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第1話 推しの元アイドルと世界で一番の幸せ者

カクヨムコンも終わったのでこっちにも投げます。

10万字はあるので数日は毎日投稿します。

以降はぼちぼちと進めていけたらなあと思ってます。

お付き合いよろしくお願いします。

 突然だが、推野浮安(おしのふあん)は自分のことを世界で一番の幸せ者だと自負している。

 その理由は推しの元アイドルである藍土流奈(あいどるーな)と高校で同じクラスになったからだ。


 世界にどれだけの人口が居て、どれだけの高校があるのか。それを考えれば推しの元アイドルと偶然同じクラスになるなんて、宝くじが当選するよりもソシャゲで最高レアを当て続けるよりもよっぽど運が良くないとあり得ない。

 流奈と同じクラスになったことでこれからの人生で待っていたかもしれない幸運を使い切ったとしても構わない。

 それほど、浮安にとって流奈と同じクラスになれたことは幸せなことなのだ。


 とはいえ、浮安と流奈の間に何か接点がある訳ではない。同じクラスになってから二週間が過ぎたが声を掛けたこともないし、掛けられたこともない。

 ただの元アイドルとファンだけの関係。

 それも、多くのファンがいた流奈からすれば浮安の存在なんて認知もされていないだろう。


 それでも、同じ教室で同じ空気を吸いながら、同じ授業を流奈と受けられているだけで毎日が幸福だった。


 きっと、この先も流奈と関わることなんてない。

 何かのきっかけで一言二言会話することが出来たとしてもそれ止まり。

 推しは尊く、見守るもの。

 そう決めているからこそ、それ以上を望んだりしない。


 と思っていたはずなのに――。


「明日の放課後、出掛けるわよ。予定を空けておきなさい」

「えっと……何で?」

「決まってるでしょ。アイドルじゃない本当の私を見せて幻滅させるためよ!」


 背中まで届く紫紺色の髪を宙に舞わしながら、人差し指を向けて流奈が言い放つ。

 どうして、こんなことになっているんだろうか。


「推し変させてやるわ!」


 頭を抱えながら、浮安は思い出すために少しだけ記憶を遡った。




「ねえ、藍土さんって昔、アイドルだったの?」


 そんな声が聞こえてきたのは放課後の教室でのことだった。

 帰り支度を済ませ、スマホで自作した流奈ちゃんセットリストの中からどの曲を聴いて帰ろうかと悩んでいる最中だったが流奈に関する話題となれば話は別だ。

 流奈に関する話題は全て頭に入れておきたく、声がした方へと視線を向ける。


 そこでは、数人のクラスメイトが流奈を囲むようにして立っていた。

 その数、男子が二人。女子が三人の計五人だ。

 五人もの人間に囲まれるのは度胸のない浮安には恐ろしいことであるが流奈は微塵も気にする素振りを見せず、笑顔を浮かべて頷いた。


「うん、そうだよ。といっても、半年前までだけどね」


 百点満点の笑顔のまま、そう答える流奈。

 その笑顔はテレビや写真、ライブで見せていたかつてのものと少しも変わっていない。

 半年前、流奈が芸能界を電撃引退してからは見ることがなくなっていたそれをもう一度、目にすることが出来て浮安は目頭が熱くなった。


「ほらね、私の言った通りでしょ」


 どうやら、五人の中で流奈が元アイドルかそうでないのかで議論が交わされていたらしい。流奈に声を掛けた女子が胸を張るようにして威張っている。

 そのせいで浮安の感動がかき消されてしまった。出そうになっていた涙も瞬時に引っ込んでいく。


「スゲー。よく分かったな。写真と見比べても面影があんまりないから気付かんかった」

「どっかで見た気がしたんだよね〜天性の歌唱力を持つ藍土流奈ちゃんって」

「じっと見たら藍土さんってめちゃくちゃ可愛いもんね。アイドルやってても納得だわ」


 確かに、流奈の容姿はとても整っている。

 中学生から高校生になって成長したとはいえ、抜けきらない幼気が残った可愛らしい顔立ち。

 アイドル時代よりも伸びた艷やかな紫紺色の髪。

 特徴的な透き通った紅色の大きな瞳。

 どこをとっても流奈は最高に可愛い。じっと見なくても、遠くからでも近くからでもどこからどう見ても流奈は世界一可愛い女の子、というのが浮安にとっての流奈なのだ。

 だから、今の発言にはすこぶる腹が立った。


 それに、流奈は可愛いからアイドルになったのではない。アイドルとしての流奈を人気にしたのは圧倒的な歌唱力があったからだ。

 元々は、子役だった流奈だが、アイドルが主演のドラマにそのアイドルの子供時代として出演したのがきっかけだった。


 小さな体で激しく動きながら、まったく切れない息で歌い切る姿に世間が注目した。

 この子こそがアイドルになるべきだ、と誰もが確信したのだろう。たまたま母親が見ていたドラマを見掛けただけの浮安でさえ、感動して無知ながらにそう確信した。


 そして、その通りにことが運んだ。

 流奈のおかげもあり、大ヒットしたドラマの終了後、流奈は本当に子役からアイドルになって、デビューした。


 ドラマの影響があってか流奈の人気は物凄く、一目見た以降、惹かれっぱなしの浮安は泥沼に沈むように流奈にハマっていった。

 と、話がそれてしまったが流奈は可愛いだけでアイドルになった訳じゃない、というのがお分かりいただけただろうか。


 そもそも、可愛いだけで小学五年生の女の子がアイドルになってデビューするなど、そう容易くはないはずだ。どれだけ流奈が凄いのか、今一度知識を深めてから発言してほしいものである。


「じゃ、藍土さんから答えは聞けたことだし、賭けは私の勝ちね」

「賭けって?」

「藍土さんがアイドルなのか、そうじゃないのかって私達の間で話題になってさ。みんな、こんな普通の高校に元アイドルがいるはずないって信じなかったからフラペチーノ賭けて勝負してたんだ。いや〜藍土さんにアイドルやってた過去があって助かったよ」

「まあ、昔のことだしアイドル辞める前なんてもう空気みたいな存在だったからね。誰も知らないのが当然。信じられないのが普通の反応だよ」

「正直、未だに信じられてねぇわ、俺……実感なさすぎ」

「あはは、だよね」

「てかさ、うちらこうやって気軽に藍土さんと話してるのヤバくない?」

「気にしなくていいよ〜むしろ、アイドルだったことなんて触れずに接してくれると嬉しいかな」


 決して自分がアイドルだったことを鼻に掛けず、相手と同じ目線で優しく接する流奈に浮安は胸が温かい気持ちに包まれる。

 それと同時に下心が出てきた。


 もしかすると自分も流奈に話し掛けてもいいのではないだろうか。目の前で行われているように流奈とクラスメイトとして会話しても問題ないのではないだろうか。

 そんな下心につい従いたくなってしまうがすぐさま否定する。いやいや、ダメだ、と。


 浮安にとって、推しの日常というのは足を踏み入れてはいけない聖域なのだ。温かい目で見守るべき尊きものなのだ。

 だから、決して足を踏み込んではいけない、と決めているのに自分で破る訳にはいかない。

 そもそも、どれだけ流奈と話せるなら話したくても自分から声を掛ける勇気すらないのだから、叶わないことなのだが。


「じゃあさじゃあさ。藍土さんの持ち歌でも歌ってよ。そしたら、元アイドルって信じられるかも!」

「はあ? まだ藍土さんがアイドルだったって信じてないの? そんなに賭けに負けたくない訳?」

「賭けはもう負けでいいよ。けど、単純に元アイドルの生歌を聴きたいじゃん」

「……確かに、それはそうかも?」

「だろ? ってことで、どうかお願いします!」


 両手を合わせて頼んでいる後ろ姿を見て、浮安は眉を上げる。

 流奈の生歌なんて、もう随分と聴けていない。

 だからこそ、聴けるなら聴きたいに決まっている。

 しかし、流奈の生歌は教室というちっぽけな場所なんかで聴くような代物じゃない。もっと、流奈が歌うに相応しい場所でないといけない。


 というか、元アイドルの流奈に対して軽々しく生歌唱を頼むなどおこがましく、自分の立ち場を弁えて発言をしろ、と浮安は苛立った。


「うーん、ここで歌うのはちょっと……私に興味ない人も残ってるだろうし、迷惑になることはしたくないな」

「そこを何とか!」


 断っても聞いてくれない相手に流奈も困っているのだろう。笑顔を絶やしないが迷惑そうに頬をかいている。

 ――るーなちゃんに言われたら諦めろよ。るーなちゃんを困らせるな。

 見ていてイライラする。


 しかし、事態はさらにややこしい方向へと進む。

 流奈達の会話が聞こえていたのだろう。

 教室に残っていた三分の一ほどのクラスメイトが続々と流奈の周りに集まってきた。


「どうしたの?」

「それが、藍土さんって昔、アイドルだったらしいよ。それで、今から何か歌ってくれるんだって」

「え、マジで? 元アイドルだったなんて全然知らんかった」


 男子も女子も関係なく、誰もが口々にそう呟いている。

 どうして、誰も流奈のことで騒がないのだろうと入学式から二週間もの間、ずっと疑問に思っていたが解決した。


 誰も流奈が元アイドルだったと知らなかったようだ。

 推しの日常は遠くから見守るもの、と自分と同じ考えをしているからこそ誰も騒いでいない、ということではなかったらしい。

 クラスメイトの一人が元アイドルだと知って興奮しているのだろう。流奈の事情なんて考えもせず、捲し立てるように流奈が歌わないといけないような空気を作り出している。


「……皆が聴きたいならいっか」


 自分勝手な周囲に虫酸が走っていたのも束の間、流奈の一言に浮安の中から腹を立てていた気持ちが消えた。

 まさか、こんなところで流奈の生歌を聴けることになるなんて思ってもいなかった。ずっと。ずっとずっと、聴きたかったから嬉しい。

 と、引き寄せられるようにクラスメイトの集団へと足を運ぶ。


 席を立って流奈もその気になったようだ。

 本当にこれから流奈が歌う姿を見て、歌声を耳にするのかと考えると気持ちが高揚し、ワクワクするのを止められない。


「……馬鹿だな、俺」


 盛り上がる喧騒の中で誰の耳にも届くことのない声量で浮安は呟いた。

 このまま、気付かないふりをして流奈の生歌に没頭出来ればどれほど幸せだっただろうか。だって、本当に望んでいることなのだ。もう叶うことのない願いだと分かっていても、もう一度だけでいいから流奈の生歌を聴きたいと。


 でも、それはもう無理な話だ。見てしまった。見えてしまったから。流奈の笑顔が苦しそうにしているように。


「……その歌、ちょっと待ったーーーっ!」


 流奈が歌い始める前よりもいち早く、浮安は叫ぶと共に歩き出した。

 突如とした大声に流奈も含め、教室に居た全員の視線が向けられるのを感じつつ、クラスメイトをかき分けて流奈の前に出る。


 きょとんと目を丸くしてる流奈も可愛いな、と頬を赤らめながら流奈を庇うように背を向ける。正面を向けば、いくつもの視線がより強く突き刺さり、緊張で体が震えてきた。

 我ながら情けないな、と呆れつつ、でも、逃げ出したりはしない。


 本当に流奈が歌いたくない、と嫌がっていたのかは心の読めない浮安には不明なところだ。

 だから、この行動も流奈に迷惑だと捉えられているかもしれない。

 それでも、それでもいいから、何もせずに楽しんだだけで終わりたくなかった。もう、流奈にはマネージャーもサポーターもいないのだ。もし、流奈が助けを求めているのなら、自分がどうにかすべきだと思ったのだ。


 これまで、流奈の活動に何度も楽しませてもらった恩返しとして。


「えーっと……急に出てきたけど、君、誰?」


 流奈に声を掛けた女子が目を細めながら聞いてくる。

 それに同調するかのように皆が頷いた。

 入学してからずっと流奈に夢中で誰にも声を掛けたりしなかったから覚えられていないらしい。

 気にすることでも、答えることでもない内容だと放置しておきながら、周囲を一瞥する。


「る、るーなちゃんが困ってる、から……こういう断れない空気作るの、やめた方がいい」


 これだけの人に囲まれるなんて初めてのことで上手く口が回らない。

 この中で堂々としていた流奈は流石だと感じる。


「……藍土さん、迷惑だった?」


 浮安から外れた視線が一斉に流奈へと注がれる。


「……ううん、そんなことないよ」


 ほんの少しだけ躊躇いを見せた後、流奈は明るい声で口にした。


「ほら、藍土さんもこう言ってるし、そこ退いてくれない? 私達、藍土さんの生歌聴きたいからさ。てか、君も一緒に聴こうよ。藍土さんの生歌、きっと凄いよ」


 そんなこと言われずともこの場にいる誰よりも詳しいと豪語出来る。


「いや、だから、全員で圧をかけるってのがよくないって話で――」

「いつまでもボソボソ邪魔だなあ。聴かないなら早く退いてくれよ」


 横から伸びてきた腕に押されて浮安は否応なしに動かされた。予想していなかった出来事に咄嗟に構えることが出来ず、足が動く。

 踏み止まるために脳から体へと命令を出すよりも先に足が滑った。どうやら、掃除をしたばかりで床が濡れて滑りやすくなっていたらしい。前に倒れるなら手を付けていたが今回は運が悪かった。浮安の視界が宙に向く。


「いった!」


 強烈な痛みが頭に走ると同時に声が出ていた。

 床に頭を打ち付けた衝撃からか脳が揺れているような気がする。視界もぐるぐると回っているのか体が何度も回転しているような錯覚に落ちる。気持ちが悪い。


 目を閉じれば少しは楽になるだろうか。

 そう思って目を閉じてみたが考えているよりも酷いらしい。今度は目を開けられそうにない。

 それどころか、寝る時に近い暗闇の中に意識が飲み込まれてしまいそうだ。


「ごめ、るーなちゃん……役に立てなくて」


 絞り出すようにどうにか声に出せたのを最後に浮安は意識を失った。

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