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医療獣団  作者: 鳥鈴 昴
第一章
1/9

序章

 赤色灯が回る中、雨の降る道路に膝をついていた桜田優は、懸命に胸骨圧迫を続けていた。周囲には交通事故の現場が広がっており、同僚の救命士が呼吸確保とAEDの準備に走っている。


 「心拍、まだ戻らない!」


 「酸素入れるぞ、カウント頼む!」


 雨で濡れた地面に手をつきながらも、優の目は患者の顔を見つめ続けていた。痛みに顔を歪める仲間、救急車のサイレン、叫ぶ声、緊張と焦燥。だが、その中でも優の手は止まらなかった。


 「まだ、終わらせない……!」


 数分後、微かに震える瞼に気づき、誰かが叫んだ。


 「反応あり! 心拍、戻ったぞ!」


 緊迫していた空気が一瞬ゆるみ、仲間たちは小さく息をつく。優も肩で大きく息をしながら、わずかに顔を上げた。


 その顔には、疲労と共に、命をつなぎとめた者だけが浮かべる静かな誇りがあった。



 勤務が終わり、優は制服の上着を脱いで肩にかけ、夜道を歩いていた。空には雲が立ち込め、街の灯りがぼんやりと滲んでいる。


 濡れた髪に手をやりながら、小さなコンビニ袋を片手に持ち、団地の階段をのぼっていく。今日もまた、救えた命と、救えなかった命が胸の奥に残っていた。


 「はぁ……」


 誰に聞かせるわけでもないため息をひとつついて、ドアを開ける。人気のない部屋に、蛍光灯の白い光がぽつりと灯った。


 いつもと同じ、一人の帰宅。テレビをつけず、椅子に腰掛け、冷めたコンビニの弁当に手を伸ばす。


 静かな部屋。電子レンジの音だけが、ぽつんと響いていた。


 「……今日は、少しはマシだったかもな」


 冷えた弁当を温め直しながら、優は窓の外に目をやった。昼間とは打って変わって、外はしとしとと雨が降っている。街灯に照らされた雨粒が、夜の空気を淡く揺らしていた。


 食事を終えると、風呂も入らずそのままベッドに倒れ込む。だが、目を閉じても、まぶたの裏にはさっきまでの現場が浮かんで離れない。


 (……やっぱり、少し歩こう)


 そう思い立って、上着を羽織ると傘も持たずに部屋を出た。



 夜の街は雨に濡れて、誰もいない公園や住宅街の道は静かだった。濡れたアスファルトを、スニーカーがしゃくしゃくと踏みしめる。


 (命を救うって、何なんだろうな……)


 そんなことをぼんやりと考えながら、人気のない坂道を歩いていた、そのときだった。


 「……あ」


 足がつるりと滑った。


 雨で濡れた側溝の金属の蓋。踏んだ瞬間、思いのほか滑りやすくなっていた。


 景色がぐるりと反転し、重力に引かれるように視界が沈む。


 頭の中で、過去の記憶が走馬灯のように巡る。


 そして——世界は、音もなく暗転した。


これから連載していきますので、よろしくお願いします。

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