S級冒険者の2人は、素直になるのが難しい。
扉がゆっくりと開いていく。
その奥の薄暗い空間から、女の声が響いてくる。
――魔道具の三日月堂へようこそ。私は店主のクロエです。
当店は絶大な力を持った魔道具を数多く取り揃えています。
あらゆる奇跡を起こすことから、私のことを『三日月の魔女』クロエ・アナと呼ぶ方もいらっしゃるそうで。
例えばどんな商品があるのかって?
それでは、こちらの魔道具をご覧ください。
……惚れ薬。
大昔からの、人類の夢のひとつです。
ですが、誰にとっても必要なものではありません。
あなたには、惚れ薬は必要ですか?
もし手に入ったとして、相手に飲ませることができますか?
参考までに、あるエピソードをご紹介しましょう……。
**********
ある日、三日月堂に1人の冒険者がやってきた。
背が高く、長い銀髪を後ろで結んだ男だ。
氷河のように透き通った青い瞳が輝くその顔の造形は、怖気がするほど美しく整っている。
「クロエ・アナ、この素材を買い取ってもらいたい」
長机に置かれた麻袋から大きな角を取り出して、クロエは目を丸くする。
クロエのもとには、一般には流通しない特殊な素材が持ち込まれることが時折ある。
それにしても、目の前に置かれたその素材は希少なものだった。
「これは……ブラックユニコーンの角ですか。1人でよく倒せましたね」
「ふ、たいしたことはなかったさ」
「さすがはS級冒険者ですね、アーロンさん」
S級冒険者はこの国にたった2人しかいない。
この男はそのうちの1人、『氷刃のアーロン』ことアーロン・エースだった。
すべてを両断する居合い切りと、何もかもを凍らせる氷魔法の使い手だ。
「ところで……お前は『惚れ薬』を作ることはできるか?」
「できますけど……誰に使うのですか?」
「誰にだっていいだろう……」
「そうはいきませんよ。惚れ薬は、対象者がわからないと調合できないものなのです」
「そ、そうなのか……。決して他言はしないと、約束できるか……?」
「当然です。顧客の個人情報ですから」
普段は感情をあまり見せないアーロンには珍しく、頬を赤らめて声をひそめる。
「実はな……もう1人のS級冒険者、スカーレット・バローズに使いたいのだ」
**********
数日後、三日月堂にまた1人の冒険者がやってきた。
胸部と腰回りだけを軽装鎧で覆い、筋肉隆々の肉体を惜しげもなく露出している女だ。
燃えるような赤い髪をなびかせて見せる勝ち気な笑顔は、大輪の向日葵のように華やかな光を放っている。
「よお、クロエ。いい獲物を狩ってきたぜ」
クロエはその女が担いでいる巨大な目玉を見上げて言う。
「ほう……サイクロプス・ロードの眼球ですか。強かったでしょう?」
「へへ、アタシにかかりゃ朝メシ前さ」
「さすがはS級冒険者ですね、スカーレットさん」
その女は先日訪れたアーロンと双璧をなすS級冒険者だった。
『爆炎剣のスカーレット』こと、スカーレット・バローズ。
すべてを粉砕する大剣の強撃と、何もかもを焼き尽くす炎魔法の使い手だ。
「ところでさ……クロエは『惚れ薬』って作れんのかよ?」
「作れますけど、飲ませる相手は誰ですか?」
「え! そ、それは、その……!」
「教えてもらわないと、惚れ薬は作れませんよ。誰にも言いませんから」
「ほ、本当だな……! じゃあ、言うぞ……!」
スカーレットは顔を真っ赤にして、クロエに耳打ちする。
「実はさ……S級冒険者のアーロン・エースに飲ませたいんだよ……」
**********
両片想い。
S級冒険者のアーロンとスカーレットは、紛うことなき両片想いであった。
惚れ薬など必要ない。
ただ言葉に出して告白するだけで、すべて終わる話である。
クロエも当然、それぞれに対して「惚れ薬なんか使わなくても普通に告白すればいいじゃないですか」と言った。
そもそも2人とも、国中の冒険者が憧れるS級冒険者なのだ。
薬なんかに頼らず堂々と言えばいい。
だが、クロエの発言に対する2人の反応はこのようなものだった。
「俺が告白など、できるわけがないだろう。実は俺には前世の記憶があるのだが、前世では子供の頃から太っていたのだ。そのせいで俺のあだ名は「背脂」だ。ラーメンに入れる分にはいい。素晴らしいものだ、背脂は。だが、背脂と一緒に遊びたい者はいない。べちゃっとするからな。体育のストレッチの時も俺だけ毎回ペアいなかったからな。そんな俺が、あのスカーレットに告白などできるわけがない。あんなビキニアーマーの、ギャルみたいな陽キャ女に」
「告白? アタシが? 無理に決まってんじゃん。実はアタシがこうなったのって前世の反動なんだよ。前世ではずっと病弱で入院することも多くてさ。たまに学校に行っても人見知りしちゃって友達できなくてさ。おかげですっかりインドア派でさ。あれよあれよという間に腐女子の出来上がりだよ。男子なんて薄い本の中にしか存在しないって自分で自分に言い聞かせてたんだから。そんなアタシが、あのアーロンに告白? ムリムリムリムリ。あんなクールぶったイケメンに告白なんかしたら爆発するよ、アタシの全身が」
それに対して、クロエは思った。
完璧な相性じゃないかと。それも前世から。
やはり惚れ薬など必要ないし、むしろ必要なのは勇気だ。
本当の自分を相手に伝え、本当の相手を知ろうとする勇気。
それを育むために必要なのは共通体験だ。
クロエは2人に言った。
「それでは、惚れ薬の素材を入手してきてください。惚れ薬の代金は、その現物でけっこうです。まず必要な素材は……」
**********
クロエが2人に伝えた惚れ薬に必要な素材。
その1つ目は満月草の花弁だった。
満月草はゴブリンやオーク、ミノタウロスといった獣人系モンスターが大量に巣食うある山の頂上に群生しており、満月の夜にだけ開花する。
その山の麓に、アーロンとスカーレットの姿があった。
「なぜお前がこんなところにいるのだ」
「そ、そっちこそ!」
アーロンとスカーレットは、お互いを密かに想いながらも、会えば衝突ばかりしていた。
周囲が2人をライバル扱いするせいもあるが、駆け出し冒険者の頃からそうだった。
2人とも理由はわからずとも、なぜかコイツには負けたくないと直感的に思ったのだった。
それでお互いを意識したせいで、いつの間にか両片想いになっていたということだ。
その日も、いつも通り2人は競い合うように頂上の満月草を目指した。
「ふん、俺が満月草を求めるのはある筋からの依頼だ」
「アタシだって、ある筋からの依頼だよ!」
「ある筋とはどの筋だ」
「どの筋だっていいだろ! 下ネタはやめろよな!」
「どこが下ネタだ。下品な女め」
「アタシのどこが下品だ! アタシほど上品な女もいないよ!」
「そんなビキニアーマーを着た上品な女など、いるわけがないだろう」
「な! 女戦士がビキニアーマー着て何が悪いんだよ!」
「別に悪いとは言っていない」
「じゃ、じゃあ、好きなのかよ……?」
「そ、そうとも言っていないだろう」
「だったらジロジロ見るなよ!」
「だ、誰が見るかッ!」
その場にツッコむ者はいない。
ゴブリンもオークもミノタウロスも、2人が通った後にはすべて肉塊か氷の彫刻か消し炭に変わっていたからだ。
2人は言い争いながらも、難なく満月草を手に入れた。
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惚れ薬に必要な素材の2つ目。
それは王家の墓の最深部に潜むA級モンスター、水晶ヘビの牙だった。
そして大量のアンデッドが蠢く王家の墓の入口にて。
「どうしてここにもお前がいるのだ」
「それはアタシの台詞だよ!」
アーロンとスカーレットの2人は同時にこう思っていた。
(まさか、コイツも惚れ薬の素材を集めているんじゃ……)
そう思うなら探りを入れればいいものを、根がコミュ障な2人にそんなことができるわけもなく、別の話題に逃れることしかできなかった。
「そ、そういえばお前は転生者だと噂されているらしいな」
「アンタだってそうだろ。冒険者のくせにラーメンなんか開発したりして」
「お前だって、東国から取り寄せた米に生卵をかけて食べるらしいじゃないか」
「し、仕方ないだろ……! 日本人なんだから」
「やっぱり、お前も日本人だったのか……」
「え、ていうことは、アンタも……?」
「ま、まあな……」
それからしばらくの間、2人は無言で大量のアンデッドを蹴散らして王家の墓を奥へ奥へと進んでいった。
最深部にたどり着き、猛毒を吐き散らす水晶ヘビの大群に囲まれた時、スカーレットが沈黙を破った。
「ところで、転生前のアンタはどんな奴だったんだよ?」
「べ、別に、今と何も変わりはしないさ……」
「……へえ、そうなんだ」
「お、お前こそどうだったんだ」
「アタシだって、何も変わんないよ! アタシは、いつだってアタシのままさ!」
「……そ、そうか」
(やっぱり、コイツは前世から自分なんかとは違う人種だったんだな……)
変に強がったせいで2人同時にそんな勘違いをして、ため息をつきながら水晶ヘビの大群をズタボロに引き裂き、まったくの無傷で2つ目の素材を手に入れた。
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惚れ薬に必要な素材の3つ目は、古代魔族の廃城に棲むS級モンスター、デュラハンの蹄鉄。
廃城の門の前で、アーロンとスカーレットは睨み合ったままこう思う。
(間違いない……! やっぱりコイツも惚れ薬の素材を集めているんだ……!)
そう確信したということは、相手にも自分が惚れ薬の素材を集めているのがバレたということになる。
どうにか誤魔化そうと、廃城を進みながらアーロンが早口で話し始める。
「お、俺はあくまでも、ある筋からの依頼で集めているだけなのだが、お前、まさか誰かに使うつもりじゃないだろうな」
「そそ、そんなわけないだろッ! アタシなんか、モテてモテて仕方ないんだから! 惚れ薬なんか、つ、つつ使うわけないじゃん!」
「ま、まあ、そうだよな。俺だって、惚れ薬なんて一切必要がない。モテすぎて困っているくらいだからな」
「……そ、そうだよな」
「あ、ああ、そうだ」
例によって、2人が通り過ぎた後にはグレムリンやガーゴイルなどの悪魔系モンスターの死骸が大量に散乱していった。
廃城の玉座の間で、2人はデュラハンと対峙した。
間合いを図りながら、アーロンがスカーレットに問いかける。
「……お前は、転生前からモテていたのか?」
「え? ああ、えっと、あた、当たり前じゃん! 前世もモテたよ、アタシは。当然。あ、アンタはどうなんだよ」
「お、俺? 俺も、そうだ、モテた。まあモテた、前世から」
「へ、へえ~~~……。何人くらい、彼女いた……?」
「いやそれは、ほら、一途だったから俺は。1人、心に決めた相手を、1人だけ」
「……そうなんだ、意外」
「お前こそ、彼氏とか何人くらい付き合ってたんだよ」
「え、アタ、アタシも、一途だったからさ、1人かな。うん」
「…………ど、どんな奴だ?」
「え?」
「いや、お前の、その彼氏? どんな奴かなって、まあ、興味ないけど、全然」
「べべ、別に、アンタなんかとは全然違うタイプの奴だけど。アンタは?」
「何が?」
「アンタの、その、彼女はどんな子だったわけ?」
「え、俺も、お前なんかとは、真逆な感じかな、うん」
「ふ、ふぅ~~~~ん、興味ないけど」
「俺だって、興味なんかないし」
(付き合ってる相手、いたのかあ……。自分もいるって言っちゃったけど、あれは付き合ってたって言えるのかなあ……)
そんな風に2人同時に前世に思いを馳せてため息をつきながらデュラハンを粉砕し、息ひとつ切らさず3つ目の素材を手に入れた。
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惚れ薬に必要な素材の最後。
それは、海底神殿に君臨する海の王者、幻獣リヴァイアサンの鱗だった。
「……よ、よう」
「っす……」
海底神殿の入口で、アーロンとスカーレットは目を合わさず、うつむいていた。
今回で、惚れ薬の素材集めも終わりだ。
惚れ薬が完成したところで、どうやって飲ませればいいのか。
飲ませるためには食事に誘うとか、何か口実を作らなければいけない。
陰キャの自分に、そんなことができるのか。
2人とも、頭の中はそんなことでいっぱいだった。
それにこの素材集めが終われば、2人きりで会うことも少なくなる。
そのことに対する一抹の寂しさもあった。
ほとんど会話もしないまま、それでも事前に打ち合わせたかのような連携で、セイレーンやドラゴンシャーク、クラーケンといった水棲系モンスターを次々と撃破していった。
ほとんどがA級以上のモンスターだったが、2人は汗をかくことさえなかった。
それでも、ボスのリヴァイアサンはさすがに幻獣。
アーロンの居合い切りもスカーレットの大剣の強撃も、ダメージを与えることができなかった。どうやら物理攻撃そのものが無効化されているようだ。
それにアーロンの氷魔法もスカーレットの炎魔法も吸収されてしまう。属性魔法すべてに耐性があるようだ。
「試してみるしかないか……アレを」
そう言ったアーロンの顔を、スカーレットは「アレって?」と仰ぎ見る。
「俺の氷魔法とお前の炎魔法を、同じ力で合わせるんだ。そうすれば」
「消滅呪文が撃てる……!」
アーロンは目を見開いてスカーレットの顔を見る。
「知っていたのか……!」
「ま、まあアタシ、意外とマンガ好きだから。アンタこそよく知ってんじゃん。こんな古いネタ」
「あ、なんか、たまたま読んだかな。まあ俺も、マンガは嫌いじゃないし」
そしてアーロンとスカーレットは、それぞれに魔力を極限まで高めていく。
リヴァイアサンは咆哮し、荒れ狂う大波を操って大津波を引き起こそうとしている。
「これが最後のチャンスだ、ヘマるなよ」
「そっちこそ!」
アーロンとスカーレットはお互いの魔法をぶつけ合い、リヴァイアサンに向けて放つ。
「「行けェ~~~~ッ!!」」
放たれた消滅呪文は大津波を突き破り、リヴァイアサンの頭を消し飛ばしていった。
「……ふう」
「アタシたちの勝ちだね……」
残されたリヴァイアサンの体から鱗を引き剥がし、2人は最後の素材を手に入れた。
同時に、2人は心の中でつぶやいた。
(コイツ、陽キャだと思ってたけど、意外とマンガとか読むんだ……)
**********
海底神殿を出ると、そこはクロエが営む魔道具店、三日月堂だった。
「え、なんで?」
「アタシたち、さっきまで」
うろたえるアーロンとスカーレットの前で、クロエが淡々と説明する。
「私の魔道具で、海底神殿の出口と当店のドアを一時的につないだんですよ」
まだ理解が追いついていない様子の2人に、クロエは言った。
「では、集めた素材を頂戴します」
「え? あ、ああ」
「これで、いいかな……」
クロエは2人から素材を受け取ると「確かに」と言って微笑んだ。
「さて、これで惚れ薬を作ることができますが、あなたたちはそれぞれ誰にお使いに?」
アーロンもスカーレットもギクリと飛び上がってから、早口で話し始める。
「いや、誰に使うとかそういうのじゃなく、俺はあくまでも、ある筋からの依頼でな」
「そうそうそう! アタシも、ある筋からの依頼だから! 別に誰かに使ったりはしないっていうか!」
クロエは実に面倒臭そうにため息をついてから、壁にかけられた鏡を指差す。
「では、この鏡を見てください」
その鏡の中には、2人の前世の姿が映し出されていた。
「え、サチコ……?」
「フトシ……?」
クロエは「ああ、2人とも知り合いだったのですね」と言って白々しい笑顔を見せる。
アーロンとスカーレットの前世は、フトシとサチコ。
コミケでたまたまサークルが隣同士でなんとなく意気投合して喫茶店や居酒屋で何度か一緒に食事をしたものの、ある日キャラの解釈不一致で言い争いになり、険悪ムードのまま店を出て交差点を渡り始めた途端になぜかこの世界に転生した。
そんな2人だった。
つまり、この2人は前世から今日までずっと言い争いを続けてきたということだ。
「はい、それではお互いに一言」
クロエに促されて、2人は顔を見合わせる。
ともに顔を赤くして、声をそろえる。
「「……あの時は、ごめん」」
それきり、2人はうつむいてモジモジするばかりだった。
国中が憧れるS級冒険者の2人が愛をささやきあう日がいつになるのかは、誰にもわからない。
ただし、
「それで、惚れ薬はどうします?」
と尋ねたクロエに2人はそろって首を振り、
「だ、大丈夫……」
「たぶん、いらない気がする……」
と、ゆっくり店を出ていったのであった。
**********
クロエ・アナが、薄暗い店内で佇んでいる。
――今回、私はずいぶんと儲けてしまいました。
満月草の花弁に水晶ヘビの牙、デュラハンの蹄鉄、リヴァイアサンの鱗。
どれも滅多に市場に出回らない高級品ばかり。
今度、あの2人には本音しか言えなくなる魔道具でもプレゼントしましょうかね。
それとも、欲望が抑えられなくなる魔道具?
もしかしたら、何もせずそっとしておいてあげるのが一番かもしれませんが……。
当店では、他にも様々な魔道具をご用意しています。
ですが、あいにく本日はそろそろ閉店のお時間。この他の商品のご紹介は、もし次の機会があればということで。
それでは、またのご来店を心よりお待ちしています……。
読んで頂きありがとうございます。
ジャンルをまたいで、いくつか短編を投稿しています。
タイトルの上にある「魔道具の三日月堂シリーズ」をクリックすれば他の作品を見ることができます。
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