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第16話 推しの元アイドルとサインの行方①

 高校生活が始まって一ヶ月以上が経過した。

 高校に入学する前は緊張と不安でもっと時間の経過が遅くなると思っていたが、自分が思っている以上に早い。


 相変わらず、クラスでの立ち位置は目立つようなこともなく、教室の隅っこで密かに過ごす男子生徒だがこんなにも早いと感じるのは流奈のおかげだろう。

 学校に来れば毎日、流奈に会える。

 それだけで、浮安は毎日が楽しくて、日々が一瞬で過ぎていく。


「まーた、ニヤニヤしながら藍土のこと見てんのかよ」

「俺の勝手なんだからいいでしょ」


 休み時間、いつものように頬杖を付きながら流奈のことを眺めていれば好太郎に声を掛けられた。

 可愛いなあ、と流奈に癒されていたところだというのに何の用事だろうか。


「で、どうかしたの?」

「や、暇だから声掛けようとしたんだけど、今日も不審者みたいなことしてたから」

「不審者って失礼な」

「いやいや、女子見ながらニヤニヤしてるのは普通にヤバいからな?」

「るーなちゃんが相手なんだからそうなっちゃうんだよ」

「藍土が可愛いのは分かるけど、見てるだけでそんなにニヤニヤ出来るもんか?」

「るーなちゃんも言いそうなことを……俺はするんだよ」

「分からねえなあ」

「いいよ、分からなくたって」


 流奈が凄いアイドルだったということは知ってもらいたいが、浮安が流奈のことを好きだということを分かってもらおうとは思わない。

 好きになる理由なんて人それぞれなのだ。

 自分が好きな部分でも他人にとっては嫌いな部分ということだってある。当然のことだ。


「てか、いっつも不思議なんだけどそんなに恋しそうに見てるなら藍土に話し掛ければいいじゃん」

「それは、ダメ」

「何で?」

「るーなちゃんは今、プライベートなんだ。自分の時間を過ごしてるのにファンがそれを邪魔するのはご法度なんだよ」

「プライベートって……藍土はもうアイドルじゃないんだから、話したい時に話し掛けてもいいはずだろ。周りだってそうしてるし」


 好太郎の言う通りだと言うことは浮安も分かってはいる。今も流奈はクラスメイトと談笑しているしその姿からは元アイドルだということは感じ取れない。クラスで人気な女子高生、というワードがとても似合う。

 だから、流奈と話したくなれば、こっちから声を掛けるだけでその願いは叶うだろう。流奈から推し変させてやる、と言われてはいるが避けられてはいないのだ。たぶん。返事をしてくれるはずだ。


「分かってる……分かってるんだけど、まだその踏ん切りがつかないんだ。俺の中では、るーなちゃんはずっと世界で一番素敵なアイドルのままだから」

「……ふーん。そのわりにはこの前、自分から声掛けてなかったか?」

「あれは、やむを得ない事情があったからで」

「じゃあ、またやむを得ない事情とやらを用意して話し掛ければいいじゃねーか。藍土もお前と話してる時の方が楽しそうにしてたぞ」

「えっ? 本当に?」


 そんなことあるのだろうか。

 これまでにも流奈と言葉を交わせば高確率で流奈を苛立たせたり、不機嫌にさせてきた前科がある。

 それなのに、自分と話していて流奈が楽しんでいるとはどうにも信じ難い話だ。


「いや、知らんけど」


 あっさりと答えられ、ついつい好太郎を睨んでしまう。


「そんな睨むなって〜俺、藍土のことよく知らねえし」

「るーなちゃん関連のことで俺に嘘をつくことは重罪ぞ、重罪。訴えてやる」

「待て待て。嘘だとは言ってねえって。なんとなーくだけど、そう見えたって話なだけな」

「なら、嘘ってことだね」

「俺の目は節穴ってか? それなら、直接、聞いてきてやるよ」


 ムキになったのか好太郎が勇み足で流奈の元へと向かった。呼び止める間もなく流奈の元へと到着した好太郎はこっちを指差しながら聞こえない声で流奈と話している。

 本当に聞いているのだろうか。

 だとしたら、物凄く迷惑な話だ。好太郎が言った通りなら嬉しいものだが、もし違っていたら傷付いてしまうではないか。

 チラリと流奈がこっちを向き、目が合った。自然と背筋が伸びて、ゴクリと喉が鳴る。


 すぐに、流奈は好太郎の方を向いて聞こえない声で何か言うと好太郎が戻って来た。


「な、なんて言ってた?」


 流奈がどう答えたのか知りたいような、知りたくないような。聞きたいような、聞きたくないような気持ちがごちゃ混ぜになったものの、興味には勝てずに恐る恐る尋ねる。


「話したいことがあるなら自分から声を掛けに来なさいよ。私からなんて行かないわ、だってさ」

「え、質問しに行ったんじゃないの?」

「や〜よく考えたらもし藍土の答えが違ってたら俺の目が節穴だってことにされるだろ。だから、質問の内容を変えた」

「……るーなちゃんになんて聞いた?」

「推野が話したそうにしてたけど、どうって」

「それで、さっきの答えが返ってきたと?」

「おん。いつでもいいわよ、って付け加えてたぞ」


 緊張していたのに展開を裏切ってくる好太郎に浮安はなんとも言えない表情になった。


「よかったな〜これで、好きな時にいつでも話し掛けられるぞ」

「ああ、うん。そだね」

「あれ、嬉しくないのかよ」

「嬉しいよ。嬉しいけど……正直、なにを話したらいいのか分からないから今は別にいい」


 というよりも、浮安は別に流奈と話がしたい訳ではない。話したくない訳ではないが、共通の話題がないのだ。流奈と話す時はただでさえ、相手が好きな子ということもあって緊張してしまう。その上、声を掛けても特に話題もなければ沈黙の空気を作るだけになってしまうだろう。

 無理に話題を作って話し掛けにいくくらいなら、こうして遠くから流奈のことを眺めている方が好きなのだ。


「そんなの元アイドルとファンなんだからアイドルの頃の話でイケるだろ」

「確かに、その通りだけど……」


 アイドル時代の質問をされることを流奈はとても嫌がっていると知っているのだ。知っているのに自分から聞きに行くのは流奈に対してとても迷惑な行為に違いない。


「はあ……なんにも知らないっていいね」

「はあ? どういうことだよ?」


 無知な好太郎にため息を漏らしたところで教室に大きな声が響いた。


「藍土さんっているー?」


 教室には入らず、扉の向こうから男子が中を覗いている。近くにいた女子が流奈の方を指差した。いると答えたようだ。

 すると、男子は「ありがとう」と言ってから嬉しそうに流奈の元へと直進していく。


「俺、藍土さんの大ファンなんだ! サインちょーだい!」


 また図々しいのがやって来た、と浮安は目を奪われた。

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