第18話 推しの元アイドルとサインの行方③
「……はあ」
「またため息ついて。今日、何度目だよ」
「そんなについてないはず」
「いや、めっちゃついてるからな? 朝も昼も。なんなら、昨日も一昨日もその前も」
好太郎にはそう言われるが浮安は自分ではよく分からない。
ただ、流奈を目で追う度に憂鬱な気分になるから自然と漏れてしまっているのだろう。普段なら、流奈を見ているだけで幸せな気持ちになる。憂鬱な気分になんて、流奈に会いたくても会えない高校以前の時にしかならなかった。
なのに、今は違う。流奈を見ているだけで胸が痛むような感覚に襲われる。こんなの初めてだ。
「藍土と喧嘩でもしたのか?」
「……そんなんじゃないよ」
数日前、流奈からサインを貰う貰わないという出来事があった。言い合いをしたつもりもなく、喧嘩に発展したとも思っていない。
ただ、あれから声が掛けづらいだけ。
今までも、自分から流奈に話し掛けることはほとんどなかったこともあり、これまでと大して変わった訳じゃない。
それでも、何となく後ろめたいというか流奈から目を逸らしたくなっている。
「でも、この前、言い合いしてただろ」
「言い合いじゃない……ちょっと、譲れない事情があっただけ。っていうか、なんで知ってるのさ」
「俺の席って後ろの方だろ。だから、見てた。あれから、お前と藍土が話すとこ全然見てないから何かあったんだろうなって」
「……別に、るーなちゃんとは友達って訳じゃないから」
これが、当たり前なのだ。
浮安と流奈はたまたま同じ高校でクラスメイトになっただけの元アイドルとファンという関係。それ以上でもそれ以下でもない。
だから、何日も話さないことがあったって何も変なところはない。
むしろ、これまでが異常だった。
流奈から推し変させてやる、と言われて流奈と交流する機会がたくさんあったが、普通ならあり得ないことでこれが正常なのだ。
「それなら、元気出せよ」
「……言われなくても元気だよ」
「嘘下手な。しゃあねえ。これでも見て元気出せ」
そう言って好太郎がスマホで動画を見せてくる。
動画の内容はアイドルグループのミュージックビデオだ。複数のアイドルが衣装を着て踊ったり、日常を過ごすようなシーンが流れている。
「これ見てたら元気出るだろ?」
「いや、別に……有り難いけど、興味ないよ」
「はあ? 何でだよっ!」
「声が大きい……逆に聞くけど、何で元気になると思ったの?」
「疲れた時に元気をくれたり、嫌な気持ちの時に明るくしてくれるのがアイドルだろ」
「まあ、それはそうだと思うけど」
アイドルに何を求めるかは人それぞれでアイドルが何に対して応じるかもアイドルによってバラバラだ。
けど、好太郎が言うようなことをアイドルの存在意義だと考える人は少なくないだろう。
「でも。何回でも言うけど、俺はアイドルそのものに興味がある訳じゃない。るーなちゃんのファンなんだ」
初めて流奈を知った時、流奈は子役だった。それからアイドルとなったから浮安もアイドル好きだと思われるがそうじゃない。アイドルをしていて、アイドルだった流奈が好きなのだ。
「推野が藍土を好きだってのは分かってるけどよ。その藍土のせいで元気ねえんだろ」
「るーなちゃんのせいじゃないよ。るーなちゃんは何も悪くない」
「分かった分かった。とりあえずさ、落ち込んでたって何もいいことなんかないんだし、これでも見とけって。そしたら、推野も好きになるかもしれねえだろ。俺がそうだったように」
「そう言われても……」
ミュージックビデオを見ていても特に気持ちは変わらない。整った容姿に可愛いなとも。綺麗な歌声で上手に歌っているなとも。ダンスがキレキレで輝いているなとも。そういった感想は抱く。何も感じない訳じゃない。
でも、初めて流奈を見た時のような衝撃は受けない。
結局、惰性で流し見してしまうしかなければ、スマホが好太郎のポケットにしまわれた。
「推野の気持ちはよく分かったよ」
「……ごめんね。気遣ってくれてありがとう」
「好きを押し付けるってのも違うからな。それよりも。早く藍土と仲直りして元気出せよ」
もうすぐ休み時間も終わるからだろう。好太郎は自分の席へと戻っていった。
「だから、そういうのじゃないんだって」
とはいえ、心配して声を掛けてくれただろう好太郎にもいつまでもこのままでいるのも申し訳ない。どうにかして元気にならないといけない。
その方法は限られている。
自分で思うのもなんだが、浮安は自分のことを単純だと自覚している。流奈に関する何かがあればそれだけで元気になれるだろう。
――どうにかしてるーなちゃんと話せないかな。
そう思い流奈の方を見た。
背筋を真っ直ぐ伸ばしながら流奈は本を読んでいる。数日前から、流奈は休み時間の間、本を読むことが多くなった。声を掛けられても時間は僅かでずっと本を読んでいる。なんだか、流奈が元アイドルだと知られる前に戻ったようだ。
どんな本を読んでいるのか聞きに行くだけで流奈と話すことが出来る。無視されなければだが。
――次の休み時間に話し掛けようかな。
そんなことを考えていれば、流奈がこっちを向いた。何か用事があったのかもしれないが、たまたま流奈を見ていたこともあって目が合ってしまった。
その瞬間、目を鋭くさせて逸らされた。
なかなか空気を読めない浮安でも理解出来る。
明らかに避けられている、と。
「はあ……」
またもや憂鬱な気分になって、ため息が漏れた。