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「どういうことだっ!!」


「ひいっ。そんなお綺麗な顔で怒ると、本当怖いんでやめてください」


 隣国から戻ったシーグルドが縮こまる。


「私に文句を言ったって、事実は変わらないんですから」


「ジャスミンが婚約してるだと? 私との約束を忘れてしまったのか」


 片手を頭に突っ込み、部屋の中で行ったり来たりする。

 ああ、そんな。このためだけにここまで頑張ってきたのに。

 血の気が音を立てて引いていくようだ。


「あの、お返事は頂けませんでしたが、これを代わりに渡されました」


 シーグルドが恐る恐る差し出して来たものを、奪うように手に取る。


「これは……」


 そこにあるものを食い入るように見つめる。


「女性が男性に贈るものにしては、ちょっと筋違いなんじゃないかなと思ったんですけどね……。それに持ち歩いて、使っていたようですし、殿下には不似合いですよね」


 まるで自分が悪いかのように、シーグルドが言い訳めいて、頭をかく。


「婚約者は?」


「は?」


「婚約者は誰だと聞いている」


「ジャスミン様はそこまでは仰らなかったんですが――」 

  

「まさか、そのままのこのこ帰ってきたんじゃないだろうな」


 お前はそこまで無能だったのかと、地の底を這うような声を出せば、シーグルドが慌てて首を振った。


「調べてきましたよ! 一体何年、殿下の従者をしてると思ってるんですかっ」


「で?」


 先を促せば、「全く褒め言葉のひとつも言いやしない」とぶつくさ言っている。


「で?」


 もう一度、笑顔で促せば、ぶるぶると震えだす。


「その青筋浮かべながら、笑うのやめてください。悪寒がしてきますから。ああっ! 言いますよ、言います。――第二王子のイグナシオ・ジャンメール殿下ですっ」


「イグナシオ?」 


 幼い頃、尻もちをついた人間に対して何の感慨も浮かばない表情で見てきた少年を思い出す。

 あの頃に関しての出来事は、もうどうでも良い。

 しかし、そんな男がジャスミンの婚約者になったことが気になった。


「どうしてだ? ジャスミンが望んだのか?」


「さあ。調べればわかることとは思いますが」


「調べてくれ。どういった経緯で。それからふたりの今の仲も詳しく」


「はっ」


 シーグルドが勤勉な部下の顔になって部屋を出ていく。間諜に指令を出しにいったのだろう。

 私はひとり部屋の中で溜め息を吐いて、目を瞑った。

 ジャスミンが本心からイグナシオを好いて、幸せなら潔く身を引くしかない。

 けれど、そうじゃないなら――。

 私は渡されたものに視線を落とす。

 これを見る限り、その可能性は限りなく薄かった。

 


 間諜を放って、数週間。

 充分な情報が手元に入ってきた。


「あのすけこまし野郎、殺してやるっ!!」


「で、殿下、落ち着いてっ」


 その場で書類を破り捨てなかったのが、奇跡だ。

 間諜の情報によれば、イグナシオはジャスミンという婚約者がいながら、次から次へと女を変えているという。

 相手はいずれも学園の生徒。学園では、ジャスミンとイグナシオは一切の交流を持たないという。

 火遊びの相手よりも大事にされてないジャスミンが、浮気相手の女性から、嘲笑されているという報告には血管が切れそうになった。


「こんなやつにジャスミンは渡せないっ!」


「殿下のお気持ちはわかります。長年、想ってきた相手ですからね。しかし、親交のある国の王子の婚約者に手を出したら、流石に軋轢が生じるかと……」


 シーグルドが主の熱を冷まさせるためか、冷や汗をかきながら、至極真っ当なことを言ってくる。

 そんなことはわかっている。だから、余計頭に来るんだ。


「婚約解消にさえ運べば、こっちのものなんだが……」


 婚約解消はよっぽどのことがない限り、下位のものから言い出せない。王族相手なら尚更だ。

 ジャスミンに会いに行ったところで、困らせるだけだろう。 

 歯噛みして、イグナシオを呪っていると、書類を睨みつけていたシーグルドの眉が、文面に目を走らせる度にだんだんとほぐれていくのが見えた。


「なにかわかったのか?」


「……ジャスミン様からは無理でも、イグナシオ殿下のほうから婚約解消してもらえればいいってことですよね? 俺、突拍子もないこと思いついちゃったんですけど……」


「なんだ?」


「怒らないで聞いてくださいね。この報告書に書かれているイグナシオ殿下の過去の女性遍歴を見ると、共通点があるんです」


 腕組みをして、無言で先を促す。


「まずひとつめ、髪色が明るい。ふたつめ、スレンダーな体型」


 シーグルドが自身の指を折っていく。


「みっつめ、可愛い系より、きれいめ。よっつめ、色白。五つめ、とにかく面食い。以上です」


「それがどうした?」


「性格は演じればいいだけです」


「だから、それがどうして解消につながるんだ」


「いいですか。今まで付き合ってきた女性たちは今あげた特徴に近いけれど、完璧ではありません。でも、もし、イグナシオ殿下の好みど真ん中の女性が現れたらどうなりますか?」


「夢中になるだろうな」   


「それです! 今までは火遊びで終わっていましたけど、もし本気になる女性が現れたら、イグナシオ殿下はその女性と結婚したいと思うでしょう。そしたら、イグナシオ殿下のほうから婚約解消を申し出るはずです!!」


 びしっと、それこそが名案とばかりに、シーグルドが指を指してくる。


「だが、お前の案には欠陥があるぞ。どこにそんな女性がいるんだ? いたとしても、何の関係もない女性を巻き込むことはできない」


「だから、殿下の出番なんですよ!」


 シーグルドががしっと私の肩を掴んでくる。


「銀髪。細身の体格。綺麗なお顔立ち。色白。今でも女性と間違われることが度々の殿下なら、成功間違いなしですよっ! 殿下がイグナシオ殿下の意中の相手になるんですっ」


「は?」


 シーグルドの熱い目線を受けて、私は固まった。





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