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第13話 推しの元アイドルにお礼

「る、るーなちゃん!」


 授業と授業の間にある短い休み時間。

 クラスメイトの誰かが流奈に話し掛ける前に浮安はいち早く声を掛けた。自分から流奈に声を掛けるのはこれまでファンとしてご法度だと禁じていたから緊張して声が大きくなってしまった。驚いたようで流奈も目を丸くしている。


「いきなり大きな声を出さないでよ」

「ごめん……るーなちゃんに話し掛けるの緊張して声量間違えた」

「間違いなく浮安が一番話してるクラスメイトなのに緊張する?」

「そりゃ、るーなちゃんと話す時はいつだって緊張するし今だって緊張してるよ。心臓爆発しそう」

「大袈裟ね」

「大袈裟なんかじゃないよ。好きな子と話してるんだから」


 ずっと、大好きだった流奈とこうして言葉を交わせているのは何度繰り返しても慣れないのがオタクという生き物の性質だと浮安は思う。

 今も自分を奮い立たせてここに立っている。


「っ、そ、そう」


 不意を突かれたように流奈は目を見開いてから、気を紛らわせるかのように喉を鳴らした。


「それで? 珍しく浮安の方から声を掛けてきて私に何の用? 言っておくけど、私の時間は安くないわよ?」

「もちろん。るーなちゃんの貴重な時間を俺なんかに割いてもらうのは申し訳ないからね。さっさと済ませるよ」


 基本的に流奈の休み時間の過ごし方は二択だ。

 クラスメイトに声を掛けられて質問攻めに合うか読書をするかに限られる。

 一人で過ごす流奈を眺めているといつも流奈は読書をしているのだ。よっぽど本を読むのが好きなのだろう。


 しかし、それも今のように声を掛けられては読書を中断して流奈は律儀に会話のキャッチボールを行っている。自分の過ごしたいように過ごしたいはずなのにだ。


 そんな真面目な流奈にはますます好感を抱く。


 今も口ではああ言いつつもきちんと向き合ってくれる流奈だからこそ、浮安は流奈の時間を奪うようなことをしたくない。一秒でも早く用事を済ませることに尽力するつもりだ。


 本音はなるべく長く流奈とこうして話していたいところだが、我慢する。


「この前、熱を出した時にるーなちゃんがドリンクくれたでしょ。そのお礼がしたいんだけど、何か欲しい物とかない?」


 あの時、流奈に恋人が出来たかもしれないと変なことを考え、勝手に嫌になって熱を出した。

 そんな馬鹿げた理由なのに、流奈がわざわざドリンクを買ってきてくれた。

 改めて整理しても嬉しくならない訳がない。


 そのお礼がしたくてたまらないのだ。


 それに、何も悪くない流奈に責任のようなものを感じさせた償いも含めて、浮安も何か贈りたいと思った。


「そんなの気にしなくていいわよ。あれくらい、安い物だし」

「金額云々の話じゃなくて、俺の気持ちの問題だから。お礼させて」

「……浮安がそうしたいなら好きにしたら? 私が止めるってのも変な話だし」

「ありがとう!」

「なんで、感謝してるのよ……はあ。それで? 私の欲しい物が知りたいと?」

「うん」

「ないわ」

「え?」

「誰かに買ってもらわないと買えないような欲しい物はないってことよ。大概の物なら自分で買えるもの」


 得意気な顔で言う流奈に浮安は頬をかいた。

 子役の頃から稼いできた蓄えが今でもかなり残っているのだろう。欲しい物は自分で買える流奈が望む物を浮安が用意出来るとは思えない。

 そもそも貯金の全額を下ろしたとしても額が足りないだろう。困ったことになった。


「だいたい、贈り物くらい自分で考えて用意しなさいよ」

「……ごもっともです」


 お礼をしよう、と思い立った時は何を贈れば流奈が喜んでくれるのかと考えた。

 しかし、こうして誰かに贈り物をした経験がない浮安には同級生を相手に何を贈れば喜んでくれるのかが分からない。

 ましてや、相手は流奈なのだ。

 難易度は一気に跳ね上がる。


 せめて、嫌いな物を贈るようなことはしたくなくて本人に直接教えてもらおうとこうしている最中なのだが。


「ていうか、好きな物でも贈ればいいじゃない。あ、そっか〜。好きな物も知らないか。推しの好きな物も知らないなんてファン失格なんじゃない?」


 ニヤニヤと流奈が唇を緩ませながら言ってきた。


「るーなちゃんの好きな物なら把握してるよ。ぬいぐるみだよね。中でも猫のぬいぐるみが一番のお気に入り。寝る時は横に置いて一緒に添い寝してる。るーなちゃんがインタビュー記事でそう答えてるの読んだから」


 でも、それは、流奈が小学生の頃の話だ。

 甘いジュースしか飲めなかった子どもが炭酸を飲めるようになり、好みが変わっていくように流奈の好きな物も変わっているかもしれない。

 高校生になった流奈の好みが知りたい。


「キモッ。キモッ。え、何? いつの頃の話を覚えてるわけ? 怖っ。怖いんだけど」


 どうしてだか流奈に怖がられてしまった。

 自分を守るように腕を胸の前で交差させる流奈に浮安は首を傾げる。怖がらせることになった原因がどこにあったのか分からない。


「はー、無理無理。浮安からぬいぐるみなんて貰ったら中に何を仕込まれるか分かったもんじゃないもの」

「何もしないのに……」


 流奈が想像しているようなことをするつもりなど言われなくとも毛頭ない。

 しかし、流奈は首を横に振って嫌がっている。

 今でもぬいぐるみが好きなら贈ろうとも思っていたがこの様子だと受け取ってもらえないだろう。案の中から消しておく。


「もう一回、自分で考えてみるよ。ごめんね、時間作ってくれてありがとう」


 このまま考えていてもすぐに答えは出せない。

 そうなれば、流奈の貴重な時間をなんの成果もないのにいつまでも奪い続けてしまうことになる。

 それは申し訳なく、浮安は席に戻ることにした。


 今すぐ流奈にお返しをしなければならない理由はない。自分なりにゆっくりと考えてみよう。

 気持ちを切り替えてスマホで検索してみる。

 流奈を怖がらせるようなラインナップは選ばないように気を付けるがそもそも怖がらせるような内容がプレゼントの一覧に出てこない。


 難しいな、と唸っていれば画面上に流奈からメッセージが送られてきたことを知らせる情報が表示された。

 画像が送られてきたと告げている。

 それを見に行けば、手足を伸ばしてベタッとしている猫のぬいぐるみを確認出来た。


 けれど、流奈の意図が分からない。

 どうしてこの画像を送ってきたのだろうか。

 これが欲しい、という意味が込められているのかもと考えたがさっき無理だと言われたばかりだ。違うだろう。


 頭を悩ませていると先生がやって来た。

 いつの間にか休み時間が終わっていたらしい。


 授業が始まっても浮安の頭は流奈のことでいっぱいだった。




 ――結局、なんにも決めらんなかった。


 授業中も先生に気付かれないようにしながらプレゼント選びに没頭していたが結果は何も変わらず。


 ――るーなちゃんの歌でも聴いて頭を休めよう。


 頭を使い過ぎて、よく分からなくなっている。一度、リフレッシュが必要だ。ちょうど今からは家に帰るだけ。帰る時はいつも流奈の歌を聴きながら帰っている。気分転換にはもってこいだ。


「ねえ、どうして返事しないわけ?」


 帰宅の準備を進めていると声を掛けられた。

 顔を上げれば機嫌悪そうに目を細めた流奈が立っている。


「返事……?」

「画像の件よ」

「あ、あー。さっきメッセ――むぐ」

「ちょっと。それは内緒って話でしょ」


 流奈のスマホは事務所から支給されているようなものではなく、誰とでも連絡先を交換してもいいものだが流奈はそれを避けている。

 周囲にはまだクラスメイトが大勢残っていて、流奈に慌てて手で口を塞がれた。

 頷いて合図すれば解放される。


「あれってどういう意味だったの?」


 メッセージという言葉は使わずに聞く。


「贈り物はあれでいいって意味よ」

「え、でも、ぬいぐるみは無理なんじゃ……」

「気付いたのよ。私がその場で受け取れば浮安に何かされる心配もいらないってね」

「まあ、最初から何もするつもりはないけど」

「ていうか、ヒントあげたんだからそれくらい勘付きなさいよ。察しが悪いんだから」


 呆れるように肩を竦める流奈に浮安は肩身が狭くなる。


「――なーんて、ね。藍土流奈ってわがままで自分勝手で嫌な奴だと思ったでしょ? 好き勝手言ったくせにってイラッとしたでしょ?」

「俺が鈍感だから気付けなかったんだよ」

「ほんと、鈍いわよね。今だって全然察してくれないし」

「何か他の意図があったの?」


 流奈が自分を責めているのではないか、と気付いたからこそ否定したが違っていたのだろうか。


「もういいわ、その話は。で、お礼はしてくれるの?」

「それは、もちろん!」

「そ。じゃ、行くわよ」

「分かっ――って、どこに?」

「決まってるじゃない。ゲームセンターよ」

「ゲーム……センター?」

「そうよ。あのぬいぐるみ、ゲームセンター限定品らしいわ」

「……ああ、そうなんだ」


 流奈から貰ったドリンクのお礼をしようと何が欲しいか相談した。

 それだけだったのに。

 どうしてだか、流奈と一緒に出掛けることになってしまった。

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