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 その数日後、私の不安が形となって現れた。

 校舎の角を曲がったときだった。どんっと勢いよく何かがぶつかってきた。

 私はとっさに受け止める。


「レヒーナ様……ッ!?」


 そこにいたのはジャスミンだった。

 喜びを感じるより先に、痛々しい彼女の目元に視線が引き寄せられる。

 さっと視線を動かせば、彼女の来た方向に生徒たちが群がっているのが見えた。どうやらまた例によって、イグナシオが彼女を詰ったのだろう。

 不安げに揺れる大きな瞳が微かに潤んでいる。 

 胸に鋭い刃が刺さったように、痛みが走った。

 

「ごめん……」


 どうしようもなく情けない。

 彼女の目元に手を伸ばす。

 好きな女性が傷ついているのに、見ていることしかできないなんて。 

 腫れが少しでも治まってほしくて、何度も何度も優しくさする。


「ごめん、あと少しだから……」


 もう少しだけ待っていて。

 そしたらもう二度と泣かせない。

 本当はここに永遠にとどまりたかったけど、私にはやらなくてはならないことがある。

 名残惜しかったけど、無理やり足を引き剥がした。

 拳をぎゅっと握った。

 これ以上、一日だって、彼女に辛い思いをさせてなるものか。





 私はジャスミンと別れたその足で、イグナシオに会いにいった。

 彼女を針の筵のような場所にこれ以上置いておきたくなかった。

 ジャスミンの涙を見て居ても立っても居られなかった。

 イグナシオは婚約破棄の舞台に、卒業式を予定していると言ったが、許せるはずもない。衆人環視の中で見世物にするなど、どこまで性根が腐っているのだ。

 私は一刻も早くジャスミンを苦しみから解放してあげたくて、イグナシオの前で嘘泣きをした。

 というか、とっととこの阿呆が婚約解消する旨を書いてくれれば、それで良いのに、ずるずると「まだジャスミンを追い詰めていない」とかわけのわからないことを言うからこうなったのだ。本当に殺してやりたい。

 お前のプライドなど、ジャスミンの涙の百分の一、いや万分の一さえ価値がないというのに。


「殿下が誰かの婚約者であることが一日だって辛いのです。わたくし、このままだと耐えきれないかも……」


 暗に別れを仄めかすと、イグナシオが慌てた。


「わ、わかった。ジャスミンに婚約破棄を突きつけよう。本当は卒業式の日にしたかったんだが……」


 まだ逡巡するイグナシオに追い打ちをかける。


「殿下はわたくしの願いなど、聞き届けてくださらないのね。わたくしが大事ではないんだわ。それに、卒業式の日だなんて、あまりにジャスミン様がお可哀そう」


 ふいと顔を横に向けると、イグナシオが跪いて、私の手をとった。


「怒らないでくれ、優しいレヒーナ。よし、わかった。明日、ジャスミンを呼び出そう。そこで婚約破棄を突きつけてやる」


「まあ、嬉しい!」

 

 本当に嬉しいよ。

 こんな猿芝居も明日で最後だと思うと。


「ジャスミンのやつも充分、追い込んだしな。皆すっかり、ジャスミンが悪女だと思い込んでる。これなら婚約破棄したあとも、俺たちの邪魔をすることはないだろう」


 邪魔なのはお前だよ。お前さえいなければ、こんな回りくどいこともせずに済んだのに。

 イグナシオが立ち上がって、キスをせがんできたので、上手に避ける。


「いやですわ。殿下、婚約者のいる方とそういうことをするのは、わたくしの信条に反すると言ったでしょう。あと一日、我慢なさって」


 にっこり笑ってやれば、イグナシオが焦れるような期待に満ちたような顔つきになった。

 

「ああ! あと一日で、君は俺のものだ。楽しみで仕方ないよ」


 初めて会ってからこの日まで、今初めてお前と同じ気持ちを共有できそうだ。

 私はイグナシオに初めて、嘘偽りのない表情を返してやった。



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