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 貴族学園に通うようになり、殿下の火遊びが始まった。

 苦言を呈しても、煩そうにされるだけ。

 相手の女性から嘲弄のような視線を向けられて、心が疲れていたある日、学園から帰ると、隣国の使者が待っていた。


「私の名はシーグルド・リッジ。ロレンシオ・ベルセリウス様の従者を勤めております。今日は我が主から手紙を預かってきました」


 シーグルドと名乗った青年は優雅なお辞儀をすると、手紙を一通差し出して来た。

 喜びに心が震えそうになったけれど、懸命に押し止める。

 今すぐ、その手紙を読みたい。なんて書いてあるの? 元気か? 会いたい? それとも――。

 伸した腕はけれど、途中でとまった。


「受け取れません」


「は?」


 使者がぽかんと口を開ける。


「受け取れません。帰ってください」


「いや、そう言わずに――」 


「婚約者がいる身で、他の殿方から個人的に手紙を受け取るわけにはいきません」


 私の言葉を聞いて、使者の目が驚愕に見開かれた。


「そんな――」


 私の変わらぬ表情に、ようやく気分を立て直したのか使者が表情を正した。

 

「このまま帰ったら、面目が立ちません。我が主に叱られてしまいます。ご令嬢に会ったという御印だけでも、なにか頂けませんか。そうじゃないと、本当に(ころ)――」


 使者が何かを言いかけた途中で、慌てて口を噤んで、咳払いをした。

 使者の言い分ももっともだ。この使者が徒に叱られるのも可哀そうで、どうしたものかと思う。

 ふと学園帰りのまま手に持っていた鞄を見下ろす。

 いつか手放さなければならないとわかっていても、今日まで捨てられなかったもの。

 これもいい機会だ。

 私は鞄の中からある物を取り出すと、使者に渡す。

 これと一緒に、この想いも捨て去ろう。

 ロレンシオ殿下なら、きっと意味が伝わるはず。

 それと、私が今日まで元気にやってきたことも。


「これは?」


 使者が訝し気に微かに眉を寄せる。


「渡せば、きっとおわかりになるはずです」


「そうですか。では有り難く頂戴致します」


 使者が恭しくそれをしまうと、一礼して部屋から去っていった。

 私はほうっと息を吐いた。

 待ち望んでいたはずだったのに、手紙を受け取れなかった。使者にはあんなふうに言ったけれど。

 本心は――。 

 そこに望む答えを見つけてしまったら、我が身をきっと呪ってしまうから――。

 


 そして、私はいつもと変わらぬ日常を取り戻して、今日という日を迎えたのだ。


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