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 それから似たようなことが、二度、三度と起きた。決まって、ひと目がある教室や中庭。

 激しく責め立てる殿下と弁解さえも許されず立ち尽くすしかない私。そんな私を見て、生徒たちが真実だから言い訳できないのだろうと、思われていることを知っている。本当は怖くて、圧倒されてしまうだけ。反論しようと立て直すまえに、殿下は去ってしまう。

 去ってしまったあとは、生徒たちの冷たい視線が突き刺さる。最近は始終こんな目線で見られることが多くなった。

 遊び人だった殿下が初めて女性に本気になっている。しかもその女性は皆から慕われている得も言われぬ美しい容貌の持ち主だ。傍目には、真実の愛に目覚めた王子が悪女から愛する人を守ろうとしているような美談に映るのかもしれない。

 気持ちの良い解釈の前では、真実などどうでも良いのだろう。

 王族の殿下が嘘をつくわけがない。今まで火遊びと認可していた婚約者も、いよいよ王子妃になる未来を奪われる危機感に本性を表したと、一部では面白おかしく噂されていることを知っている。

 娯楽を見るような好機な視線と蔑む視線に耐えきれず、目に熱いものがこみあげそうになる。


「本当、サイテー」


 誰かがぽつりと言った言葉が胸に突き刺さり、私は走り出した。

 ここでは泣かない。泣くものか。泣いたら負けよ。泣くなら独りのところで――。


「きゃっ!」


 裏庭へと行く道、建物の角を曲がったときだった。ドスンと誰かにぶつかってしまった。走っていたためよろけてしまったが、相手はふらつきもせず、逆に私を受け止めた。

 出合い頭の衝撃と驚きに相手を反射的に見上げる。顔を見て、固まりそうになった。


「レヒーナ様……ッ!?」


 こんな近くで見たのは初めてだ。女性にしてはやや高い背。完璧な配置の顔が私を見下ろしてくる。紫水晶のような目から目が離せない。思わず吸い込まれそうになった。皆が皆、その美貌を褒めそやすのが頷ける。

 スレンダーだけど、私の肩を支える手のひらは思いの外力強かった。

 向こうも驚きに目を見開いたのがわかった。

 紫水晶のような目に釘付けになったけど、すぐに私と彼女の現状を思い出す。 

 虐められている彼女と悪女のような私。

 殿下はいつも私を責め立ててきたけど、レヒーナ様がそこにいたことはなかった。私がやったと一方的に言うだけ言って、去っていった。

 だから本当の所、レヒーナ様がどう感じているのか、犯人は私だと本当に決めつけているのか、本人の気持ちがまだ私にはわからなかった。

 レヒーナ様も同じことを思っているのだろうか。殿下やみんなと同じ、怒りや蔑みの表情を浮かべるのだろうか。 

 皆から好かれて、欠点がないような完璧な彼女からも嫌われてしまう。

 その瞳に彼らと同じ色が乗るのが怖くて身動ぎひとつできなかったのに、予想に反してレヒーナ様の目に浮かんだのは全然違うものだった。

 肩から手を離し、私の目尻にそっと指を沿わす。


「……あ」  


 涙を堪えたせいで、目が赤く腫れ上がっているかもしれない。

 レヒーナ様がまるで繊細なものを触るかのような優しい手付きで目元を何度も撫でる。

 なんでそんなに悲哀の籠もった目で私を見つめるのかしら。


「あの、これは……」


 どう言い訳しようか、迷っていると、レヒーナ様が口を開いた。


「ごめん……」


 ハスキーな声音。口数が少ないレヒーナ様。編入したばかりの頃、一度だけ声を通りすがりに聞いたことがあったけど、今はそれよりももっと低く聞こえる。


「ごめん、あと少しだから……」


 痛みに耐えかねているように眉根をぎゅっと寄せると、レヒーナ様は拳をぐっと握り去っていった。

 予想外の出来事に涙は引っ込んでいた。顔を撫でられた感触がまだ肌に残っているようで、私はそっと自分の肌を撫でたのだった。



 

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