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死んでも推したい申し上げます  作者: 唄うたい
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第6話 家族

「おぉ!こんな所におったか!肉桂よ!」


二人の背後から突然声が掛かった。

気配が全く無かった。驚いて振り返るとそこにいたのはローズマリーの知らない人物。だが肉桂にとってはよく見知った人物だった。


道士(どうし)!」


そこには、肉桂の半分ほどの身長の老人がいた。

肉桂のものと似た、黒い礼服に丸い帽子姿。白髪を長い三つ編みにして垂らしている。

目元は優しげに瞑られ、主人と言うよりも“祖父”や”保護者”といった印象を受けた。


道士の背後に、身長が2倍以上もあるふたつの人影あり。

両者とも肉桂と同じような服装だ。背格好は肉桂よりも長身で、性別は男女。顔の前に“符”を貼り付けていることから、彼らは肉桂の仲間のキョンシーなのだろう。



「いやぁ、方々探したぞい。

仕事の合間にこの地方を再訪し、立ち寄った場所を虱潰しに。骨が折れたわい。」


白い顎髭を撫でながら、道士は穏やかに笑う。

ふと、肉桂の額の見覚えのない符に気づいた。


「…おや、わしの授けた符ではないのう?

ソレは、そこなお嬢ちゃんが作ったものかのう?」


お嬢ちゃん…ローズマリーのことだ。

道士は、ゾンビを見ても動じていない様子。ローズマリーはおずおずと前へ進み出て、コクリと会釈するだけに留めた。

道士は感じよく、にこやかに一礼を返した。



「道士、私を連れ戻しにいらしたのですか?」


久々の家族に再会できたというのに、肉桂は少し躊躇っている様子だ。

それは彼の額の符に関係があるようで。


「そういうことになるのう。

わしの英国での仕事は元々一年の予定じゃから、もう本国へ帰る時期じゃ。

…そら、肉桂。この符を授けよう。」


そう言い、道士は袖の中から新たな符を取り出す。

よく見るとその新たな符に書かれた字は、背後のキョンシー達の額にあるものと同じで、肉桂の額のものとは形が異なっていた。


「…それを貼れば、私はここには居られない。

あなたを護り、あなたのために()らねばならなくなります。」


「当たり前じゃ。元々おぬしの主人はわしじゃからのう。」


道士の持つ符に書かれているのは「勅令陏身保命」。“主人のために尽くせ”という命令だ。



対して、肉桂の額の符に書かれている言葉は“真逆の意味”を持っていた。


「一度は私の我儘を聞き、この地に残ることをお許しくださいました。

…どうか、もうしばらく猶予をいただけないでしょうか。」


符を貼った影響か、肉桂の顔に焦りの色がありありと浮かんでいる。

見慣れた“頭に空っぽのアホ”状態とは違う彼の新たな一面を、ローズマリーも驚きながら見ていた。


「…それは、そこなお嬢さんの入れ知恵かのう?」


道士のにこやかな目が、不穏な光を宿す。


「いいえ。

ただ私が、ローズマリーさんとこれからも、楽しい毎日を過ごしたいからです。」


「エッ!?」


そう短く叫んだのはローズマリーだ。

さらに、


「「エェッ!?」」


意外にも大声で叫んだのは、道士の後ろに待機していた二人のキョンシー達だった。

背後からの突然のドデカハーモニーに、道士も思わず体がビクッと強張る。


静観を決め込むかと思いきや、キョンシー達は道士以上に事の重大さを理解し、反応せずにはいられなかった。


より大柄な初老キョンシーが、嬉し涙を浮かべながら、

「…肉桂、お前…あれだけ何にも無関心だったお前が…。」


細身で妙齢の美女キョンシーが、

「…肉桂ちゃん…、今夜は赤飯かしら…。」


それぞれの感情表現で、肉桂の主張を温かく受け入れた。キョンシーというのは意外にも、個性豊かなのかもしれない。


つい場の雰囲気に流されそうになりながらも、道士が慌てて話を遮る。


「……ちょちょ!おぬし達!勝手に納得するんじゃない!

わしは肉桂を迎えに来たんじゃ!本国に帰ったら皆で、英国土産のスコーンと紅茶を楽しむんじゃ!」


そう叫びながら、後ろ手に提げていたお土産の入った包みを振り回す。

まあまあ、とキョンシー達に宥められる道士。どちらの立場が上か分からなくなってしまう。


内輪揉めを始めてしまった道士一行をよそに、ローズマリーは気になったことを肉桂に訊ねる。


「…あの、肉桂さまは元々…望んで墓場へいらしたんですの…?」


自分の我儘でこの地に残った。肉桂は確かにそう言ったのだ。

何の変哲もないオカルトスポットの、一体何が気になったというのか。


肉桂はなんと、少し照れ臭そうに頬を染めて見せた。

これにはローズマリーの視線も釘付けにならざるを得ない。


「…ローズマリーさんと初めて会った日、実は私は、霊廟の周りのカカシの群れを見ていたのです。」


その頃のカカシは、まだ憎きオリバーを模った呪いの儀式用であった。

ずらりと乱立する人形の威圧感たるや、地元の人間達をいとも簡単に震え上がらせ、誰一人として近寄らせなかった。


しかし一体一体をよく観察すれば、作り手の相当な熱量を感じることができる。

どんな思いでこれらを作っていたのか。人形の随所にある、無理矢理作業を終わらせたような始末の痕跡を見れば、“作ることすら辛くてたまらないのに、新しいものを作らずにはいられない”。そんな作り手の苦悩が見て取れた。


これを作ったのが人間であれ、人外であれ、そんな熱量を持つ人物に一度、直接会ってみたい。そう思った肉桂は道士に頼み込み、しばし自由行動を許してもらったというわけだ。



「…初めは、ローズマリーさんと一言話せればそれで良かったんです。

よく雑木林に資材調達に出掛けることは知っていたので、不躾ながら後をつけてしまいました。」


「……そ、そんな時にわたくしときたら、あなたに襲いかかって…モゴモゴ…。」


語尾も濁ってしまう。

二人の何とも初々しい様子を、道士は複雑そうな表情を浮かべながら見守る。



「結果的に一年を一緒に過ごすことになりましたが、私にはとても楽しい、夢のような時間でした。少しの後悔もありません。

もう一度我儘を許していただけるなら、もう一年、もう十年…いえ、この先何年も、楽しげなローズマリーさんを傍で見ていたいのです。」


「……っ!」


ローズマリーは思考停止寸前だった。

だってその言葉はまるで、生涯を誓うプロポーズのよう。


肉桂の心意はもっと純粋なところにあるのかもしれないけれど、“この先何年も傍にいる”とは、つまりそう解釈できてしまう。


キョンシー達の黄色い声が上がる。二人に取り押さえられている道士は、一人険しい顔だ。

肉桂の恥ずかしがりながらも真剣な顔に、相手のゾンビ少女の…真っ赤に染まり(物理的に)とろけてしまいそうな表情。

実際に顔の輪郭が若干崩れて見えるが「老眼のせいか…」と道士は目を擦った。


ーーーわしの下で何年も世話をしてやったというのに…。


「おぬしは、そのゾンビのお嬢ちゃんが良いのじゃな。」


道士は納得いかない表情ではあったものの、一度しっかりと二人の姿を目に焼き付けてから、そっと目を伏せた。



「…好きにせい。

英国はおぬしが思っているほど生易しい国ではないぞ。わしとともに本国へ帰らなかったことを後悔すると良いわ。」


道士は手に持っていた服従の符を、袖の中へと戻した。


くるりと踵を返し、肉桂とローズマリーに背を向ける。

さっさと歩き出した小さな背中に、肉桂は別れの言葉を投げかけた。


「道士、紹興酒は一日一杯までですよ。」


「……ええい!やかましいわい!

おぬしは昔から細かいんじゃ!」


二人に向かって、仲間キョンシー達が手を振る。肉桂とローズマリーも、別れの合図にと手を振り返す。

道士だけは最後まで、二人のほうを振り返ることはしなかった。


***


三人の姿がすっかり小さくなった頃、ローズマリーが遠慮がちに肉桂を見た。


「……これで、良かったんですの?」


「ええ。道士は年に一度、仕事とは別に英国旅行をするので、また来年会えます。」


「…そ、それは楽しみですわね…。」


何だか永遠の別れのような雰囲気だったが、どちらかというと上京する孫と離れがたい祖父の心境だったのか。


もうひとつ、肉桂の額に貼り付けた符の意味を、ローズマリーは知らない。


「その符には、何て書いてありますの?」


「ああ、これは…、」


肉桂が符をペリッと剥がす。

剥がしたとたん、元の見慣れたぼんやりとした無表情が現れた。


符に書かれている、拙いながらも一生懸命模写したことが窺える、ローズマリーの筆跡。それを感慨深そうに見つめながら、肉桂は答えた。


「“勅令清多保重”。

意味は、“体に気をつけてね”です。」


それは道士の確かな親心であり、ローズマリーの(意味は知らなくとも)心の籠った文字列。

ふたつの意味に思いを馳せる肉桂とは違い、ローズマリーの心を打ったのはひとつだけ。


「肉桂さまは、家族に愛されてますのね。

ふふ、羨ましいですわ…。」


彼女は微笑みながらそう口にしたが、どこか寂しげな雰囲気だ。


「…あんなに心配したり、喜んだりしてくれる家族がいるのは、素敵なことですわ。

わたくしには何もなくて…独りですの。だから羨ましいんですわ…。」


死んで霊廟の石棺に納められて、間も無く夜を徘徊する怪物となってから、自分を訪れる家族は一人もいなかった。皆恐れていたのだ。ローズマリーが知らない存在になってしまったことを。

ローズマリーの体自体はだいぶ変異したものの、その心は生前と少しも変わっていないのに。


一時は彼女と家族になろうとしたオリバーでさえ、結局は彼女のもとを去り、遥か未来でその子孫が彼女の命を狙って現れた。


100年間知らないふりをしていた感情に、これ以上目を逸らし続けることが難しくなっていた。


言葉に詰まり下を向くローズマリー。

対して肉桂は、事もなげにこう言ってのけた。


「今は、私が家族ですね。」


「ギッ!?」


予想だにしなかった言葉に対して、思わずどすの効いた呻き声が出てしまう。


「…か、かか、家族って…!」


「これからもローズマリーさんを見守りたいですし、困っていたら力になりたいのです。

…これは、家族ではないでしょうか?」


肉桂の言う家族とは、血の繋がりも種族も関係ないのだろう。

傍に寄り添って、互いの身を案じて、楽しみや喜びを共有する。一緒にいて力を貰える。そんな存在。


「……よ、よろしいんですの?

こんな、わたくしなんかで…。」


「私はローズマリーさんが“好き”です。

ローズマリーさんは、いかがですか?」


肉桂も、ローズマリーも死者だ。

死者が死者に“恋”をするかは分からない。


きっとそこにあるのはもっとシンプルで、正確には言葉で言い表せない。


肉桂がローズマリーとの日々を大切に思ったのと同じ。

ローズマリーが肉桂の人形を延々と作ってしまうのと同じ。


「…わ、わたくしも……、お慕い、してますわ!」


“好き”にそれ以上の理由は不要だ。


***


二人は墓場の霊廟へ辿り着いた。

目的はローズマリーの欠損した左腕を治すため。


以前用いた型紙と、霊廟周辺の土と灰を混ぜ、あっという間にオリジナルと同サイズの左腕を形成した。

あとは仕上げとして、胴体の欠損部にくっつけるだけなのだが…


「ダメですわ…。上手く体にくっつかない…。」


聖水で完全に浄化された腕の断面には、どう頑張っても、土と灰で出来た腕は定着しなかったのだ。

聖水効果か、よく見れば金色にキラキラ光る断面が、過剰演出に感じられる。


「なんとか聖水の力を弱められないでしょうか。

熱すればお清め成分も殺菌されるとか。」


「聖なる力に理科の知識は関係ないんですのよ…。」


魔法や祈りは大抵の場合概念だ。


しかし困った事態だ。

腕が治らないとなると、今後のローズマリーの創作活動にも支障が出る。

一見無表情な肉桂も内心は、自分のせいで…とひどい自責の念に駆られる始末。


キリスト教の根深いお清めパワーの前になす術なし。そう思えたが…


「では、私の“血”を混ぜてみましょう。」


肉桂が思い出したのは、ヒューゴとの戦闘時。

ヒューゴの十字架と聖書は、いずれも肉桂には効果が無かった。それは二人の信奉する“宗旨”が異なるから。


死してなお豚骨ラーメン並みに道教色の濃い肉桂の血が、もしかすると聖水の効果を弱めるのでは?


「そ、そんな、肉桂様の体を傷付けるなんて…!」


「ローズマリーさんのほうがずっと傷付いています。それに比べたら軽すぎる代価です。」


肉桂は言うが早いか、自身の鋭い牙で親指の腹の皮膚を食いちぎる。

滴り落ちるのは、真っ黒で粘度の高い血。それを左腕に混ぜ込むローズマリー。


腕は暗さを増し、ローズマリーの本来の皮膚よりも黒い色味となった。

果たして聖水の効果は弱まるだろうか。


生唾を飲み、ゆっくりと左腕を断面へと押し当てる。


「……あっ!」


さっきまで主張激しく煌めいていた聖水の輝きが、一瞬にしてドス黒い影に覆われた。

そして、ローズマリー本人さえ驚くほど、左腕はすんなりと体に馴染んだのだ。


肘を上へ下へと動かし、手の平を握って開いてを繰り返す。

動きはスムーズで、違和感もない。


「……す、すごいですわ。主な生地は土と灰なのに、肉桂様の血を繋ぎにしただけで…。」


「ハンバーグみたいですね。」


新しく馴染んだ左腕を感慨深げに見つめるローズマリー。

安堵と、感激と、感謝。それらの温かな感情が胸を満たす。止まったはずの心臓が脈打つ錯覚さえある。


「…肉桂様に作って頂いた左腕が、戻って来てくれたようですわ。」


ーーー二度もわたくしのために力を尽くしてくださって…、


「ーーー肉桂様、ありがとうございます。」


ローズマリーは、目を細めて柔らかく微笑んだ。



「っ!」


その表情を見た時、肉桂は雷に打たれたように体をビクッと震わせ、そして死体のように硬直した。


にこやかなローズマリーと、完全に沈黙する肉桂。

そんな様子が十秒ほど続き、さすがに妙だと思ったローズマリーが、顔を強張らせて恐る恐る声を掛ける。


「…に、肉桂様?どうかなさったの?

急に動かなく……、」


そこでふと思い当たることがひとつ。

半顔が崩れた自分の笑顔なんかを見たせいで、体が固まるほどの不快感を与えてしまったのでは。


「……ももも、申し訳ありませんわ…!

わたくしときたら、見苦しい顔を…!」


「……いえ。」


やっと体の自由を取り戻した肉桂。

顔は見慣れた無表情のまま。声色も淡々と通常通り。


「…ローズマリーさんの笑顔が可愛らしくて、言葉を無くしてしまいました。」


「エッ!!」


顔面にストレートパンチを食らったような衝撃が、ローズマリーを襲う。


「ローズマリーさんは笑うと可愛らしいので、これからもたびたび笑顔を見せてほしいです。」


「……そ、そんなこと、100年ぶりに言われましたわ…。」


生前は花も恥じらう美女として、家族に愛でられ育ったローズマリー。

ゾンビとなってからは容貌の変化と、内向的かつ陰湿的に変わった性格のせいで、こんなに素直に笑ったことは無かった。


そのきっかけをくれたのも、他ならない目の前のキョンシーだ。

それに気付けたことを、とても幸福に思える。


「…肉桂様を……、」


ローズマリーは唇を引き結ぶ。


ーーー肉桂様を想う時間がわたくしを、少しは綺麗にしてくれたのかもしれませんわね…。


代わりに、また小さく幸せな笑みを浮かべた。



「……私がどうかしましたか?」


「なっ、なんでもありませんわ!

ありがとうございますっ!」


ニヤケ顔を見られたくなくて、すぐさま真後ろを向いてしまった。

そんな彼女を、少し残念そうな肉桂が見つめる。


「……まあ、いいか。」


ーーーこれからはいくらでも話す時間があるのだから。



霊廟の中は相変わらず、たまらず隠してしまいたくなるような、魂を込めた創作物に溢れている。

それらはこれからも、際限なく増え続けていくことだろう。


ローズマリーの“幸せ”の証が、これからも増えていくのだ。

稀有にも、最上の“推し”に見守られるという環境の中で。



〈了〉

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