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第5話 推しの元アイドルと連絡先

 うちの高校に元アイドルがいる。

 そんな噂が流れてからというもの、興味本位で流奈を一目見ようとする見物人が沢山現れた。

 噂の出どころは確定している。

 このクラスの誰かが言ったのだ。


 元アイドルがいるクラスなんて探してそう簡単に見つかるようなものでもない。言い出しっぺがこのクラスにいることは確実だ。


 しかし、誰が言い出したのか分からない。

 見学に来るのは同学年だけでなく、先輩である上級生も見に来ることがある。あちこちから広まっているのだろう。


「ねえねえ、部活の後輩から聞いたんだけど藍土さんって昔、アイドルしてたって本当なの?」

「はい」

「マジかースゲー。俺、アイドルと会うなんて初めてだけどマジで可愛いんだね!」

「私なんてそんなことないですよ〜」

「そんな謙遜する必要ないってー。マジで可愛いから!」

「あはは。ありがとうございます」


 今も一人の先輩男子が流奈の元を訪れては興奮した様子で流奈の容姿を褒めている。


「また藍土さんと話したいから連絡先教えてよ」

「あ〜……私のスマホって事務所から支給されてる物なんで通してもらわないと連絡先は教えられないんですよね。ごめんなさい」

「そっか〜……じゃあ、また話しに来てもいい?」

「はい、喜んで」

「やりー。そんじゃね」


 先輩男子は嬉しそうに笑顔を浮かべながら教室を出て行った。

 通り過ぎてから浮安は小さな舌打ちを漏らした。


 ――くぅぅぅ〜羨まじい〜。俺なんてるーなちゃんとはあれから一言も話してないんだぞ。なのに、るーなちゃんのことを知りもしない分際のくせにべらべら楽しそうに話して〜……はっ。違う違う。そんなこと、望んじゃいけないんだ。


 どうにも、流奈と出掛けた一件から考え方が緩んでしまっているが浮安はファンとして推しの生活は遠くから見守り、関わらないと決めているのだ。

 流奈と話したいからといって、その決意を破る訳にはいかない。


「ねえ」

「ん?」


 頭上から声がして顔を上げて驚いた。

 眉を吊り上げた流奈が見下ろすようにしながら立っている。流奈ということは数え切れないほど聞いた流奈の声で分かっていた。

 それでも、こんなにも機嫌を悪そうにしているとは思いもしなかったのだ。


「ど、どうしたの?」


 まったくもって嬉しくないけれど、どうにも流奈の機嫌を悪くさせることが得意なようであるが今は何もしていないはず。


「ちょっとついてきて」

「分かった」


 教室では話せない内容なのだろうか。

 それとも、全く別の用事でもあるのだろうか。

 どちらにしろ、流奈からの呼び出しを無視することなんてもってのほかだ。


 教室を出て流奈の後ろを少しだけ距離を作って歩く。

 廊下を歩いていると流奈のことをチラチラ見る人と何度もすれ違う。以前はなかったのに噂が広まっている証拠だろう。

 もしも、自分が流奈のように何度も知らない人達から見られたりしたら良い気分はしない。まあ、誰からもこんな風に注目されたりすることはないのだが。


 視線をものともせずに歩を進めた流奈について行った結果、着いたのは人通りが少ない階段の踊り場だった。


「なんっなの!」

「な、何が……?」


 到着して開口一番、流奈が叫んだ。


「最近の私への声掛けよ! 毎日毎日、可愛いだの連絡先教えてだの鬱陶しい! 私は静かに高校生活を送りたいの!」

「るーなちゃんがアイドルをしてたって噂を誰かが流したんだろうね」

「分かりきったことを冷静に分析しない!」

「は、はい!」


 気にもしていないと思っていたが流奈も参っているようだ。

 確かに、今日のように連絡先を教えて、などという流奈に近付こうとする存在も日を追うごとに増えている。

 いくら、流奈が元アイドルとして、多くの人の前に出て歌ったりしていたとしても、こうも連日声を掛け続けられては参っても当然だろう。


「ああ、犯人が憎たらしい」

「うちのクラスの誰かが言い出しっぺってのは確かなんだけどね」

「あなたじゃないでしょうね?」

「そ、そんな……いくら、俺がるーなちゃんと同じクラスでめちゃくちゃ嬉しかったからって両親にしか話してないよ」

「そう……って、両親には話したの?」

「母さんも父さんも俺がるーなちゃんのこと大好きだって知ってるから興奮しながら伝えた」


 二人とも鼻息を荒くして伝えると優しい笑みを浮かべていた。流奈が芸能界を引退し、かなり落ち込んでいたから元気になって安心したのだろう。


「……ふーん、あっそ」


 どうしてか、流奈は居心地悪そうに髪の毛先を指で触ったり巻いたりしている。


「……あの、はっきりと迷惑だって言うのは一つの案としてない?」

「ないわ!」

「そんなに嫌そうにしてるのに?」

「嫌でもよ。鬱陶しいけど、我慢するの。変ないざこざとか起きるのも面倒だもの。それに、どうせ、ちょっとしたらみんな飽きるでしょうし」

「飽きるかなあ……」

「飽きるわよ。アイドルって言ったってもう引退してる身だもの。これまではあってもこれからがなかったら話題も尽きるでしょ」


 そういうものなのかと考えてしまう。

 しかし、こればっかりは時間が解決してくれるまで考えてみたところで結果が分からないことに気が付いてやめた。


「ま、いいわ。教室に戻りましょ」

「……え?」


 足早に階段を降りようとする流奈に浮安は思わず声を出した。

 訝しそうに流奈が振り返る。


「何よ?」

「いや、俺をここに連れてきたのって何か用があったからなんじゃ」

「そうよ。でも、もう済んだ」

「済んだ? 俺、何にもしてないと思うんだけど」


 ここに来てからの行動を思い返してみても流奈のためになったことは何も浮かんでこない。


「愚痴を聞いてほしかったのよ。後、推しの元アイドルがみんなの前では良い子ぶってるけど、内心では腹黒いこと考えてる醜い女の子だって思い知らせたかったの」

「そ、そうなんだ」

「みんなには良い子ぶってるのに自分には醜い部分を見せてきてショックでしょ? ガッカリしたでしょ? 推し変したくなったでしょ?」


 ニヤニヤしながら流奈が言ってくる。


「それの、何がいけないことなの?」

「……は?」

「だって、るーなちゃんのこと見てたら苦労してるだろうなって思うし、鬱憤が溜まるのも当然だよ。それで、発散したかったってのは何も悪いことじゃない」

「……でも、ストレス発散の方法は他にもある訳で別にあなたをわざわざ呼び出してまでする必要はなかったでしょ。見せつけられたのよ? あなたの好きな元アイドルが本当は口汚いって」

「別に、るーなちゃんが口汚くてもガッカリなんてしない。るーなちゃんだって生きてるんだからそういうことだってあるよ」

「あなたって何でも全肯定してくれるのね」

「何があっても俺はるーなちゃんの味方になるって決めてるから」


 万が一にも、誰からも愛されるような流奈が世界中の敵になったとしても浮安だけは最後の最後まで味方でいる。

 そんな物語のような大それたこと、普通に生活しているだけじゃ起こりもしなそうだがそれくらいの覚悟があるという話だ。


「それに、俺に鬱憤をぶつけてるーなちゃんの気が晴れるならどんどんぶつけてくれていいよ。るーなちゃんの役に立てるならこれ以上にない幸せだし」

「はあ……あなたってそういう人だったわよね。ほんと、興が醒めるわ」


 呆れたように流奈はため息を漏らした。首を左右に振って、やれやれといった感じだ。どういう訳でそうなっているのか浮安は頭を悩ませる。


「ま、あなたに鬱憤をぶつけられるってのは私にとっても悪いことばかりじゃないからね……ん」


 突然、流奈がスマホをこちらに向けて差し出してきた。


「えーっと……?」

「連絡先、交換しておきましょ」

「え……ええっ!?」


 まさかの提案に浮安は仰天した。


「何よ、そんなに驚いて」

「だ、だって、るーなちゃんの連絡先を俺なんかが知っていいものじゃないから……」

「別に、何も問題なんてないでしょ」

「大アリ。大アリだよ。るーなちゃんはアイドルで俺はるーなちゃんのファンなんだよ? ファンが推しの連絡先なんて知っていい道理がない」

「大袈裟ね。クラスメイトなんだしいいじゃない」

「良くない。良くないよ!」


 ファンが推しの連絡先なんて知ってしまっては大変なことになる。

 もしかするとメッセージが届くかもしれない。

 そう考えると終始スマホを手放せない生活を送ることになり、スマホ中毒者になってしまう。勉強も趣味も何も手につかなくなってしまうだろう。


「うるっさいわね。そこまでして、私と連絡先を交換したくないっていうの?」

「そ、そういう訳じゃ……」


 正直、流奈と連絡先の交換イベントなんて今後、望んでも起こらない奇跡のような出来事だ。したい。したいに決まっている。


「往生際が悪いわね。さっさとスマホ出しなさい」


 急かすように流奈が手を伸ばしてきて、ついつい反応してしまう。流奈のファーストライブでの物販会場で買ったスマホケースが目印のスマホをポケットから取り出したところで流奈に奪い取られた。


「ちょっ」

「パスワードは?」

「……0817」

「私の誕生日じゃない。引くわー」


 流奈を好きであることに恥じらいを感じたことは一度もない。

 けれど、スマホのパスワードを流奈の誕生日に設定していることを流奈本人に知られるのは何故だか無性に恥ずかしいと感じた。


「はい、登録しといたから」


 バレてしまったことに頭を抱えている内に流奈が手慣れた動きで連絡先の交換を終え、スマホを返してもらう。

 連絡を取り合うことに長けたアプリに流奈の名前が追加されていた。アイコンには猫と戯れて笑っている流奈が設定されている。可愛い。眺めているだけでニヤニヤしてしまう。


「って、ちょっと待って。るーなちゃんのスマホって事務所から支給されてるから連絡先の交換は出来ないんじゃ」

「ああ、あんなの嘘に決まってるでしょ。このスマホは私の物よ」


 得意気な笑みを浮かべて流奈がスマホを見せてくる。


「あんな知りもしない人と連絡先の交換なんてするはずないでしょ? 便利な言い訳なんだから嘘だって誰にも言い触らしたりしないでよ」


 じゃあ、どうして自分とは交換してくれたのだろうか。

 浮安の頭はそのことでいっぱいになった。


「あ、勘違いしないでよ。別に、あなたともくだらないやり取りをするために交換したんじゃないんだから。愚痴を言いたくなった時のために交換しただけ。いわば、あなたはSNSの投稿先みたいなものなんだから」


 ということらしい。ふん、と鼻を鳴らした流奈が全部教えてくれて解決した。

 本来の使い方を流奈と出来ないにしても流奈と連絡先を交換したというだけ、身に余る嬉しさだ。泣けてくる。


「ふふ、想像しちゃった? そりゃ、そうよねー。汚い言葉をひたすら送り続けてくる推しなんて最悪過ぎて、悲しくなってくるわよねー。泣きたくなるわよねー」


 じんわりと滲んだ涙目でも流奈がニヤニヤと口の端を吊り上げているのをはっきりと捉えた。明るく笑う姿も可愛いけど、こういういたずらっぽく笑う姿もまた可愛い。


「そうじゃなくて……るーなちゃんと連絡先を交換出来た喜びに感極まってるんだ」

「あっそ。つまんな」

「ありがとう……本当にありがとう。一生大事にする」

「……ちゃんと理解しているのよね? 私、あなたとおはようとかおやすみ、みたいに気軽に連絡を取り合ったりしないって言ってるのよ?」

「なっ……当然だよ。るーなちゃんの貴重な時間を俺なんかに連絡して無駄にさせる訳にはいかない。俺からも絶対にるーなちゃんに何も送らないから安心して」


 いらぬ誤解を与えないためにもきちんと言っておく。

 流奈と連絡先を交換したのも流奈が溜まった愚痴を吐き出す先として選ばれたためだ。自分から流奈にメッセージを送るなど、ファンとして推しに対して軽率に行ってはならない。


 すると、ピコンと通知音が響いた。

 スマホを見ると早速、流奈からメッセージが届けられていた。


 内容を確認すると短く「うざい」とだけ送られてきている。

 さらに連続して同じ言葉が何度も送られてきた。


「あ、あの、るーなちゃん……?」

「何?」

「さっきからずっとうざいって送られてくるんだけどこれは……」

「早速、愚痴を吐き出してるだけよ。気にしなくていいわ」

「そ、そう言われても……」


 この「うざい」というのは自分に対してだろう。

 ということは、また何か流奈の機嫌を損ねるようなことをしてしまったらしい。

 今日は大丈夫だと思っていたのにやらかしてしまった。


 ピコンピコンと通知音が鳴り響く中、浮安は頭を抱えた。

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