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第14話 推しの元アイドルとゲームセンター

 流奈が欲しがっている猫のぬいぐるみが入荷されているゲームセンターは電車に乗らないといけない場所にあった。

 事前に流奈が調べていたため、学校を出て、最寄り駅へと着くと流奈の案内に従って動く。

 ガタゴトと線路を走る車内の中には同じ制服を着た生徒がチラホラと見受けられる。


 誰も気にしてはいないとはいえ、浮安は流奈が自分と二人で帰っていると変な噂を立てられないためにも距離を空けて端の方に立つ。

 既に何度か二人でいることがあったうえで気にするのは今更かもしれないが、流奈に告白する人も現れたのだ。流奈に迷惑を掛けるような事態は避けられるなら避けた方がいい。


「それで、改めて聞くけど……って、どうしてそんなに離れてるのよ?」

「るーなちゃんに迷惑を掛けないために」

「どの口が言ってるのよ。いつまでも推し変しないで私に迷惑ばっかり掛けてるくせに」

「それはそれ、これはこれとして受け止めてもらえたら」

「自分勝手なんだから……で、今は何が私への迷惑だと思ってるの?」

「ほら、あそこ」

「同じ学校の生徒ね……それが、何?」

「何もやましいことはないのに変な噂でも立てられたら困るでしょ?」

「何も困らないわ。何もやましいことはないんだもの。堂々としていればいい話だし」


 そう言って流奈が近くへと寄ってくる。


「るーなちゃんって本当に強いね」

「普通でしょ。浮安がいちいち気にしすぎなのよ」


 当たり前のような顔を流奈はしているが、浮安は気にしてしまう。

 なんせ、相手は元アイドルなのだ。

 芸能界を引退しているとはいえ、どこに誰の目があるのか分からない。


 だから、こうして向かい合っているのも本当はやめてほしいところだが、離れたら流奈の方から詰められそうな気がしてその場に留まっておく。他の乗客もいる狭い車内の中で追いかけっこのようなことは出来ないし。


「じゃ、もう一回、言うわよ。ぬいぐるみの画像を送った時、どうして返事をよこさなかったのよ。既読は付けたくせに」

「え……その話はこういう場ではしないんじゃ」

「学校じゃないからいいわ。誰も聞いてないし」


 周囲を見渡して見る。流奈の言う通り、同じ学校の生徒を含めてこっちを見ている人は誰もいない。スマホを凝視していたり、本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしている。会話が聞かれるようなことはないだろう。

 それでも、一応、浮安は声を小さくして答えた。


「るーなちゃんから送られてきた意図が分からなかったから」

「だから、既読無視したってわけ? 分からなかったんならどういう意図があるか聞いてきなさいよ」

「でも、そんなことになったらるーなちゃんも返事を送らないといけなくなったかもしれないでしょ。ただでさえ、あの時はるーなちゃんに時間作ってもらってたんだし、あれ以上、るーなちゃんに時間を割いてもらうわけにはいかないよ。それに、すぐ先生も来ちゃったしね」

「真面目でいい生徒ぶっても意味ないわよ。授業中もずっとスマホ見てたって知ってるんだから」

「なんで知ってるの?」

「べ、別に。なんだっていいでしょ!」


 先生にバレないようにスマホは机の引き出しに入れながら流奈へのお返しを選んでいた。完全に見えないように隠していたというのに流奈にどうして知られているのだろう。


「と、とにかく。普段の愚痴ならともかく、ちゃんとした内容には返事くらいしてよね。いい?」

「う、うん」


 人差し指を向けられてドキッとしたまま頷けば流奈は満足気に「よし」と頷く。

 それと同じタイミングで降りる駅の名前を告げるアナウンスが鳴った。


「そろそろ、着くようね」

「だね。るーなちゃんは普段、ゲームセンターに行ったりするの?」

「小さい頃は連れて行ってもらったりしてたけど、今は行かないわ。浮安は?」

「俺もあんまり」

「意外ね。よく行きそうな見た目してるのに」

「あれ、なんか傷付けられてる?」


 そんなことを話していると降りる駅に到着した。

 電車から降りて、改札を抜けて、外に出る。

 ここは流奈も降りたことのない場所のようでしばらくスマホの地図とにらめっこした後、流奈を先頭にして歩き始めた。唸りながらスマホを見る流奈も可愛らしく、浮安は自分でも調べようという気が起こりもしなかった。


「着いたわ。ここのようね」


 ゲームセンターは駅から少し離れた場所にデカデカと建っていた。決して遠くはない場所なのに地図を見て流奈が唸っていたのだと思うとまた一段と可愛らしいと感じる。


「さ、入るわよ。私に着いてきなさい!」


 久し振りにゲームセンターに来たからだろうか。いつもより流奈がワクワクしているように見える。透き通るような紅色の瞳もいつにも増して輝いているようだ。


 流奈の背を追って入店すれば数多くのクレーンゲームが出迎えてくれた。

 どうやらこのゲームセンターは複数階あるようで遊びたいゲームの種類に寄って階が分かれているらしい。

 一階はクレーンゲームのようだ。

 お菓子やぬいぐるみ、フィギュアなど色々な種類のものが設置されている。


 中身一つ一つを確認していきながら流奈が望んでいる猫のぬいぐるみを探す。

 あまりぬいぐるみには興味のない浮安でも、可愛らしい顔がついている大きなスイカやボールでモンスターを捕まえるゲームのキャラクターなど、心惹かれる種類が多い。


「これも可愛い。あ、こっちも」


 きっと、今でも流奈はぬいぐるみが好きなままなのだろう。そうでないとお返しにぬいぐるみを選ばないはずだし、今だってあれもこれもと心移りしたりはしないはずだ。


「……ねえ、なにを笑ってるのよ?」

「いや、はしゃいでるるーなちゃんも可愛いなって」

「高校生にもなってぬいぐるみが好きだなんて子どもっぽいって馬鹿にしてるわけ?」

「そんなことないよ。俺だってるーなちゃんのこと昔からずっと好きだし一緒だよ」

「……それとこれとは違うでしょ」


 不貞腐れたように流奈は唇を尖らせる。

 そして、そのまま歩いて行ってしまった。


 怒らせてしまったのかと不安になったが流奈のぬいぐるみを見る表情は変わらず笑顔のままだ。怒ってはいないと信じて浮安も後に続く。


「あった」


 それから少しして、流奈が望んでいる猫のぬいぐるみが入っている筐体を発見した――ところまでは良かったものの、肝心のぬいぐるみが想像していた以上に大きい。

 元々、画像で見た時から大きいとは思っていたがここまでとは思っていなかった。度肝を抜かれた気分になる。


「本当にこれでいいの、るーなちゃん。持って帰るの大変じゃない?」

「そうね。でも、これがいいわ」

「そっか……じゃあ、頑張ってとる」

「とれるまで続けなさいよ」

「勿論だよ!」


 これは、浮安から流奈へのお返しなのだ。

 どれだけお金が掛かろうとも必ず手に入れて流奈に渡すつもり――なのだが、流奈がきょとんとした顔でこっちを見ている。

 首を傾げると呆れたようにため息を吐いた。


「そうよね……そうなるわよね……はあ」


 何かぶつぶつ言っているが周りの騒音にかき消されてよく聞こえない。


「ごめん、もう一回、いい?」

「なんでもないわよ、なんでも」

「そう? じゃ、両替してくるね」

「はいはい。行ってらっしゃい」


 軽く手を振りながら流奈から見送られる。

 こういう風に普通なら言ってもらえないようなことを言われていることに幸福を覚えながら、浮安はゲームをするための小銭を作りに両替機を探した。

 見つけた近くの両替機で小銭を大量に作り元の場所に戻ると早速ぬいぐるみ確保への挑戦を開始。


 大き過ぎて景品は一つしか入っていないため、狙いを失敗するようなことはない。アームを操縦し、ここだと思った場所で降下ボタンを押す。三本のアームがタコが獲物を捕食するかのように大きく開きぬいぐるみを掴む。

 しかし、ぬいぐるみが重たいようですぐにするりと落ちてしまった。


「まあ、そう簡単にはいかないよね。次々っと」


 あまりゲームセンターには来ないとはいえ、このサイズのぬいぐるみが一回目からとれるとは浮安も甘く考えてない。流奈の目の前だからいい格好でも見せられたら良かったが無理なのはどう足掻いても無理だと分かっている。諦めずに挑戦することが大事なのだ。

 まだまだ小銭にも余裕がある、と小銭を投入しては失敗して、を繰り返す。何度も何度も繰り返していく。

 そうして、何の成果も得られないままあっという間に両替した小銭全てがなくなってしまった。ほんの十数分で数千円が消えた。


「ぐぬ……ぐぬぬ……両替してくる」


 新しい小銭を増やしに両替機へと向かおうとすれば「待って」という声と共に流奈に腕を取られた。


「どうしたの?」

「両替に行かなくていいわ」

「でも、小銭がないと挑戦出来ないし……」

「だから、もうこれは要らないってこと」

「え……あ、俺がいつまで経ってもとれないから呆れた……?」

「そうじゃないわ。私の気分の問題。なんか、ずっと見てたらあんまり可愛くないなって思ったのよ。浮安だってそう思うでしょ」

「確かに……機嫌悪そうであんまり可愛くはないと思うけど」

「でしょ。だから、お金を注ぎ込んでもらっておいて悪いけど、これはもう要らない。欲しくなくなったわ」


 さっさと諦めをつけたように流奈が筐体を後にするので浮安は慌てて追い掛けた。


「じゃあ、何か他のぬいぐるみでお返しを」

「それも、もういいわ。私が買ったのはたかがドリンク五本。浮安はそれ以上の金額を既に払ってる。これ以上、お金を使われても受け取るに受け取れなくなる」

「そんな……金額の問題じゃないよ。俺がるーなちゃんにお礼をしたいだけなんだから」

「何回も言ってるでしょ。自分よりもお金を持ってない人から奢られるのが嫌だって。私に嫌な思いをさせてまでお返しがしたいわけなの?」

「それは……」


 流奈からドリンクを貰って浮安は嬉しかった。

 だから、そのお返しをして流奈にも喜んでほしいと考えている。

 なのに、そうすることで流奈に嫌な思いをさせてしまっては本末転倒だ。お返しの意味がなくなってしまう。


「じゃ、そういうことだから。またね」


 何も言い返せないことを見抜かれたのだろう。

 足早に流奈はゲームセンターから出ていき、浮安だけが取り残された。

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