳴り響く中、流奈が歌い始めようとする。

 その前に浮安は机に置いてあった余っていたマイクを手に取った。流奈の歌を聴こうと誰かが置いていたのだ。


 そのまま電源を入れて、数え切れないほど何回も聴いた流奈の歌を大声で歌う。

 クラスで存在感のない浮安が急に歌い始めたことにみんな度肝を抜かれたのだろう。もしくは、期待していた元アイドルの生歌ではない、ド素人の歌を聞かされて衝撃だったのかもしれない。

 この場にいる全員の視線が突き刺さる。

 もちろん、流奈の分もだ。


 何してるのよ、とでも言いたげな目で見ているのが目の端で捉えたがもう後には戻れない。

 というか、気にしている余裕すらなかった。


 一度歌い始めたら途中でやめることは出来ない。

 途中で歌をやめるなど流奈に対して失礼になる。


 普段なら、クラスメイトの前で熱唱するなど恥ずかしくて絶対にしないこと。

 でも、歌っているのが流奈の曲だからだろうか。

 不思議と最後まで気持ちよく歌い切ることが出来た。


 ふう、と一息ついて腰を下ろす。

 胸に手を当てればドクドクと心臓が鳴っているのが伝わってきた。


 間違いなくクラスの中で嫌な奴になってしまっただろう。

 ただでさえ、浮いているのにみんなが期待していた流奈の生歌を邪魔したのだ。嫌がらせと受けられても仕方がない。


 でも、別にどうだっていい。

 クラスメイトに好かれるよりも、流奈が嫌な気持ちをしない方が大事だ。折角のカラオケなんだから流奈には楽しい気持ちで満喫してほしい。


 そんなことを考えていれば歓声が起こった。


「うおおおお! 何だよ、お前! めっちゃ歌上手いじゃん!」

「え?」

「そうだよ! 歌わないから苦手なんだと思ってたけど、凄いね!」


 囲うように周りに人が集まってきては次々と「上手い」だの「凄い」だの声を掛けられる。次第に拍手までも送られてきて、浮安は戸惑った。

 何をそんなに感動したように褒めてきているのかよく分からない。

 確かに、画面には九十三点を超える点数が出ているが流奈が歌ったら百点だった。七点も低いのだ。本人である流奈と比べたら褒められるようなものではない。


「よっしゃー。俺もまだまだ高得点狙っていかねーと」

「私も。十八番解禁しなきゃ」


 しかし、何やら盛り上がっている様子で一人、また一人と自分の得意な曲を選曲して歌い始めた。

 さっきまであれだけ流奈の生歌を期待していたというのに今はもう誰も流奈に歌ってもらおうとしていない。


 これはこれで良かったのかもしれない。

 そう思いながら気は抜かずに浮安は過ごした。




 カラオケを出ると外はすっかり暗くなっていた。

 集まったのは昼過ぎなのに、随分と長い間、クラスメイトと時間を共にしていたようだ。

 浮安にとって、家族以外で学校という共同空間以外での場所で誰かとこんなにも長時間一緒に過ごすというのは初めてで新鮮な気分だ。


 ――友達がいる人はみんなこんな風に休日を過ごしたりしてるんだな。


 一人で帰路につきながら考える。

 これまで、休日はほとんど家から出ない生活をしていたため、少しばかり疲れてしまった。早く帰ってゆっくり休みたい。


 急ぎ足で駅へと向かっていればスマホから通知音が鳴り響いた。


「るーなちゃん!?」


 陽花里からのおつかい連絡だろうと思っていたから相手を確認して驚いた。

 急いで内容を確認する。

 内容は「ここに来て」という短い文と家族ともよく行く安さが売りのファミレスのURLが送られてきていた。


 地図で場所を調べればファミレスまで行くには歩いてきた道を戻らないといけない。

 早く帰りたいところだが、流奈からの呼び出しは何よりも優先しないといけないことだ。


 浮安は駆け足でファミレスへと向かった。

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