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死んでも推したい申し上げます  作者: 唄うたい
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第2話 迷子のキョンシー

ローズマリーが崩れた脚を治すまでに、たっぷり三時間かかった。


死人青年からの迷子発言を聞いた時、何ぶんパニックの余韻で気持ちの整理が付かなかった。

三時間かけてやっと「この感情の昂りは片付けられないから一旦置いといて、彼の質問に答えよう」という結論に達した。

ゾンビ含むモンスターは総じて長命ーー死んでいるがーーのため、時間の使い方が贅沢だ。


死人青年の顔から剥ぎ取ったボロボロのお札については、そのまま返すわけにもいかないため、こっそりドレスの下のパニエの中へ押し込み隠してしまった。


墓地の土と崩れた脚を一緒に()ね、体を再形成する。形を整えるのにコツがいるが、元来手先が器用な上、100年も呪いの人形群を作って過ごすローズマリーには慣れたもの。


青年は、そんな様子でみるみる復活していく彼女の半身を不思議そうに眺めていた。


「……と、取り乱してっ、ごめんなさい…。

この辺りにわたくし以外の誰かがいるなんて、ビックリして…それで……モニョモニョ…。」


語尾が濁る。

無理もない。100年間まともに人と会話などしなかったのだから。

照れ隠しで脚を捏ねくり回す姿はなかなかシュールなものだ。



ローズマリーは基本的に自分の手元に視線を落としているが、チラッチラッとしきりに青年の方を盗み見る。

起き上がった彼を改めて見ても、溜め息が出るほどに好みなのだ。陶器に似た青白い肌など、思わず見惚れてしまう。

髪色や顔立ち、服装を見るに、東洋人だろうか。


「あ、あなたを見たのは、初めてですわ…。」


付け加えるなら、こんな美男一度見たらそうそう忘れるわけがない。


答えを聞いた青年は、特段ガッカリする様子もなかった。


「そうですか。

どうやら、私は道士(どうし)(はぐ)れてしまったようだ。」


「……ドウシ?」


ローズマリーは困惑気味に小首を傾げる。


「道士は、私の主人です。

仕事で中国大陸から英国へ渡ってきたのですが、いつの間にか私だけがこの墓場に残されていたのです。」


「チュウゴク……あ、チャイナのこと。」


彼は中国出身のようだ。


箱入り娘のローズマリーは生まれてこの方、英国外へ出たことがない。墓場の生ける屍となってしまった今、一層外出など考えられないことだが、文献や人伝に聞いた話によるととても広い国で、英国の何倍もの人が住んでいるらしい。

それだけ人の多い国なら、彼のような麗しの死人が存在するのも頷ける。


一人頷く彼女へ青年はこう声をかけた。


「そう言えば、初めまして。

私は肉桂(ニッケイ)といいます。中国の殭屍(キョンシー)という妖怪です。」


彼…肉桂があまりにサラリと自己紹介をしたことに、ローズマリーは思わずポカンとする。朽ちかけの脳味噌が情報を処理し始め、処理が終わった頃には、


「…ギャ!し、失礼しましたわ!!」


聖歌隊並みに声を張り上げ、治したばかりの脚でその場に素早く直立した。


ーーーわたくしとしたことが、人様を3時間も放置した挙句名前も名乗らないなんて!レディ失格…いや、人として終わってますわ…!!


実際“人”は終えている。


視線を泳がせながらもなんとか青年の顔を見て、指でボロボロのドレスを広げ、彼女は恭しくお辞儀をして見せた。


「……は、初めまして。わたくし、ローズマリーと申しますわ。

…墓場に住む、ゾンビですの。」


自分で「ゾンビ」と口にした時、なかなかの恥ずかしさと情けなさを覚えた。

が、


「よろしく。ローズマリーさん。」



肉桂の抑揚のない声に名を呼ばれた時、ローズマリーはそんな恥など忘れてしまった。


ーーーローズマリーさん。


ーーーローズマリーさん。


ーーーローズマリーさん……。


落ち着きある好みな声に名を呼ばれたことはもちろん、100年ぶりに誰かに名前を呼ばれたことに感激を覚える。

脚どころか顔まで自壊しそうなのをグッと堪えて、彼の声を頭の中でエンドレスリピートしていた。



突然黙って悶え始めたローズマリーを訝しむこともなく、肉桂はマイペースに話を続ける。


「ローズマリーさんはゾンビなんですね。

私も似たような存在です。異国の仲間に出会うのは初めてです。」


「……で、でも…あんまり似てませんわね。

あなたはとっても綺麗だけど…わたくしは、こんな……すぐ、崩れちゃう、グズグズの体で…。

えへ…。」


彼女の100年のコンプレックスを素直に口にしてみたが、言葉にするとさらに自分が情けなく思えてしまう。

ヴェールを引っ張って顔面を隠しながら、誤魔化すように笑って見せた。


そんな彼女を、肉桂はじっと見つめる。


「先ほど、体が欠けてもすぐに自分で治していましたね。素敵な才能だと思います。

ローズマリーさんは手先が器用なんですね。」


先ほどの脚の再形成に、いたく感心していたようだ。



肉桂の真っ直ぐな言葉を受け、ローズマリーはヴェールを通して、彼の顔をポーッと見つめてしまう。

誰かに褒められたのなんて、いつ以来だろう。


「……ギャワ、ギャワワッ…!」


次第に、肉桂の顔がまともに見られなくなっていった。

明らかに顔が熱い。火でもついたかと思うほど。


「……ギ!?

わ、わたくし、何か、ヘン…!!」


鏡を見なくとも分かる。ヴェールで隠した顔面が、右半分からボロボロと自壊し始めている。


ーーーこんなみっともない姿を見せるわけにはいかない!!


ローズマリーはくるっと(きびす)を返すと、肉桂をその場に残して、風のごとき速さでその場から逃げ出した。


墓場の安置・霊廟を目指して。


「………。」


置いてけぼりを食らった肉桂は、秒で走り去った彼女の後ろ姿を見つめるばかりだ。

ずっと同じ、眠そうにも見えるぼんやりとした目で。


***


霊廟に戻ったローズマリーは、迷いなく石造りの作業台に向かった。

作業台には割れた大きな鏡が設置されており、彼女の身だしなみチェックに欠かせないアイテムとなっていた。

ちなみに、この作業台は墓場の誰かの墓石を材料に作られているという事実は、ローズマリーしか知らない罰当たり行為である。


鏡に向かい、全顔を覆っていたヴェールを恐る恐る外して顔を確認する。


「…ギャーッ!!」


顔の右半分が丸ごと無くなっていた。

かなりのショッキングな絵面に、ローズマリーも思わず悲鳴を上げてしまった。


幸い残骸は、咄嗟にドレスの裾を袋状に持って受け止めたため、全て手元に揃っている。

ローズマリーは何度か深呼吸し、それからまた脚の時のように、崩れた顔を治すべく捏ね始めた。


「…体がこんなになるほど動揺したこと、今までなかったわ…。」


胸がざわめく。朽ちたはずの心臓がドキドキと高鳴るようだ。


鮮やかな手捌きであっという間に顔を治したローズマリーはあることに気づく。

“右の目玉”が無いのだ。

再形成された眼窩には暗い空間がポッカリ空いている。恐らくさっき自壊した場所に落としてきたのだろう。


「……今更戻れないわ…。明日の夜、こっそり取りに行きましょ…。」


一日も経てば、彼はどこかよそへ行ってしまうだろう。何も心配することはない…。


そう自分に言い聞かせるローズマリーは無意識に、霊廟の隅にストックしていた藁束に手を伸ばしていた。


藁を編み込み、端切れで丈の長い服をこしらえる。目玉の代わりに、赤くて丸いローズヒップの実を二粒、人形の目にあたる部分に取り付ける。

あっという間に、肉桂を(かたど)った藁人形が出来上がった。


「……わぁ…わたくし、器用…!!」


その高い完成度にローズマリー自身が驚いた。

ぼんやりとしたちょっと気怠そうな無表情まで生写しだ。

誰かをモデルにした人形なんて、ここ100年は呪いをぶつけるためにしか作っていなかったが、今回ばかりは純粋なローズマリーの作品だ。

“肉桂を作りたい”。彼女は無意識に、そんな欲求を抱いていたのだ。



藁人形一号だけでもかなりの完成度だが、ローズマリーは満足しない。

たっぷりとある材料を惜しみなく使い、同じ人形をもうひとつ、またひとつと作り始める。

ゾンビの本懐である底無しの食欲が、彼女の場合は“創作意欲”へと昇華したのだ。


「……髪はもう少し…長かったかしら…。牙もちょっと……。」


独り言を呟きながら、記憶に焼きついた肉桂の姿を写し取っていく。


姿だけではなく、さっき彼が言ってくれた言葉も頭を占める。


『素敵な才能だと思います。』


『ローズマリーさんは手先が器用なんですね。』


褒めてもらったことが嬉しくて、そんな素直な言葉を口に出来る彼のことが気になって…、


「……うふ、ギュフッ、ギュフフ…!ガウゥ〜!」


ローズマリーは人形を抱き締め、不気味な嬉し笑いを漏らして、脚をバタつかせるのだった。


***


熱が入ったローズマリーは、なんとあれから三日も同じ創作に打ち込んでいた。


霊廟内に溢れる大量の藁人形に、等身大に近いカカシ達。カカシの頭には白カボチャを使用するこだわりっぷりだ。

彼女のベッドである石棺を取り囲むように人形達が置かれている。ここ三日は肉桂人形に見つめられながら幸せな眠りについていたため、いつもより数倍肌艶が良くなった気がする。

石棺の中には、羽毛を詰めてふかふかにした肉桂抱き枕人形が、ちょこんと置かれている。夢の中でも彼に会いたいという気持ちの表れか。


「……ハァ。」


ひとしきり創作意欲を発散し、段々と落ち着きを取り戻してきたローズマリー。

呪い人形を量産していた頃とは違う。ただ心には幸せが満ちていて、作るたびに人形が本人に近づいていった。


ふかふかの肉桂抱き枕を抱き締める。

紛れもない。ローズマリーの100年ぶりのトキメキだった。

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