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第21話 推しの元アイドルとサインの行方⑥

 流奈のサイン付きCDを転売して金儲けしようと企んでいる三人組の男子の内、一人が流奈のCDを流奈の眼前に突き出して頭を下げた。

 好きなアイドルを前にして緊張しているファン、みたいな演技をしている姿に反吐が出る。


 廊下側の窓から廊下を確認してもお仲間の姿は確認出来ない。怪しまれないための対策だろうか。


「いいよ〜」


 あっさりと流奈は受け入れてCDを手に取った。

 やはり、理由を説明しなかったからサインをするかしないかを考えるまでもないらしい。少し悲しくなるものの、サインをするかしないかは流奈の自由だ。浮安にやめさせる権利はない。


「うわあ……嬉しい。ありがとう!」

「いえいえ。名前はなんて書けばいい?」

「俺の名前は書かなくていいから、藍土さんのサインを大きく書いてもらってもいい?」

「オッケー」


 今にして思えば、初めて流奈にサインを貰いに来た彼も自分の名前は書いてもらっていなかった。あの時から既に流奈のサイン付きCDを転売しようと考えていたのだろう。


「はい、どうぞ」

「おお……これが、あの藍土さんのサイン。やば。めちゃくちゃ嬉しい」

「喜んでもらえたら何よりだよ」

「一生大事にする」


 ――すぐ転売に出すくせによくもまあそんなにも嘘がペラペラと出てくるものだ。


 笑顔を浮かべている流奈に対して申し訳ないと思わないのだろうか。ファンだと言って喜ばせ、サインを書いてもらったCDを転売に出して収入を得る。元アイドルに対して最低な行いだという自覚はないのだろうか。

 ないのだろう。教室を出て行く彼の表情は笑顔でそんなものを一切感じなかった。


 まだ食べかけの弁当に蓋をして浮安は教室を飛び出した。もちろん、教室を出て行った彼を追い掛けるためだ。


 昼休みということもあり、廊下には生徒がちらほらといるだけですぐに彼の背中を見つけることが出来た。

 小走りで彼に追い付き声を掛ける。


「ねえ」


 ついでに肩に手を置けばビクッと体を震わせていた。が、振り向いて来て目が合うとこっちの正体に気が付いたようで威嚇するように目を細められる。


「お前はこの前の……何だよ。俺にまで何かあるのかよ?」

「言ったよね。るーなちゃんはお前達の金儲けにしていい相手じゃない――って、何……?」


 いきなり彼から手のひらを向けられ、威勢を止められた。


「ここじゃなんだ。場所を移そう」

「移す必要ある?」

「騒ぎになって、この前みたいになってもいいなら別に俺はここでも構わないんだぜ?」


 ここで騒ぎを起こせば教室も近く、流奈の耳に入る可能性が大いにある。

 それは、浮安としても望んでないことだ。


「……分かった」

「よし。じゃ、行こうぜ」


 途中で逃げ出さないようにしっかりと見張りながら浮安は人がいない校舎裏にまでやって来た。

 そこで、彼と向かい合う。


「それで、るーなちゃんは金儲けにしていい相手じゃない……だったか?」

「そう。お前達のしていることはるーなちゃんに対する冒涜だよ。るーなちゃんに申し訳ないと思わないの?」

「ぜーんぜん。ていうか、俺達がしようとしてること知ってんの?」

「この前、廊下で話してるの聞いた。許せない」

「あー……だから、この前も絡んできたのか」


 ようやく納得がいったという様子で呟かれる。


「じゃあ、さしずめお前は藍土のファンってところか?」

「そうだけど」

「それで、俺達が藍土を利用して金儲けしようとしてるのが許せないって?」

「そうだけど!」


 さっきから言っていることを未だに理解しないことについ苛立ってしまう。


「ははは。馬っ鹿みてえ。え、何々? 自分のこと正義の味方だとでも思ってんの? だっせ」

「……は?」

「だいたいさあ、俺達が買ったCDにサインをしてもらったってだけでそれを俺達がどうしようと誰にも文句を言われる筋合いねえんだよ」

「それは」

「そもそも、藍土からやめるように言ってって頼まれたのかよ?」

「……頼まれてはない」


 もしかすると、自分のサイン付きCDを転売されていると知っても流奈は何も感じないかもしれない。自分のことをたいしたことのない、しょうもないアイドルだったと思っているのだ。受け入れさえするだろう。むしろ、自分のサイン付きCDに金銭が発生する価値があるのだと感心さえするかもしれない。

 それならそれで流奈が傷付きさえしないのなら十分だ。


「なら、お前が出る幕なんてないって気付け。いちいち絡んできてうぜえんだよ」

「うざがられようがどうだっていいよ。お前達がるーなちゃんに近付かなくなるまでずっと絡み続けてやる」


 けど、流奈にとってはどうでもいいことでも浮安にとってはやっぱり許せないことなのだ。


「るーなちゃんるーなちゃんうるせえなあ……あ、そうか。お前、嫉妬してるんだろ。自分もサインを貰いたいのに藍土に声を掛ける勇気が出ない。なのに、藍土のファンでもない俺達はサインをしてもらって悔しいんだ。あーあ、嫌だねえ。男の嫉妬ってのは」

「……何を言ってるんだ?」

「まー、見るからにお前、声掛けるのとか苦手そうだもんな」


 確かに、最初に流奈にサインを貰いに来た男子のことは羨ましいという気持ちから妬んでいた。彼の言う通りだ。それは、認める。

 でも、今は違う。流奈のサインが欲しいとかは関係ない。ただただ、自分の推しが酷い扱いをされて怒っているだけだ。

 なのに、それが通じない。まったくの的外れなことを言われて怒りを通り越して呆れてしまった。


「お、いいこと思い付いた。そんなに藍土のサインが欲しいならこのCD譲ってやるよ。嬉しいだろ?」


 雑な物でも扱うようにCDが入ったケースをひらひらさせながら向けてくる。いちいち癪に障る態度の彼の手から言われた通りにしてやった。


「は? 勝手になに取り上げてんだよ」

「譲ってくれるんでしょ。お前みたいにるーなちゃんのファンでもない奴がこれを持ってたって似合わないからね。有り難く貰っておくよ。言っておくけどお前から言ってきたんだからね」

「誰がただって言ったよ」

「お金なら払わない。っていうか、何も出さない」


 彼に金銭を渡してしまえば何も変わらない。彼と取り引きするのが自分になって、結局、流奈を利用されたことと同じになる。


「これは、るーなちゃんに返す」


 その代わり、これを持っておくこともしない。

 自分のために書かれていないサインなど手元に残しておいても何も嬉しくない。流奈には彼に二度とこのCDが渡らないように嘘でも付けばいいだろう。


「二度とるーなちゃんに近付いたりしないように。最後の忠告だから」


 教室に戻ろうと踵を返したところで肩を掴まれて止められた。振り向くと同時に手からCDを取り上げられる。


「返せって言ってるだろっ!」


 大声で怒鳴られてつい怖くなってしまった。

 この前から、他人の財布を取り上げたり、突っかかるようなことばかりしているが、浮安には向いていないことばかりしている。自分がこんなにも行動的だと知って驚いているところだ。


 それでも、やはり、恐怖心というものにはなかなか勝てないもので一瞬、固まってしまった隙を見逃してはもらえず胸辺りを強く押されて突き飛ばされてしまった。

 上手に耐え切れるほど体幹を鍛えているわけでもなく、尻もちをついてしまう。


「鬱陶しいんだよ、この雑魚が! これに懲りたら二度と俺達に近付くんじゃねえぞ!」


 見下され、脅すように言われたその時だった。


「ねえ、何してるの?」


 鈴の音のような綺麗でいて可愛らしい声が乱入してきたのは。

 顔を向ければ当然、聞き間違えようのない声の持ち主であり、今一番、現れてほしくなかった流奈が立っていた。

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