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 僕の名前はロレンシオ・ベルセリウス。第三王子だ。

 今日は父上に付いて、隣国に来ている。これからこの王宮で一週間滞在する予定だ。

 ふたりの兄上たちも一緒で、隣国と交流を深め、見識を広めるために連れてきたと父上は仰った。

 僕たちは早速この国の第一王子と第二王子に引き合わされた。

 第一王子は一番上の兄と同じくらいの年頃で、第二王子は僕と同い年に見えた。

 大人たちが難しい話をする間、僕たち子供だけで遊んで、今時分から仲良くなっておくといいと言われて、僕たちだけが残される。

 最後の大人がいなくなると、一番上の兄上が僕を突き飛ばした。


「いたっ。なにするの?」


 僕は床に転がって、尻もちをつく。


「ふん。お前はひとりで遊んでろよ」


「お前みたいなやつと一緒にいると、空気が汚れるんだよ」


 兄上たちは人がいなくなるとこうして僕をよく虐める。

 でも今は、この国の第一王子と第二王子が眼の前にいる。初対面の相手の前で虐められるのは、気分が悪かった。


「ひどい。僕も一緒に遊びたいよ」


 一番上と二番目の兄の母上は一緒で正妃様だ。正妃様は公爵家出身で、側妃である僕の母上の実家の男爵家と違って、ものすごく偉いんだぞと、兄上たちがよく自慢気に話している。

 反対に僕の母上が側妃になれたのは、顔が良かったせいでお情けだって、馬鹿にしてくる。

 母上は国一番の美姫と謳われている。その美貌に惚れ込んだ父上がぜひにと側妃に召し上げたらしい。

 実家は特に力があるわけでもなく、外見だけで、側妃になってしまった母上。

 その母上の美貌をそっくりそのまま受け継いでいる僕の顔も、兄上たちにとってはからかいの対象だ。

 女みたいで、なよなよしてるって。

 恥ずかしさと悔しさに、懸命に涙をこらえていると、兄上たちがさらに言った。


「悔しかったら、俺たちみたいに王族に相応しい瞳の色になってみせろよ」


「そんな安っぽいスミレの色じゃなくて」


 兄上たちの瞳は強くて濃い紫色の瞳だ。僕達の国では王族は皆、紫色の瞳を持って産まれてくる。

 建国の父、初代国王がそれはそれは目の覚めるような濃く美しい紫色の瞳をしていたらしい。賢君と呼ばれた幾人かの歴代国王も皆いづれも、濃い紫色の瞳をしている。そのためいつの頃からか、色の出方によって、統治者に相応しいか相応しくないかが、本人が才能を突出する前に決められてしまうという流れが出来上がってしまった。

 僕の瞳は残念ながら、薄い紫色だ。

 兄上たちが僕にもう用はないとばかりに背を向けて、第一王子の腕をとる。

 王宮を案内してほしいとねだっている。

 第一王子は戸惑ったように僕に目を向けたけど、ふたりががりで両側からぐいぐい引っ張られていってしまった。

 残された第二王子を淡い期待で見上げる。

 他の三人と違って、彼は僕と同い年くらい。

 だから仲良くなれるんじゃないかな。

 でも、僕の期待は裏切られた。

 第二王子は特に表情を浮かべることもなく、ふいと視線を反らせると、三人のあとを追いかけていってしまった。

 

「……っふ」


 独りっきりでぽつんと残されて、悲しくて涙が出そうだった。

 でもここでは泣きたくない。

 様子を見に来た大人に見つかったら、独りっきりで泣いてる僕を見て、事情を察するに違いない。

 こんな見知らぬ場所で見ず知らずの人に、余計なことは思われたくない。

 僕だって矜持がある。

 僕は独りっきりで泣くために、ちょうどよい場所を見つけて腰を下ろすと泣いた。

 しゃくり上げるように泣いていると、声が降ってきた。


「どうしたの?」


 近づいてきた気配に気付かず、はっと顔をあげる。

 僕はその子の容姿を見て、目を丸くした。

 柔らかそうな艶々とした黒髪に、頬は桃のように滑らかで、唇はふたつの花びらみたい。何よりそのぱっちりした大きな目が印象的だった。

 可愛い。

 僕が異性に、いや、何かにそう思うのは初めてのことだった。

 母上はもちろんお綺麗だ。でも可愛いと思ったことはない。

 初めての感情にどぎまぎしていると、向こうも僕をじっと見ていることに気付いた。

 僕は泣き顔を見られていたことに気づいて、それもこの女の子に見られたことに恥ずかしさが一層募り、ぷいと横を向いた。さり気なさを装って、手で隠すのも忘れない。

 しばらくそうしていると、眼の前にハンカチが差し出された。

 僕ははっとした。いつも泣くのはひとりだったから、ハンカチが差し出されるのは新鮮な思いだった。

 誰かに思い遣って貰えるのは、嬉しいものなのだと、初めて知った。

 ついで、彼女の笑った顔を見て、心臓が激しく音を立てた。

 それから僕達は自己紹介しあい、泣いていた理由も話せば、彼女、ジャスミンは思わぬことを言った。

 僕の瞳に例えられるスミレを引き合いに出して、『あんなに小さいのに、強くて逞しいんだよ。だから、あなたもきっと強い子だよ』と。

 それから、『スミレが大好きだよ』とも。

 僕の心はさっきまであんなに悲しみと悔しさが広がっていたのに、今は暖かいもので溢れて笑い出したい気持ちでいっぱいだった。

 僕はジャスミンに感謝した。

 王宮に滞在することになった一週間、僕は彼女と過ごすことになり、その暖かい陽だまりのような性格と可愛らしい笑顔にすっかり魅了されていた。 

 僕はジャスミンがすっかり好きになっていた。

 その気持ちを自覚するとともに、あるひとつの決意が僕の中に生まれていた。

 ジャスミンとこれきりになりたくない。

 ジャスミンをできるなら連れて帰りたい。

 でも、僕はまだ弱いから、彼女を連れ帰っても守る力がない。

 だから、彼女を守れるくらい強くなったら、彼女を迎えにこよう。

 誰よりも負けないほど立派になって、彼女に相応しい人間になろうと。

 

「それまで、待っててくれる?」


 彼女はすこしだけ寂しい表情で、それでも笑って頷いてくれた。


「うん」


 胸がぎゅうっと締め付けられた。

 これが愛しいという感情なのだと、僕はそれ以来、度々その顔を思い出してはその感情に浸ることになる。


 

 僕は母国に帰ってから、父上にお願いして、いろんな専門の教師をつけてもらい、ありとあらゆることを学んだ。

 政治、経済、経営、法律、歴史、外国語、兵法。学問だけではなく、武芸にも励んだ。

 僕の変わりように兄上たちは鼻で笑っていたけど、僕にはもう兄上たちの言動は気にならなかった。

 彼女が大好きだと言ったスミレのように、『自分で居場所を見つけて咲いていく』んだ。

 苦手だった社交にも精を出すようになり、いつの間にか僕は確固たる地位を築くようになっていた。

 幸いなことに、長子相続ではないこの国のおかげで――きっと瞳の色のせいだろう――僕は十五歳になった日、王太子になることが決まった。

 父上や家臣たちによる満場一致の可決だった。

 その場にいた兄上たちには歯ぎしりしそうなほど睨みつけられたけど、痛くも痒くもなかった。

 自身の高貴なる血と瞳の色に胡座をかいた結果である。

 正式な発表は僕が、――いや、もう一人前とみなされたのだ。私と名称を改めるべきだろう。――私が成人を迎える十六歳の日に諸外国の貴賓や王侯貴族を招き、宣言すると言われた。

 晴れ舞台を用意してくれることに盛大に感激をするべきなのだろうが、私の心はそれよりもジャスミンを迎えにいけるという喜びで胸がいっぱいだった。

 早速筆をとり、あのときの約束を果たしたい旨を手紙に書き記して、大事な手紙だからと側近のシーグルドに託せば――。





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